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「さてはてあれこれ! そのお話は笑顔が溢れるパークではノンノンノン! 場所を変えますが、宜しいかね?」
「問題ない」
「グゥゥゥレイトォ!」
大きく腕を振り上げ、高く掲げた指先で音を鳴らす。
次の瞬間、イオ達は別の場所にいた。
カラフルなタイルで敷きつめられた足元は円形を描いており、その周りを大荷物が凸凹に敷き詰められている。
様々な色の幕が天井から垂れており、視界を色とりどりにする。ほんのりと薄暗い中で、総支配人とイオ達だけにスポットライトが照らされた。
「ワタクシのプライベェートルームへウェルカム! ここは完全シークレットスペース! 防音も完璧! どんな姿も、どんな言葉もオールオーケイ!」
ジャグリングしながら話しかける総支配人。周りに気配が感じられないから、嘘は言っていないようだ。
お言葉に甘えて、スカートを脱ぎ捨ててその場に浮び上がる。やはり何時もの姿が落ち着く。
イオの行動を見て、ジャピタも解除した。支えをなくした死体がその場に崩れ落ちる。それや椅子を空間魔法に入れ、総支配人に向き直った。
「改めて、アタシは邪神イオレイナ。アンタが抱く恨みや憎しみに呼ばれて参上した」
そう告げると、総支配人はこちらを窺うように凝視し始めた。それでも、ジャグリングをする手は止まらない。そこまで驚かなかったらしい。
今までにない反応に、流石のイオも困惑してくる。互いに見つめあってから数分程度は経っただろう。
ボールを全てキャッチしてしまい、総支配人は大きく笑った。
「なるほど! ワタクシの計画に気づかれたんだね!」
「計画?」
「そう! ワタクシの復讐で、ワタクシの願い! それこそが、このイルティィィィ! パァァァァァク!」
総支配人にはまだ気分を高ぶらせる余地があったらしく、ボリュームも動作も更に大きくして叫ぶ。ついていけないテンションだ。
だが、その中身は聞き逃せないものだ。
復讐であり願いであるイルティパーク。
まとまりかけた推測が散ってしまいそうである。
総支配人の言動を含めて考え直し、最悪の状態が一つ浮かんだ。嫌な汗が一気に溢れてくる。
「………………アタシらは、対価と引き換えに復讐に手を貸している。だが、このパークがアンタの復讐で願い? それで、パークの目的は皆の笑顔? だとしたら…………その…………」
「あ〜それはそれは。非常に心苦しいが、ワタクシは既に道を整え済みなんだ! つまり、他の手を借りる必要はナッシング! ゴメンね?」
ウインク付きで総支配人が頭を下げる。後頭部を見ながら、イオの視線はどんどん冷ややかになっていく。
逆に冷静になる頭で、現状をしっかりと確認した。
復讐の手助けはいらない。
即ち、取引しない。
それは、負の感情が手に入らないという事である。
つまりは無駄足。この世界に来た意味がない。
膨れ上がる怒気に、ジャピタが逃走を図る。それは一足遅く、イオが先に伸ばした手がジャピタの尾を掴んだ。
そのまま思い切り引き寄せ、近づいた首根っこを固定してから睨みつける。
「ジャーピーターッ!」
「グェッ。ト、トクシュ! トクシュ! シカタナイ! ゴメン! クベツ、ムリ!」
締められながらも、ジャピタは無実を主張する。
イオとて、分かってはいる。イオの好みかつ量が多い。餌の感知はその二点に絞っているのだ。
転落劇という好みの関係上、取引相手は何も出来ずに理不尽を耐えている事が多い。
その状態で邪神の囁きは、まさに天からの助け。すぐに飛びつく者が殆どだ。
まさか、独自で復讐を果たしている途中なケースに当たるとは、予測すらしていなかった。
途中という点が、ジャピタの感知に引っかかったのだろう。
初めての案件である。ただし、理屈でわかるが、感情が追いつかない。その思いで、握る力はそのままだ。
「ギュ~」
「はぁ……食いっぱぐれたな。さっさと次に行くか」
「ちょーっと、ストーップ!」
帰ろうとするイオを、総支配人が止める。笑顔のメイクの下で、真剣な瞳がイオを貫いていた。
「このイルティパークにおいて! そのような残念がっかりフェイスはノンノンノン! みんな笑顔のイルティパーク! 笑顔笑顔! スマァイル!」
「笑顔と言われてもな……」
「恨み辛みが必要というお話! そんな方にはこちらはいかが?」
そう言いつつ、置物の影から何かを取りだした。見やすいように差し出されたそれは、興味を引くには十分な品だった。
真っ赤な布地で作られた、男性物の蝶ネクタイ。ただの品ではないとすぐに分かる。
イオ達の食料である負の感情が染み付いていた。
質はイマイチで量も多くはない。普段の食事から考えると、軽いオヤツ程度。
しかし、何も食べられない現状を考慮すれば、それでも有難い物だ。
「オヤツー! ワーイ!」
急に出された餌に、ジャピタは喜びを隠さない。体を振って表現するジャピタを、総支配人がニコニコを見つめた。
「ナイス笑顔! いいですね~いいですよ~! ですが! このままプレゼェントというのは、些かつまらないでしょう?」
「対価を寄越せと言いたいのか?」
「そこまで大袈裟ではナッシング! これを賞品に、ゲームを致しましょう! ズバリ! 謎解きゲェム!」
「謎解き? このパークの魔力源は何か、とかか?」
いつの間にか、総支配人に場の雰囲気を握られている。流されっぱなしも癪なので、再び魔力源について言及した。
蒸し返されると思ってなかった総支配人が、口を開いたまま硬直する。
数秒後、総支配人は腹を抱えて大笑いし始めた。
「ホーホッホッホッホッ! そこはご検討ついているでしょうに! 答え合わせをご所望ならいくらでも!」
「そうだな。ここの魔力源は、アンタの復讐対象者。何人もから無理やり抽出して混ぜ合わせた代物だ」
一人では到底足りないが、魔力の質はどこも同じ。その矛盾を解決する方法が、抽出だ。
複数人から絞り出した魔力を一人が間に入って流せば、中間にいる者の魔力として扱われる。
それでも、イルティパークを一日中稼働させるには、最低でも十を超える数が限界まで魔力を絞り出す必要がある。
その作業を無痛で行う事は不可能だ。想像を絶する苦痛の日々。その怒りや憎しみが魔力に残ったから、イオは違和感を覚えることが出来た。
その人々も、先程のショーから憶測できる。
「対象は、カイロスサーカスの団員達。違うか?」
「エェェェクセレェェェェェェント! お見事的中! スンバラシィィィ慧眼!」
「マッテ! ワカラナイ! イオ、セツメイ!」
元々、ジャピタが知らない話をしていたが、さすがに急展開過ぎて静止がかかった。
咎めるようにジト目で観てくるジャピタがに向け、分かりやすく話す為の言葉を選ぶ。
既に復讐中というレアケース