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愛嬌-- ひょうきんで、憎めない表情・しぐさ。座に興を添えるもの。ちょっとしたサービス。座興。
新しい世界のスタート地点は、至って平凡な草原だった。
朝早いようで、太陽の位置が低い。この世界の特徴なのか、丸ではなく六芒星をしている。
睡眠をとっていたから、久しぶりに広がる緑色を見た。けれど、目新しさはない。
似たような文化が多いからか、草原や森、岩肌の山などはよく見るのだ。
ただ、普通と違う点が一つ。それに気づいて、着地位置を変えようとした時には遅かった。
「お? 空から人魚が降ってきたぜ?」
「噂を聞いて、すぐ来たくなったんじゃない?」
「わかる! あそこ、すっごく楽しいもん!」
草原には大勢の人間がいた。それも、商人のキャラバンや貴族の馬車、騎士の野営ではない。一般人ばかりで、パッと見は家族連れが多い。
中にはエルフ、獣人といった亜人も含まれており、人魚に動じていない。
おまけに、空から降ってきたことも、そこまで重く見ていないようだ。手を振ってくる子供もいる。
イオは軽く手を振り返しながら、現状を考える。
有力な考えとしては、何かの催しへの参加待ちだ。目先の疑問より、待っている楽しい出来事に意識が持っていかれている。
気色満面で浮き足立っている所も、その案に拍車をかける。
問題は、その催しが全く検討つかないところだ。誰もが笑顔で待ち望むような、何か。
待つ人の服や見た目には差が大きく、平民も貴族も関係ないようだ。それも、かえって不気味である。
平民と爵位持ちでは、自覚や意識が全く異なる。平民を見下す貴族、影で貴族の愚痴を零す平民。
特に子供にはその傾向が顕著に現れやすい。
しかし、ここにいる者は気にしていないようだ。
正確に言えば、同じ場所にいても、関わらなければどうでもいい。そういう考えを全員が持っている。だから、喧嘩やいざこざとは無縁で、催しを待っているようだ。
空いてるスペースにゆっくりと着地した。
物珍しい人魚に、子供の興味の視線が突き刺さってくる。集まられても困るので、疲れた体を装って座り込む。
案の定、大人に止められて子供達はこちらの興味を別の物に向けた。
「ココ、ヘン」
「そうだな」
「アル、ナニ?」
「分かってたら、疑問に思わないだろ」
「ソッカ~」
ジャピタはそれ以上聞かず、草の絨毯に寝転がる。もう興味無いらしい。
しかし、ここに餌があるとは思えない。ジャピタが感知したからには、一定量はある負の感情があるはずだが、周りにいるのは期待に満ちた人々。
催しのスタッフが持ち主かもしれない。そう思って待っていると、その時は訪れた。
意図的に空けられていた空間、その中央の土が急に盛り上がった。そして、そこから勢いよく何かが飛び出して綺麗に着地する。
「ウェルカム、ウェルカム、お立ち会い!」
「お待たせしました皆様方!」
大袈裟にポーズをとって挨拶をする、二人の小さな人物。
成人の腰までしかない背丈だか、髭を蓄えた温和そうな老人だ。肩に自身を超えるハンマーを構え、もう片手で周りの人々に挨拶をする。
大酒飲みで大雑把。強靭な肉体を持ち、鍛治を中心に物作りが得意な種族。ドワーフだ。
ただ、その出で立ちが独特である。
カラフルな水玉模様の服装は二人で左右対称となっており、長い髭は三つ編みにされている。
その顔は白塗りで、火のようなペイントが頬についている。
恐らくピエロに模しているようだが、ドワーフがする理由に結びつかない。
周りは湧き上がり、二人の登場を称える。
ジャピタは周りに合わせて盛り上がるが、イオはついていけない。呆然としたまま、事態が進んでいく。
「さぁさぁ皆様、お手を拝借!」
「我らエディとターンによる、華麗な開門ショーですよぉ!」
おちゃらけた調子でそう告げたドワーフに、子供達が元気な返事をする。
誰か始めたか分からない拍手の和は広がり、大きな音でリズムを刻み始めた。
それに体を揺らしつつ、ドワーフ達は得物を手に作業する。
「悪い子良い子、みーんな笑顔! 誰もが笑える素敵な楽園!」
「爺さん婆さん、寄っといで! 知らずに逝くのはもったいない!」
「可愛い赤ちゃん、寄っといで! 楽しい場所だよ、元気に産まれな!」
「そろそろ出来るぞ、楽園入口!」
心から楽しそうに歌い、ハンマーで土を叩くドワーフ達。笑い声や合いの手が入り、ドワーフ達のテンションも上がっているようだ。
ハンマーで盛り上がった土は、叩かれる度に形を変えて大きくなっていく。やがて、土は金属のように光沢を放つ、大きな門へと形を変えた。
