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客席に明かりが戻る。スタッフの挨拶が流れ、人が席を立ち始めた。
欠伸をし、伸びをしながら歩く数名。このアトラクションには休息を求めて来ているようだ。
確かに、程よく暗い席とナレーションの声は眠りを誘う。また、このパークの成り立ちとはいえ暗い話に分類される。
楽しさを求めて来た人々には必要なく、他のアトラクションの疲れを取るには丁度いい長さでもあった。
ジャピタがイオを抱き上げ、席から移動する。
それを見たスタッフが椅子を持って近づいてきた。
「少し聞きたいことがあるが、大丈夫か?」
「ええ、ええ、モチロン! スタッフ一同、観客第一で動いておりますので!」
椅子に降ろされながら、イオはスタッフに声をかける。イオの問いかけに、両手を揉みこみながら笑顔を返してきた。
突然の質問に、ジャピタは首を傾げている。ジャピタが理解するように話す時間はなかったから、仕方ない。
ニコニコと笑うピエロのスタッフに、イオは単刀直入に要件を言う。
「このパークを仕切っている人物に会う事は出来るか?」
思いもよらない要求に、スタッフはきょとんと目を丸くする。
それも一瞬で、すぐに腕を組んで悩む動作をする辺り、プロ意識が高いようだ。
「総支配人にお会いしたい、とは! いやはや、そう言われる方も多くて我らも鼻が高い! ただ、総支配人にはお忙しい身……申し訳ありませんが、おいそれとお会い出来る方ではございません。代わりに! パーク内の感想を残せるコーナーがございます!」
「いや、直接会う必要がある。連絡を取ってくれないか?」
「ですが……」
なかなかに食い下がる。流石に笑顔も曇ってきた。
イオ自身も、無茶な話を振っていると自覚はある。
だが、自分の考え通りなら、総支配人が餌に関わっている。
その時点で、会わない選択肢はない。
あとは穏便に事を運ぶか、実力行使に出るかの違いである。
人の出入りの多さやこのパークの人気を考えると、後者は選びたくない。
考え込みながら、スタッフの顔を窺う。
非常に申し訳なさそうな顔をしており、傍から見れば面倒くさい相手に絡まれた従業員だ。
実際にその通りで、数人のスタッフが心配そうにこちらを見ている。
少しカマをかけてみよう。
「質問を変えるよ。このパークの源である魔力は、全部が総支配人からじゃないか?」
「え、ええ! 仰る通り! 総支配人が使う、皆様を楽しませたいパゥワーによるものです! イッツ、ソウ、ハッピー!」
「アンタらスタッフはそう思っているのか。アタシはな、随分と趣味のいい方法で魔力出しているなと思ったよ」
イオの裏を含ませた言葉に、スタッフは首を傾げる。
惚けているのか、本当に知らないのか。こういう時に、ピエロメイクは心理が読みにくい。
次を考えるイオに、上から声がかかる。
「イオ。ソレ、ヒツヨウ?」
「ああ。それよりジャピタ。アンタ、小声で囁くなんて芸当が出来たのか」
「カラダ、オボエテル。イオ、イッタ、ホント。ヨブ、デキル」
耳元で呟くという行動に驚いていると、ジャピタが天井へ顔を向ける。
そのまま大きく口を開け、劈くような甲高い音波を発生させた。
「うるせぇぇぇ!」
「ふぁっ!? ど、どうしました!?」
一瞬だが脳を刺すような音に、耳を抑えて叫ぶイオ。それに対して、スタッフはイオの反応に驚きを示す。
どうやら、スタッフには聴こえていないようだ。邪神の力を使っているようで、どこかしらで聴こえる対象を区別しているのだろう。
力の消耗が激しそうだが、前回の摂取エネルギーが多かったから少しの無茶は問題なさそうだ。
しかし、現時点ではイオの耳を破壊しかけただけである。何も起きなかったらと拳に力を込めていた時だ。
「レディス! アァンド! ジュエントゥルマァン! 一体全体、何事が起きたんだぁい?」
派手な金管楽器が響く中、上からクルクルと回転しながら誰かが降りてきた。
真ん丸とした親しみやすい体型を道化師衣装が強調しており、帽子の先についた鈴が動く度に鳴る。
穏やかそうな顔は、ピエロメイクと同じ表情だ。
着地と同時にポーズを決めた男に、スタッフが顎を外す勢いで叫んだ。
「そそそそそ、総支配人!?」
「ヘイユー! そんなに驚いていると、観客様が動揺してしまうよ。スマイル、スマァイル!」
「はい!」
指摘されて、改めてにっこりと笑うスタッフ。満足そうに笑う総支配人。よく分からず、合わせて笑っているジャピタ。イオは困惑するしかできない。
総支配人がコマのように回り、イオ達へ正面を剥ける。視線を向けたまま、おどけながらも深々とお辞儀をした。
「ウェルカム! イルティパーク! ワタクシが総支配人だよ。はてさて、先の爆音といい、何が起きたのですかね?」
総支配人の言葉に、イオは気を引き締めた。
音波に気づいてきたようだ。ジャピタに説明を求めれば、耳元で再び囁いてくる。
「アレ、キコエル、エサ」
何とも単純で効果的だ。思わず口角が上がる。総支配人なら意味がわかるだろうと、鼻で笑いながら同じ内容を伝えた。
「いやなに、アンタが趣味のいい方法で魔力を行き渡らせてるなと思って、確認を取っていたところだ」
瞬間、総支配人の目の奥に、動揺が見られた。それは一瞬で、直ぐにおどけた態度で踊り出す。
それで騙される訳もなく、イオは明らかな手応えにじっと総支配人を見つめた。
「ホーホーホーホーフクロウホー! そこに気づかれるとはお目が高ぁい! そこのキミ! こちらの観客様はワタクシをご指名だ! キミは持ち場に戻りたまえ!」
「イエスハッピー!」
総支配人の指示に、同じくらいテンションが上がったスタッフが踊るように去っていく。
最後まで見送ってから、総支配人が改めてイオ達に微笑みかけた。
こういうハイテンションキャラは語彙力とセンスが問われるけど楽しいですね(白目)