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イルティパークの中は、文字通り別世界が広がっていた。
だだっ広い平野に、互いが邪魔にならないよう配置されたアトラクション。その間隔は広く、多くの人が入れ違いになっても当たらない。
屋台形式の売店も所々にあり、飲み物や軽食などを売っていた。似たような品を持っている人も多く、そういったグッズも販売しているのだろう。
大掛かりなアトラクションが稼働する様は遠くからでも見え、全てから楽しそうな悲鳴が聞こえてきた。
「スゴイ!」
「そうだな。全部、魔力で動いてるようだ。どれだけ規模がでかいのやら……」
純粋にアトラクションに興味津々なジャピタと違い、イオの注目はその動力だ。入った時から強く感じる魔力は桁違いで、全てを賄っていると直感した。
それにしても、使用魔力が多すぎる。人間や亜人クラスでは到底足りない。その上、どことなく親近感を感じる。
「どういう魔力だ、これは……」
「アソボ! アソボ! アッチ!」
「お、おい! ゆっくり動かせよ!?」
「ハーイ!」
急速に動かされた事に注意すれば、ジャピタは勢いを弱める。
それに安堵しつつ、やはりこの状態は不自由だと実感させられた。
現在、イオは椅子に腰掛けた状態だ。椅子と言っても、とある世界で見かけた車輪のついた椅子である。
肘掛けと足置き場のついた椅子に大きな車輪が二つ、左右対称に置かれている。背もたれの上部には二本の突起が後方に伸び、他の人が押して移動させるものだ。
自分で移動することも出来るが、重さのある椅子を動かす腕力はイオにはない。尾鰭全てを隠す長いスカートも含めて、ストレスが溜まる。
種族を隠す為だと思っても、無意識にため息が漏れた。
「ねー、あそこの人、かっこよくない?」
「わかる! なのに笑顔は可愛いとか反則過ぎない?」
「わかるー!」
派手なファッションの少女二人が、こちらを見てきゃあきゃあと囃し立てている。他にも、頬を染める人がちらほら見かけられた。
擬態をしても、目立ってしまっている。主な原因だろうジャピタを見上げた。
丁度イオを見下ろしていたらしく、金の三白眼と視線が重なる。途端に、ジャピタは破顔させた。
前に取引して貰った、人間の死体。その首元にジャピタが巻き付く事で、本物同然に動かしている。
無から人型になるよりかは、こちらの方がジャピタの燃費がいいのだ。
手に入れてから初めて使う外見を、イオは改めて見つめる。
臙脂色の髪が眩しい、三十代半ば。そこそこ整った見た目と筋肉の持ち主。イオはそう記憶している。
しかし、目に映る人物はどう見ても二十代。ジャピタの精神が反映されているからか、十代後半と幼くも見える。
瞳は完全にジャピタと同じで、髪色も若干色が黒ずんでいた。
「…………その外見、アンタに寄った?」
「……タブン?」
本人にも自覚がないらしく、首を傾げる。その仕草に、近くの少女からまた黄色の声が上がった。
憶測だが、邪神の傀儡として相応しいよう、無意識に肉体の最盛期へ合わせたのだろう。
それが死体にも適応されるあたり、力の強さに流石としか言いようがない。
「ゼンブ! ゼンブ、ノル!」
当の本人に風格はないが、そこがジャピタらしい。ウキウキしながら移動させられながら、イオは小さく笑みを作った。
火の輪くぐりのライオンの回転木馬。
アトラクションとしても、モチーフとしても同じ空中ブランコ。
逃走する八本足の馬のローラーコースター。
人気ダンサー達のティーカップ。
サーカステントのメリーゴーランド。
サーカスの裏側に迷い込むお化け屋敷、ミラーハウス。
馬車をイメージしたゴーカート。
ピエロのお手玉な大観覧車。
カバやゾウの芸を見るクルージング。
小さな菓子や風船を配ったり、清掃したりするスタッフは全員ピエロ。
売店で並ぶ菓子や小物も、ピエロ。
このパークは、サーカスモチーフで統一されているようだ。
人々を楽しませるという目的に適している。だが、こうして出歩く程に、イオは不気味さを感じていた。
あまりにも規模が大きすぎる。これが、善意だけの遊び場だとは考えにくい。もしその通りなら、そもそもジャピタが餌として感知しないはずだ。
人々を楽しませる以外の裏があると思うが、それが全くもって読めない。
「イオ〜。カオ、コワイ」
「うるさい。目的を忘れるな。まぁ、アンタに言っても無駄か」
「タノシイ!」
「なら良かったよ。あと、その手に持ってるピエロ帽子は買わないからな。どうせ、ここにいる間しか付けないだろ」
「ガーン」
ジャピタは視線を手元の小物とイオの顔を往復し、渋々と小物を元の場所に戻した。財布はイオが握っている。
勢いで買っても、どうせ空間魔法の肥やしになるだけだ。そこまで多くはない金を、変な物につぎ込むわけにはいかない。
金に関しては、入口で裕福そうな相手に、持っていた宝石を格安で売って手に入れた。
空間魔法で眠っていた質のいい宝石だ。相手はほくほく顔で、パークの中に消えていった。
軽食にと買ったピエロ饅頭の残りを口に放り込み、ジャピタに指示する。
「ジャピタ。そろそろ『ヒストリーウェーブ』へ行こう」
「ハーイ」
元気のいい返事と共に、椅子が動かされる。砂利がほとんど無い地面は、揺れが少なくて有難く思える。
暫くして着いたアトラクションは、赤と黄色のストライプ柄をしたドームテントの形をしていた。
迫力があるアトラクションは人気が高く、外からでもわかる何十分もの待機列が出来ていた。それがここには無い。
パークの成り立ちは、遊ぶ人には関係ないらしい。
イオ達が中に入ると、スタッフピエロが大袈裟に出迎えて先導する。少し奥には、サーカスの観客席を一部切りとったような、扇形の座席が並んでいた。
その間には大きな舞台が開演ブザーを待っている。
ポツポツと数人だけが座り空きが目立つ。椅子はスタッフに預け、ジャピタに横抱きされて中央あたりの椅子に腰掛けた。
一分足らずで、開演を知らせるブザーが響いた。丁度、開演時間だったらしい。
このパークの妙な感覚、その正体に近づくべく、イオは幕の上がる舞台へ意識を集中させた。
外見の経緯は第二章『乙女ゴースト』にあります