最後に力いっぱい叩いた後、ドワーフ達は待っている人々に一番の笑顔を向けた。
「「できたよ入口! イルティパークへご案内!」」
言うや否や、門の中に魔法が展開された。向こう側が見えていた門は、別の場所に繋がっている。大規模な転移魔法だ。
こちらと同じく快晴の場所では、別の所から入ったのか似たような家族連れが見える。
また、楽しそう音楽がこちらにも聴こえてきて、子供達の気分が一気に上昇した。
意気揚々と門をくぐって行く人々。それを眺めながら、イオは考え込んだ。
これだけ人数を移動させる魔法など、かなり魔力を消耗する。そこまでして人を集めて、何をするつもりか。
ある程度、推測しておこうとした瞬間、ドワーフ達が急に下から覗き込んできた。
「うおっ!?」
「これはこれは! 珍しいお客様だ!」
「海洋種族用の施設は製造中! まだ陸上種族がメインのアトラクションばかりになりますが、よろしいかな?」
「あー…………その、たまたまここにいただけで、その、イルティパークとやらを知らなくてな?」
困惑しながらも、事実を述べる。見たところ、この二人は人がいい。知らないと言えば、素直に情報をくれるだろう。
案の定、二人はオーバーリアクションて驚いた後、咳払いをして説明を始めた。
「イルティパークとは! 『誰もが笑顔』をモットーの楽しいアミューズメント施設に!」
「くるくる回るティーカップ! ブラブラ揺れる空中ブランコ! ゴーゴー進むローラーコースター! 他にも沢山! 有事の際には、我らピエロスタッフが懇切丁寧に対応!」
「飲食関係は出店の為、有料! 出口におひねり置き場がありますが、お気持ちで結構! むしろ、無料!」
「「とってもとっても楽しそうでしょ!?」」
「オオー!」
ジャピタは目を輝かせるが、どうにも胡散臭い。
これほどの魔法を展開しておいて、更に遊びの場を提供しておいて、対価なしというのは怪しすぎる。
疑ってかかるイオに、ドワーフ達は小声で話しあって再度振り向く。
「気になるようなら、『ヒストリーウェーブ』をオススメします!」
「イルティパークの成り立ちを劇にした、着席型のアトラクションです!」
「イオッ! イオッ!」
興奮したジャピタが腕を引く。完全に行く気だ。イオが止めても無駄だろう。
ジャピタの能天気さに呆れつつ、イオはまだ動かない。一つだけ、どうしても聞いておきたい事がおる。
「さっき、海洋種族の施設は製造中と言っていたな? 他のアトラクションとやらに、アタシらは乗れるのか?」
イオ以外の三人が、あっと声を漏らす。ドワーフ達は慌てて後ろを向き、小声で話し始めた。大方、他のスタッフとやらに確認しているのだろう。
話し終えて振り返った顔は、非常に言いにくい内容を表すようにパーツが中心に寄っていた。
「総支配人に通したところ、完全な安全を提供するには難しいと……オススメは、出来ませぬ…………」
「それと、海洋種族はまだ珍しい為、グリーティングと間違われる可能性があるとのことです……」
「グリーティング?」
「パーク内を歩くキャラクターと、触れ合って楽しむアトラクションです! 基本、スタッフはピエロ! ですが、珍しいキャラクターはそのままの姿でして……」
そう言われ、ここに着いた時の事を思い出す。
人魚に興味津々の子供達。大人達は止めていたが、子供と同じ位に興味がある様子だった。
グリーティングだと、どんどん人が集まって身動き取れない自分達。その様子がありありと浮かぶ。
それに、ドワーフ達の話ではパーク内は笑顔で溢れているらしい。当人達も楽しんでいるようだ。ここに、イオ達の食事があるとは思えない。
帰るかとジャピタに声をかけようとして、止めた。ジャピタは頬に空気を入れて限界まで膨らませている。
先程までのはしゃぎようから、どうしてもアトラクションに乗りたいのだろう。
溜息をつき、無駄だと分かりつつも改めて声をかけた。
「ジャピタ。帰るよ」
「ヤダ! アトラクション、ノル!」
「人波にもまれて、アトラクションも危険な可能性がある。それでも入りたいか?」
「ウン!」
諦めるという選択肢はないようだ。少し面倒だが、方法はある。
「わかったよ……準備して入るか」
「ヤッタアアアアアアアアア!」
「時間取らせて悪かったな」
「いえいえいえ! お役に立てたなら何よりです!」
「お待ちしてます!」
イオ達がパークに入ると決めた事で、ドワーフ達は満面の笑顔を浮かべた。華麗に一礼を決め、自分が建てた門に入って消える。
それを見送ってから、イオは必要な物を出すべく収納魔法を使った。
切り時が分からず少し長めのプロローグ
楽しいアミューズメントパークが舞台のお話スタートです