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「きゃあぁぁぁぁ!」
「何!? いや、不潔!」
「気持ち悪い!」
「これはこれは……」
「ほう……」
本能から多少は理解していたものの、隔離されていた人魚達にはあまりにも刺激が強い映像だ。嫌悪感を露わにして叫んでいる。
逆に、人間達は男が多いからか、生唾を飲み込んで映像に食い入っていた。
パニックを起こす人魚達の中で、イオだけは冷静なままだった。先程まで、死刑直行だったのだ。急に性交映像が流れたところで、理解はできるが感情が追いつかない状態だ。
どこかの一室、机の上でまぐわう二人は厭らしい水音を響かせながら話し合っている。
『次の、修行、わぁ?』
『05グループは……知力だっ……! 鮫の檻がっ、開くまでに……パズルを、解くぅっ……! いつも通り、手順を覚えろよ……?』
『わかってるぅー』
撮られていると気づいていない二人の密談が、大々的に公開された。比較的、冷静な人間達の視線がそれぞれを向く。
二人共に青ざめ、言い訳が思いつかずに口をはくはくとしているだけだ。
場面が何度か切り替わる。だが、どれもが二人の情事で、修行情報を話している所だ。
恐らく最後、情事後らしき二人が抱き合っている映像に変わった。
『ねぇー……いつになったらぁ、神嫁様になれるのよぉ?』
『手を回しているんだが、どうも10-07を推す声が多くてな』
『はぁー? あんだけ邪魔してるのに、まだ死んでないのぉー!?』
『しぶといよな。もうめんどいから、直接消すわ』
『どーすんのー?』
『弱み握ってる奴に、不正の証拠を偽造させるんだ。その後にぶっ殺して適当な水槽に放り込めば、バッチリだ』
『頭いいー! さっすがー!』
『だろ? お前も神嫁様になったら、俺を立てろよ? あんなてっぺんハゲよか、俺の方が賢いんだからな』
『分かってるわよー』
熱く語り合う映像とは裏腹に、現実は冷えきっていく。その大元たる一番上の男は、怒りに肩を震わせていた。
様々な問題発言が飛びだしたが、眩しい頭部の頂点を話題にされてからより一層震えが激しい。
確固たる証拠に、当の二人の顔色は青を越して白い。
「…………対象者、変更。神聖なる選別を私欲で穢したサンス、及び05-19だ」
「「はい!」」
返事と共に、人間達は素早く動いた。イオは解放され、代わりに05-19とサングラスことサンスを捕らえる。
喚き散らしながら連れて行かれる二人を、唖然としたまま見送った。
『【特殊修行】を行います』
女性のアナウンスが始まった。集められていた人魚達の雑談が止まる。急な変更に時間がかかり、余裕が出来てお喋りしていたのだ。
大きな水槽に一人放り込まれた05-19は、先程からガラスを叩きながらずっと文句を言い続けている。つけられた首輪が無骨で重そうだ。
水槽の上では、サンスが両手首を縛られた状態で縄を首にかけていた。車輪を介して吊るされた縄はピンと張られ、言葉も出せていない。
『その場で動き続けてください。止まると、首輪が締まります。連動して、車輪も回転します。水温は時間ごとに下がっていきます。できるだけ長く耐えていてください。それでは、スタート』
合図と共に、水槽に設置されたパネルが時間を表示し始めた。
同時に、締め付けが始まったのだろう。05-19は首を抑えた後、慌ててその場から泳ぎ出した。
サンスの方を見れば、吊るされないようにとつま先立ちになっている。
縦横無尽に広い水槽を泳ぐ05-19。だが、次第に動きが鈍くなっていった。唇を青くし、腕を摩っている。
水槽の端に氷ができているから、かなりの低い温度のようだ。
観ていて分かるほどに、体が震えている。首を圧迫されて、どちらも呼吸が苦しそうだ。それでも死にたくないと、懸命に動いていた。
イオが連れて行かれる時、あの二人は勝ち誇った笑みを浮かべていた。優越感に浸り、邪魔者がいなくなったと喜びに溢れていた。
それが今では真逆。絶望に叩き落とされ、命さえも落とそうとしている。
不思議な興奮がイオを包んでいた。その正体が分からないまま、二人の結末を観劇している。
ふと、05-19と視線がかち合った。向こうも気づいたのか、鋭くイオを睨みつけて叫ぶ。
「何笑ってるのよー!」
泣き半分、怒り半分の叫びにイオは目を見開く。ゆっくりと手を上げ、自身の口に触れた。
口角がしっかりと上がっている。05-19の言う通り、笑っているのだ。そう認識した瞬間、イオは自身の感情に気がついた。
愉悦。
人生の絶頂から一転、這い上がれない場所へ。
小さな事で仮初の頂点を失い、その現実を受け入れられずに騒ぐ様が可笑しくてたまらない。
笑う。楽しい。愉快。久しく忘れていた感覚だ。
「はっ、アハハハハハハハハハハッ!」
死にそうな人を前に、腹を抱えて笑い出す。
周りは驚いてイオを見るが、楽しいのだから仕方ない。自覚したら、笑いが止まらない。
吊り上げられたサンスの体が揺れる。動かなくなった05-19の首は締め付けられ、ありえないほどに細くなっている。
それでも、人間が止めるまで、イオは笑い続けた。
『異常』を自覚した日