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ジャピタから受けた転移魔法と同じ。
三日月の口元を隠し、笑い声を抑えながら、一変した光景を確認する。
人工的ではない、自然な白一色の世界。仄かに輝いているように見える。
そして、目の前に立つ存在に目を見張った。
形容しがたい程の美貌は無機質で、金色の目だけがやけに目立つ。真っ直ぐな長髪は、身につけた服の裾と共に床に広がっている。
目と刺繍の銀糸以外、全てが純白。精巧な人形のような目の前の存在を、イオは知っている。
ジャピタからもらった記憶の、一番古い部分にいた人物。
「アヒッ……ヒ……。ア、アンタは、ジャピタの……」
「我、アーコス:オクロジン:レイウォクト。全ての世界を統べる、神々の長。総世神なり」
唐突な自己紹介は抑揚がなく、修行のアナウンスよりも機械じみている。その内容もしっかりと把握するまでに数秒かかった。
神の長。総世神。そう告げる神からは、ジャピタと同じ力を感じる。
その意味を考えようとするが、先程の喜劇が尾を引いて思考がままならない。
先に冷静さを取り戻そうとするイオだが、総世神は淡々と話を進める。
「新たなる神の誕生。慣例に伴い、祝福を授けん」
「ハッ、グッ!?」
総世神が言い終わると同時に、拳大の光球が出現する。それが程長く伸びたと思ったら、口に無理矢理入って来た。
奥の方まで行かなかったが、他人に突っ込まれては咽せて当然だ。警戒して引き抜こうとしたが、光球が一段と光り輝き、頭に情報が流れ始めた。
イオがいた世界を治めているのは、別の神。
そういった世界が無数に存在し、それぞれが時空間という高エネルギーで繋がっている。
その流れに様々な知識、種族、文化といったものが乗り、他の世界に発明や開発などで影響し合っているらしい。
その時空間を創り上げた神こそ、この総世神だ。
咥えさせられた物は巻き貝を象ったパイプで、悦に浸るイオを冷静にさせる効果があるようだ。
ゆっくりと息を吸えば、ハーブの香りが広がった。それが笑いを塞き止める。冷静を取り戻したイオは、得た知識通りにパイプをすって煙を吐いた。
空に溶ける煙越しに総世神を見やる。表情一つ変わらない相手に、イオは一番聞きたい事だけを尋ねた。
「アンタ、ジャピタを何で捨てた?」
ジャピタの最初の記憶では、視点が総世神から離れていき最後には見えなくなった。その時点で、ジャピタは身動きせずに成されるままだった。
恐らく、ジャピタが動き話す様になる前に放り投げられた。イオはそう睨んでいる。
イオの問いかけに、総世神は考え込むように目を閉じた。美しい顔の唯一の色が消え、造形美だけが残る。
少しして、総世神は瞼を上げて口を開く。
「総世神の生の中、我、頂きに居らぬと察する。苦悶、葛藤、自問自答。解、見つけたり。総世神は、全世界の秩序を保つ者。全世界の平穏を守る者。全世界の裁定を受け持つ者」
そこで一度言葉を切り、息を大きく吸って続けた。
「秩序に感情はいらぬ。平穏に感情はいらぬ。裁定に感情はいらぬ。故に、切り捨てたのみ。本体より離れ、すぐに消滅する筈の概念。時空間の強き力の流れと残留せし神の力で、自我が芽生えし事、誠に摩訶不思議なり」
想定外の事実に、イオは目を丸くする。嘘をつくメリットもないから、出鱈目を述べている訳では無いだろう。
元は同じ神。そうと考えれば、二人から感じられる気配が同一であることも説明がつく。
そうなると、ジャピタの遺棄にとやかく言うことは出来ない。だからといって、許した訳では無い。
「『世を渡る大災禍』。欲望のまま、徒に災禍をもたらす者。理性的な眷属神の誕生、抑止力として大いに期待す」
「……抑止力か。そこまでする必要があるとわかっていたら、アンタは感情を持ち続けたか?」
「否。我、目指すは完璧な神。不利よりも有利となる率が高い行動、しない選択肢なし」
つまり、感情を捨てる選択は変わらなかった。それだけ聞ければ十分だ。
イオにとっては、ジャピタは恩人。元は同じとはいえ、蔑ろにする相手に敬意を表す真似はできない。
「そうかよ。なら、さっさと帰らせろ」
「転移の準備中なり。そろそろ、元の場所へ帰還す」
「なるほど。こいつは有難くもらうが、アンタには二度と会いたくないな」
「我が世界の根幹揺るがす大事ない限り、我が関わることなし」
どこまでも無機質な総世神に、舌打ちが抑えられなかった。
言い換えれば、ジャピタの行動は総世神にとって大事ではないが些事でもない。
悪化する前に抑止力が現れて、秩序が守られた。その程度の認識だと、ありありと伝わってくる。
唐突に、三度目の浮遊感が訪れる。次の瞬間には、痛い静寂から一変して楽しい喧騒が聞こえてきた。
先程と全く同じ場所、時間、光景。手にあるパイプが無ければ、あれは夢だと勘違いしそうだ。
「イオ、カイ?」
「パイプだよ。まぁ、後で話すな」
勿論、総世神については限界までぼかすつもりだ。パイプを口に含み、観劇へと集中する。
ハーブの香りが冷静さを保ってくれて、落ち着いて喜劇を楽しむのだった。
こうして、邪神とその眷族は誕生した
次回、エピローグ