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謎解きゲーム前半戦
ゲームが始まって、約一時間。
ベンチに座り一枚のメモ用紙を凝視するジャピタ。その隣で、車椅子のイオはぼんやりと遠くを眺めていた。
メモ用紙には、先程のピエロの質問が書かれている。イオが覚えた内容をそのまま書いたのだ。
喜んでメモ用紙を受け取ったあたり、質問を思い出しながら考えられないだろうという考えは正しかったようだ。
眉間に皺を寄せて悩む姿もカッコイイと、遠巻きに女性がチラホラ見てきている。それと共に、イオへの憐憫や悋気の視線や声が向けられて、煩わしい。
中身を知らないから、見た目ではしゃいでいられるのだ。隣を見て、何度目かの質問をする。
「解けたか?」
「グヌヌ……」
唸り声が問いかけの答えと判断し、イオは手元の飲み物に口をつけた。
口の中を冷たく爽やかな液体が通り、同時に舌の上で弾ける感覚が珍しくて美味だ。
シゲキトロンという、レモンに近い果実を使った果実水らしい。その実の中に溜まる水は、小さな泡が弾けるようになるようだ。
詳しい原理は分かっておらず、ただその刺激感が人を魅了して数多くが流通しているそうだ。
イオでも初めてお目にかかった果物だ。世界を渡る前にいくつか入手しておきたいものである。
最後まで飲み干し、すぐ側に設置してあるゴミ箱へ投げ入れた。軽い音を立てて綺麗に入った事を確認し、再度ジャピタへ目を向ける。
「まだ?」
「…………マダ」
「まさかとは思うが、一つも分からないとか言わないよな?」
「ヒトツ、イカリ、ワカッタ」
ジャピタの返答に、少しほっとした。
さすがに、一番簡単な怒りのピエロの問題は解けたようだ。駄目だった場合、口車に乗せて諦めさせるつもりでいた。
その選択肢はとりあえず保留とし、一つ提案をする。
「唸っていても分かるはずないだろ? とりあえず、その場所に向かってみないか?」
「ウン、ワカッタ」
素直に受け入れたジャピタは、席を立つと先に大きく背伸びをした。小さく骨が鳴る音が聞こえたので、かなり紙に集中しきっていたようだ。
イオはジャピタに押され、移動を始める。
珍しい馬の逃走。
怒りのピエロが言っていたままのストーリーである、ロードコースターだ。
人気アトラクション故、列が長くなっても問題ないような立地になっている。
人の列から離れた場所の壁に、一枚の紙が括り付けられていた。 他の人には見えないよう、こちら側を感じ取れる偽装付きである。
それを剥がし、中を改める。上から覗き込んだジャピタの顔が歪んだ。
「…………ムー!」
「怒るなよ」
頬を膨らませたジャピタを宥め、紙に書かれた文章を読む。
『自分をどう示してる? 殆どの人は紫色だと思うんだよ! 割合は違っても、赤色だけ、青色だけで示す人は少ないんじゃないかな? かな?』
これだけでは、抽象的すぎて意味がわからない。
イオがある程度、真実を検討している上でその中の一つを確定させる。そういった問いかけだ。
ジャピタでは分からないだろう。
明らかに肩を落として落ち込むジャピタの頭を撫でようとして、着座では届かなかった。代わりに背中を撫でる。
「マタ、カンガエル。マダ、ミッツ」
「これはアンタには荷が重いよ。ピエロの方を考えな」
「……ウン」
「そう落ち込むな。一つ解けたから、褒美で何か好きな物一つ、買っていいよ」
「ホント!? ヤッタ!」
ジャピタは一気に機嫌を治し、その場で万歳までする。
一喜一憂する様は無邪気すぎて、大人の外見が子供に見えてしまいそうだ。
ウキウキとジャピタがイオの椅子を押し、ロードコースーターから離れる。
