4.舞台:後
舞台全体にライトがつき、中央に団長やバジル、顔の見えない他の団員と思わしき人が数人いる。
そこへ、袖から只今と元気よくイルティが帰ってきた。
途端に、舞台上の人物が全員イルティを睨みつける。当の本人は気づかず近づいていき、ようやく不自然な空気に気づいたようだ。
「あれ? みんな、どうし」
「この野郎!」
イルティの言葉を遮り、バジルが胸倉を掴んで思い切り顔を殴りつけた。小柄なイルティが地面に叩きつけられる。
怯えた顔で見上げたイルティを、バジルは憤怒の顔で見下ろしている。他の者は、疑心の目だ。
「シェールが襲われた! てめぇがやったんだろ!?」
「え、シェールが?」
「とぼけんじゃねぇ! てめぇがシェールに欲情してたんは知ってんだよ!? このっ、犯罪者が!」
「痛っ! やめ、やってない! オイラが、外出てて……それ、に、できるはずない! みんなっ、止め、て……!」
バジルからの暴力が止まらない。その中で必死に無実を叫ぶイルティを、誰も助けない。
『イルティの訴えは、団員達には届きませんでした。バジルの暴力に、怖気づいていたのででしょう。ですが、ボロボロになったイルティはテントから放り出され、寒空の下に放置されました。でも、イルティはめげません』
暗転とスポットライト。弱りきったイルティが立ち上がるが、足取りがおぼつかない。呆然と遠くを見つめている。
「…………オイラ、何もしてない………………ロクーラの事も、伝えられなかった…………」
悲しげに俯くイルティ。やがて勢いよく顔を横に振り、頬を叩いて自分に喝を入れた。
「大丈夫! きっと、みんな分かってくれるはず! みんなを笑顔にするピエロが、オイラの夢だ! そんなオイラが落ち込んでちゃダメだ! よし、少しお散歩してからまた帰ってこよう!」
痛みを抑え込んでいるとわかる笑顔を浮かべ、イルティがスポットライトから出ていく。
逆側から笑い声が響く辺りが、対比がされて悲しさを誘う。
『……これが、イルティを見た最後の日でした。次の日になっても、いつになっても、イルティは帰ってきません。サーカス団員達は気がかりに思いましたが、団長とバジル、シェールが移動を決めれば逆らえません。
そうして、別の国へ。次第に、イルティを忘れていった一同。報いは、五年後に訪れました』
生々しい話だ。何となくこのパークの命名については分かったが、報いとはなんだろう。
その疑問を答えるように、舞台が明るくなる。玉座に座った王と王妃に、団長やバジル達が頭を下げている。
名声に眩んでいるのか、二人の隣に空いた玉座を数人がじっと見つめているようだ。王は笑顔で、顔を上げるように指示を出した。
「そちらがカイロスサーカスじゃな? 話は聞いておるよ」
「この地に轟く大国、それを治める国王様に名が知れておるとは、名誉につきます」
「して、そちらのピエロは何処じゃ?」
「それはこちらにいる、バジルになります。観客の心を湧き上がらせる事に関して、右に出る者はおりません」
恭しく、それでいて自信に溢れた団長の声とバジルの笑み。それに対して王は首を傾げ、王妃と見つめあった。
「のう、妃や。聞いていた話とは違わんか?」
「そうですわね。あの子を呼んでみましょうか。ロクーラ!」
王妃が名前を呼んだ瞬間、ドタドタと駆け足の音が聞こえてきた。配下の窘める声も聞こえてきたが、当事者はすぐに舞台に現れた。
王女としては短い肩までのマリーゴールドの髪を靡かせ、一目散に王と王妃の前に立つ。
「イルティが来たのね! 何処にいるの!?」
イルティの名前を聞き、団員達に動揺が走った。
王は詰め寄るロクーラを落ち着かせつつ、団員達を指す。
同時にロクーラも振り向き、輝かせた顔から一転してしかめっ面になった。
「この人達は誰?」
「お主が言うてた、カイロスサーカスの人々じゃ。だが、ピエロはそちらの色男と言うのじゃ」
「は? どうして? ちょっと責任者。イルティは? 答えなさい」
底冷えするような低い声でロクーラが問いかける。暫くの静寂の後、団長が恐る恐るといった様子で声を出した。
「イルティは……その、今、雑用に」
「サーカス団の全員が来るように、お父様が指示を出したはずだわ」
「それは、その…………」
「誰でもいいわ。イルティの居所は?」
ロクーラの言葉に、誰もが凍りついて黙ったままだ。
その中で、バジルが急に立ち上がって一歩前に出る。
「あいつは俺の妻に暴行した犯罪者だ! 妻を守る為に追い出したのだから、俺達に非は」
「無礼者! そんな事、イルティに出来るはずないじゃない! こいつの妻! 犯人は見たの!?」
「み、見てないわぁ……でも、あの子がアタクシを舐め回すように見ていたのは、誰もが」
「証拠もなしにイルティを犯罪者!? 追い出した!? 他の人達は冤罪ってわかったでしょう!? 何もしなかったの!? サイテーよ!」
「お、王女様、これには訳が」
「イルティを返してよ! お父様! 私の恩人に酷い事したこの人達なんか見たくないわ! 今すぐ国から追い出して! 二度と国に入らせないで!」
ロクーラの絶叫に焦る団員達。だが、即座に騎士達が取り囲み、舞台袖へと連れていった。
その間に、ロクーラは顔を覆って泣き崩れる、王と王妃が慰めている。
何とも言えない雰囲気の中、明かりがゆっくりと消えていく。
『こうして、カイロスサーカスは大国に国外に追い出され、入国拒否されました。その噂は瞬く間に広がり、カイロスサーカスはあっという間に落ちぶれました。そして、一月もしない内に解散となり、カイロスサーカスはなくなりました。それでも、ロクーラの悲しみは計り知れません』
スポットライトの下で、ロクーラが俯いている。
目元を拭い、何かを思い立ったかのように立ち上がった。
「イルティ……みんなを笑顔にするってイルティの夢、私が叶えてみせるわ!」
『ロクーラは決心しました。持てる力は全て使い、誰もが楽しく笑顔になる遊び場を作り上げました。
会えなくなったイルティの名前を使い、イルティパークと。それから幾日、幾年も月日が過ぎました。イルティの名前と夢は、今もこの場所で引き継がれ続けるのです。めでたしめでたし、どっとはらい』
ゆっくりと、余韻を残すように静かに幕が下がっていく。
二束三文の茶番だが、イオの疑念をいくつか払拭はしてくれた。
如何でしたか?
この後も、パークをごゆるりとご堪能ください!