3.舞台:前
ようこそ、『ヒストリーウェーブ』へ!
さぁさ、飲み物片手に食べ物膝上、どうぞごゆるりと観劇してくださいませ!
『昔々のお話です。カイロスサーカスという小さなサーカス団が、各地で芸を披露していました』
男性の声が聞こえてきた。
寝る前の子供に読み聞かせるような、優しい声色だ。
声に合わせ、舞台の袖から人が出てくる。等身大の人形で、精巧さよりも親しみやすさを重視した作りだ。
パーク内の魔力で操作しているらしいそれは、人と同じように自然に踊っている。
赤と黄色の道化師衣装、明るい茶髪は横に跳ねている。赤い付け鼻と笑顔を象ったメイクが印象的だ。
『団長と、十数人ほどの団員と、様々な動物。その中に、イルティというピエロがいました』
「オイラはイルティ! みんなが笑顔になれるよう、今日も頑張るぞー!」
イルティは拳を高く突き上げる。パーク名の人物。重要人物であると、一目瞭然だ。
舞台のあちこちに移動しては、そこにあるアイテムで芸を披露するイルティ。
全てをそつなくこなしているが、途中でわざと失敗しては笑い声が響く。アナウンス同様に、機械的な笑い声だ。
『イルティはピエロとして、才能がありました。上手に失敗しては、お客さんの笑いと緊張を取っていきます。お客さんの中には、イルティ目的の方も居るほど、人気のピエロでした』
大袈裟にイルティが一礼すると、舞台の明かりがゆっくりと消えた。
暗転だ。明かりが着くと、登場人物が増えていた。
黒のハットとステッキを持った、いかにも団長らしき男。
その後ろで、腕を組んだ男女が不敵に笑っている。
豊満な体と泣きボクロが艶めかしい、金髪の美女。
ニヒルな笑みが似合う銀髪の男は、道化師の服さえも着こなしている。
『ある日の事です。新しい仲間が増えました』
「皆の者! 紹介しよう! クラウンのバジル、曲芸師のシェールだ! 夫婦でこのサーカスを盛り上げてくれるぞ!」
「ども」
「よろしくねぇ?」
軽い自己紹介後に、拍手が湧き上がる。イルティも大きな拍手をした。
「新しい仲間だ! 嬉しいな〜」
人形だから心意は読めないが、嬉しそうだ。
だか、暗転とナレーションは不穏さを醸し出す。
『その日から、サーカスのメインはバジルとシェールになりました。戯けるピエロより、華麗なクラウンをお客さんは賞賛しました。団長はイルティを後ろに下がらせて二人をべた褒め。他の団員は見ない振り』
舞台中央でポーズをするバジルとシェール。拍手喝采が降り注ぐ二人を、団長が誇らしげに見ている。
その後ろ、物陰にポツンとイルティは立っていた。メイクで分かりづらいが、どこか悲愴な感じが漂う。
「バジルもシェールも凄いな〜。オイラもあんな風に、みんなを笑顔にしたい! でも……何でだろう? 見てると胸がギューって苦しいや」
くるりとイルティが袖に消えていく。それを合図に、再び場面が切り替わる。
『それから暫くして。とある国での初公演の日。この頃になると、イルティの仕事は雑用しかありません。今回は珍しい草花を取ってこいと言われ、ショーに出してもらえず高い草木が生えた所を歩いていました』
緑の背景に、革袋を持ってイルティが歩く。端っこの方に、背を向けた人が座り込んでいた。
「オイラも公演に出たかった……ううん! 団長がバジルの方が皆を笑顔にできるって言ったんだ! ワガママ言っちゃダメだ! ……ん? 綺麗な湖だな〜。でも、女の子が泣いてる。大丈夫かな?」
とことこ走り出したイルティは、少女に近づく。イルティに合わせて床が動き、少女が真ん中に来た。
十歳くらいの少女だ。マリーゴールドの髪は綺麗に肩で揃えられ、着ている服はシンプルながら質の良さそうなドレス。
貴族であることは間違いない。イルティも分かったらしく、仰け反って驚いた。
「なんて綺麗なお姫様だ! こんな所でどうしたんだい?」
「ヒック……凄く怖いことがあったの。それで、りょーよー? で、ここに来たの。でも、夢にも出てきて、とっても怖いの」
「なんて事だ! それなら、オイラが元気付けてあげる!」
『そう言うと、イルティは芸を披露し始めました。道具もないので簡単なものでしたが、少女はとても楽しそうです』
簡単なパントマイムと、服に収納していたボールでお手玉。
突然の事に驚いてた少女だが、見ている内に顔が明るくなっていく。
途中で剣を携えた女性が二人増えたが、少女の変化に嬉しそうに笑った。
終わったイルティが一礼すると、少女は紅潮させて大きな拍手を送った。
「凄いわ! 私、とっても楽しくなったわ!」
「それなら良かった!」
「ねぇ、私、ロクーラって言うの! ピエロさんのお名前も教えて? それと、できれば明日も芸を見せて欲しいの!」
「我々からもお願いします。ロクーラ様がここまではしゃいでおられるのも、久しぶりなもので」
「モッチロン! オイラはイルティ! みんなを笑顔にするのが、オイラの夢なんだ!」
イルティの言葉に、ロクーラが満面の笑顔で抱きつく。そこでまた、舞台が暗くなった。
『それから、イルティとロクーラの交流が始まりました。団長命令で公演に出ないイルティには、時間が沢山ありました。
自分の芸で日に日に元気を取り戻していくロクーラに、イルティは嬉しくなりました。ですが、楽しい日々も終わりが来ました。カイロスサーカスがこの国から移動するとこになったのです。最後の日、ロクーラは泣きじゃくり別れを嫌がりました』
舞台全体ではなく、スポットライトが一部だけ照らす。
その下で、ロクーラはイルティに抱きついていた。それをイルティが慰めている。
「や゛だぁあ゛ああああああ! いるっ、いるでぃとい゛っじょおおおおおおお!」
「泣かないで、ロクーラ。折角の美人さんが台無しだ」
「いるでぃが、い゛がないなら゛ぁ」
「ごめんね。それはできないんだ。オイラがいるカイロスサーカスは、色んな国で皆を笑顔にするんだ! だから、また会えるよ、ね?」
「……わだしのぐに゛にも、ぎで、ぐれる?」
「うん! いつか行くよ!」
すっと小指を差し出すイルティに、ロクーラは泣きながら小指を絡ませる。
『約束の指切り。これが叶わないと、誰も思いません。名残惜しくロクーラと別れたイルティを、緊迫としたテントが待ち受けていました』
先程から、ナレーションが不穏でしかない。