6.オリーブ視点
諸事情で早めの更新
グロ注意
この辺り一帯をまとめる高位神官が間に入り、結局、オリーブの離脱は保留とされた。
魔王級を放置した場合、ヘレナ達も危険になる。そう言われれば心が揺れるものだ。
それでも、タダでは戻らない。
今までのようなことはしないよう、高位神官と契約を結んでもらった。破ったら即座に離脱するという一文も付け加えた。
高位神官との話し合いが終えてから、四人と対面する。
オリーブを見るなり、泣き腫らした顔で謝罪してきた。
それが上辺だけだと分かっていたが、魔王級を討伐するには仕方ない。
話が終わるや否や、押しつけの神官数人が旅立ちを急かす。やる気を出したのか、四人も乗り気だ。
ヘレナや行商仲間に別れの挨拶をしたかったが、何故か忙しそうだったので断念した。
それから数ヶ月の旅は、理想に近かった。
四人もオリーブへ好意の押しつけはせず、きちんと最適な戦いをする。実力は右肩上がりの伸びた。
ただ一つ。夜になると、四人がどこかに消えるのだ。
それをオリーブに秘密にしている。気づいてはいたが、自分から関わりたくないので無視した。
それが間違いだったと、この時点で誰が気づけるだろうか。
交易都市ルイドンの前に聳え立つ、上級魔物の巣窟だらけの山。腕に自信がある冒険者は山を進み、戦利品を捌いて得た金で他国の武器や防具を購入する。
オリーブ達もそのルートを取ろうと、手前の町で数泊することになった。
その夜だった。
「夜分遅くにすまないが、そちらにお貸しした小屋について説明が抜けていてな」
「小屋、ですか?」
「ああ。聞いておらぬか? 集めた物を置いておく物置のような場所を借りたいと、町についてすぐに女子達が尋ねてきたのだ」
初耳だ。あの四人が、そのような気遣いを思いつくはずがない。
何故か嫌な予感がして、その小屋まで案内してもらった。
小屋に明かりが灯っている。人の気配も感じるが、恐ろしいまでに静かだ。防音魔法が使われているかもしれない。
魔力操作が精密な程、しっかりと音は消える。だが、小屋の立地と性格を合わせれば、接近すれば魔法の適応範囲外になるだろう。
同じことを考えたらしいギルド長と共にゆっくりと小屋に近づき、扉に耳をつけた。
思っていた通りで、声が聞こえてくる。
聞くに絶えない罵倒と、か細い悲鳴だ。
「ほーら! これでぇ、六本目ぇ!」
「ぎっ……」
「キャハハ! 入ったの! ガッバガバなの!」
「ありえなーい! 豚みたいねー!」
「くっせぇ臭いしてんじゃねぇ、よ!」
「あ゛っ……!」
「いい蹴りなの!」
「あ、息弱ってない? ウソでしょ? 早くない?」
「それもぉ、そうですわぁ。回復はぁ、最小限ですのぉ。完全回復なんてぇ、アタクシの魔力がぁ、勿体ないですわぁ」
血の気が一瞬で引く。中に入らなければと扉に手をかければ、鍵はかかっていなかった。
「何をして……………!」
思い切り扉を開けた瞬間に漂う異臭の目に映る光景に、声が最後まで出なくなった。背後のギルド長が息を飲む音が聞こえる。
こちらを見て焦った表情をする四人。その中心に、人が横たわっていた。
人、というよりは人型といった方がいい程に、原型を留めていない。
火傷、凍傷、切創、刺創。あらゆる外傷を受けただろう肌は、無事な部分が見当たらない。
皮が剥がれ、肉が削がれた部分もある。特に、元は膨らんでいた胸部はズタズタに千切られ、見る影もない。
足の間から鉄の棒がいくつも見え、熱していたのか煙が燻っている。その先端は腹部の打撲痕を内側から乱雑に押し上げ、奇っ怪な置物のようだ。
限界まで剃られた髪は、頭皮ごとなくなっている箇所もある。顔は判別できないほど変形し、両目は抉られて細い神経だけで僅かに繋がっている。
残酷無比で、あまりにも悲惨な死にかけの少女。
面影が全くなくても、オリーブにはわかる。
それが最愛のヘレナだと、分かってしまった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁああああああああああああああああああぁぁぁああああああああああぁぁぁ!?」
現実を拒絶するように叫ぶ。オリーブがはっきりと覚えているのは、ここまでだ。
気がついたら、宿の一室にいた。ベッドに横たわり、ヘレナとの思い出を描く。
可愛いヘレナ。愛するヘレナ。どんな些細な事でも、ヘレナが関わる事は愛おしい記憶だ。
そうしてどれだけ時間が経ったか。沈んだ顔のギルド長の言葉で、オリーブは現実に引き戻された。
「……すまない。尽力したのだが、あの女達の主張が通ってしまった」
ギルド長は言葉を選びながら、話を続ける。
あの後、四人を拘束し、もう少し大きな街で拘留していたらしい。神官が事情を尋ねれば、四人は揃って同じ事を主張した。
曰く、あの女は魔物だと思った。オリーブを魅了し、こちらの戦力低下を狙っていた。
正体を明かさなかったので痛めつけたが、仲間の為に仕方なかった。
悲痛な顔で訴えていたが、ギルド長は騙されなかった。
嬉々とした表情を見ていた上、ヘレナの遺体の損傷具合はその拷問の意気を超えている。
そう声を上げたが、神官達は女神に選ばれた四人に味方した。
ギルド長の訴えと情報は、平等な目を持つ高位神官に行くまでに握りつぶされたようだ。
あの四人に罪などなく、今まで通りに旅をしろという。
ふざけるな。ヘレナを返せ。死んで詫びろ。ヘレナ以上に苦しんで、苦しんで、苦しんで、無様に死ね。
オリーブの思考が、四人への憎悪と殺意で埋め尽くされた。あまりにも強い感情は表に出ないが、心のそこで沸々と湧き上がっていく。
いつの間にか四人がまた側にいて、山を昇っていた。
「オリーブ、大丈夫? 顔色悪いよ? ハイペースだったかな?」
「あらぁ。すぐにぃ、アタクシがぁ、癒やしますわぁ」
「だったら、良さげな場所で休まねぇ?」
「賛成なの!」
罪の意識などないらしく、オリーブに媚びを売る女達。離脱して向かう先がなくなったとわかっているから、約束を無視するつもりらしい。
許せない。許してはいけない。
愛するヘレナを奪ったこいつらは、死ぬべきだ。
愛用の竪琴を構え、曲を奏でる。
ヘレナへの愛情と喪失の悲しみ、女達への憎悪と殺意を全て詰め込んだ即興曲。
最初は聴き惚れていたが、自身の変化に気づいて慌てふためいた。
女達に考えうる限りの弱体化を。
近くにいるだろう魔物に考えうる限りの強化を。
女達が止めるようにと醜く叫ぶが、どうでもいい。このまま、魔物に襲われて無様に死ね。
しかし、運命はどこまでもオリーブの邪魔をする。
右側から強い衝撃を受けた。楽器から手が離れ、吹き飛ばされた体が宙を飛ぶ。
魔物に攻撃された。痛みに耐えて見れば、女達はこの隙に逃げ出していた。
しくじった。仕留め損ねた。自身の死よりも、それの方が悔しくてたまらない。
恨み辛みを抱えながら、全身を強く打ちながら転げ落ちる途中で記憶は途切れた。
切りどころの関係で、次は視点混合になります。
間はなるべく空けます、すみません!