目をつけた具沢山のサンドイッチを購入し、近くのベンチで食べる事にした。
口元のソースも気にせずに食らいつく様子も、周りの女性からすれば見惚れる姿らしい。
再度購入したシゲキトロンの果実水を飲みながら、イオは遠くを見つめる。
目線にある『正解』を見つめていれば、食べ終えたジャピタが大声を上げた。
「ジャグリング! ウレシイ、アソコ!」
「正解」
そう言って軽く手を叩けば、ジャピタは更に喜んでテンションを上げる。
ピエロのジャグリングをモチーフにした、大観覧車。
意気揚々と椅子を動かすジャピタを落ち着かせて、ちょうどいい速さで移動する。
先程同様に人の列から見えない場所を探し、手がかりを見つけた。
一枚の紙。だが、メモ用紙ではなく古い手書き新聞だ。
パッと見て大々的に映る文章から、ゴシップ系のものだと推測できる。
「ナカミ、ナカミ」
「要約するから少し待ちな」
ジャピタの催促を手と口で制し、紙面に集中する。大衆向けらしく、さっと読めるようにと文章量も少ない。
おかげで内容をすぐに理解でき、不愉快さに眉を顰めた。
一国の王女、それも十にも満たない少女が男達に乱暴された。
純潔は無事なのか、王族どころか貴族として恥、などと下卑た野次馬根性丸出しの文章。読んでいて腹立たしい。
男達は捕獲されており、厳しい拷問から依頼されて行ったと証言している。
その依頼人が、なんと王女の乳母。
国王に恋心を抱いていた乳母が、傍にいたいが為に時期を合わせて結婚、妊娠したらしい。
まんまと乳母の地位を得たが、国王よりも王妃に似ていく王女に怒り狂っての犯行だったようだ。
信頼されていた乳母が警護や使用人達の隙を見て、王女を男達に手渡したという。
乳母含め実行犯は絞首刑が決定しているが、深い傷を負った王女の未来は、というところで記事は終わっている。
自分勝手な乳母だと思いつつ、簡単にまとめてジャピタに伝える。
イオと同じ感想らしく、不快感が思い切り顔に出ていた。
「ウゲーサイアクー」
「全くだ」
「イオ。コレ、ゲキ、アッタ?」
「珍しく察しがいいな。十中八九、ロクーラの療養原因だろ」
新聞記事をはためかせながら、イオは断言した。そうでなければ、わざわざ置いておく理由がない。
性的はともかく、肉体と精神の暴力は幼い相手でも可能だ。
複数人の見知らぬ異性にそんな事をされれば、悪夢に出る程の心的外傷になって当然である。
感情を上手くコントロール出来ない頃だ。悪意の陰口も善意による妙な気遣いも負担になっただろう。
そこへ、ただ自分を楽しませようとするだけの相手がいたら、救世主だと慕ってもおかしくない。
ロクーラにとって、その相手がイルティだったわけだ。
話し終えたが、何故かジャピタは顰め面のままだ。その状態で上体を左右に揺らしている。
「………………ヘン……?」
「違和感に気がついたか。引っ張られているのか、今日はやけに勘がいいな」
「ソウ? エヘヘー」
柔らかく笑顔を浮かべるジャピタ。背後から数人の女性の呻き声がして、振り返ったら左胸を抑えて膝をついていた。
小さく無理、尊いなどの声が聞こえてくる。気にするほどではないと、存在を意識から追い出した。
「そこに関しても、大まかに考えはついてる。それが合ってれば、向こうから詳細を話してくれるだろ」
「ホント?」
「恐らく。だから、アンタは残り二つを考えな」
「ハーイ」
問題を記載したメモ用紙を手渡し、イオは固まった筋肉を解す為に背を伸ばす。
座りっぱなしも辛いものだ。ロクーラとの対面時以外、ほとんどの時間を座って過ごしている。そろそろ開放されたい。
そう考えていると、ジャピタが思いついたらしくイオの肩を揺さぶった。
妙な違和感。そもそも、この場所が既に違和感の塊である。