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それは偶然か必然か
四人分、空いた部屋は重苦しくて居心地悪い。10-07を非難めいた目で凝視する五人の人魚も、居づらさに拍車をかける。
だが、今はそちらに回す意識などない。修行で失敗させるような仕掛けは、今回が初めてだ。その事実が心を酷く痛める。
十中八九、サングラスの仕業だ。
05-19も関わっているだろう。あの二人がどういう関係だかは知らないが、同時期に不正を騒ぎ立てた事から繋がりは明白である。
このままでは殺される。しかし、人間側に訴えても無視されるがオチだ。
最悪、サングラスの嘘により反逆者と取られるかもしれない。その先は、特殊修行という名の処刑。
今まで以上に自衛する。それしか策が取れない自分が嫌になった。
もっと自由に生きたい。
ささやかな、それでも今の自分には決して叶わない夢を、ため息と共に吐き出した。
「…………八方塞がりだな」
「フクシュウ、スル?」
「復讐……どうだろ。アイツらを貶めたい気持ちは、確かにあ……る………………」
自分で言いながら、語尾が弱まっていく。気づいてしまった。
自分に話しかける人魚などいない。
にも関わらず、独り言に誰かが反応した。
弱った心が作り出した幻聴にしては、やけにはっきりとしていた。
声がしてから、自分の真横に誰かの存在を感じる。
唯一の出入口である扉は、閉じたままであると自分の目で見ていた。
なら、隣の存在は何か。
はやる鼓動を抑え、勢いよく隣へ振り向いた。
「ハーイ」
「うおぉぉぉぉぉおおぉおぉおああぁぁあっ!?」
自分でも驚く程の大声と共に、仰け反るようにソレから距離を取った。
大きく強く叩きつける胸を抑えながらも、目はソレから離せない。
石の壁から、黒くて細い生物が生えていた。
全体的に黒いソレはギザギザの歯を見せ、10-07の反応に金色の美しい瞳を輝かせている。
悪意のない、純粋な笑顔だ。初めての無邪気な笑みに惹かれる中、ソレは急に身体を動かした。
細い上体を様々に振り、その度に壁から身体が出てくる。
最後に尻尾が現れ、全身を自由にしたソレは凝りを解すかのように縦に伸びた。
「ツカレタ~」
「そ、そうか……アンタ、どうやってここに?」
「フクシュウ、スル? チカラ、ホシイ?」
「いや、話の脈絡が分からないから」
唐突なら話題の展開に、ついていけていない。急に現れて、復讐したいかと問う何か。
10-07の記憶の中では、ウツボが一番近い気がする。
詳しくは知らないが、修行の失敗者が生き物に食い殺される事は多い為に、そこそこの生物の姿は知っている。
そのウツボ状の生物が、復讐の力をくれると言う。神嫁並に眉唾物だ。
「……復讐できる程の力を、アンタが持っていると?」
「ソウ!」
「アンタ、何者だ?」
「ジャシン!」
「……………………そういう御伽噺は、アタシより他の人魚に言いな」
変換に少し時間がかかったが、理解した途端に脱力感に襲われてそう言い放った。この生物は今、邪神と言ったのだろう。
邪な神。英雄の神嫁選別に強制参加させられ、死と隣り合わせの自分達に神とは笑えない。
本当に邪神なら、復讐する力を大いに授けてくれるだろう。だが、10-07は御免だった。
「ただでさえ英雄の神嫁が眉唾だ。そういう神話的な話は、信じられないな。他のヤツなら信じるだろ」
「ヤダ。マホー、ギソウ、ボウオン。ホカ、キヅカナイ」
「魔法……?」
「キヅイタ、キミ」
たどたどしい発音、かつ単語でしか話さない生物。その単語の並びから言いたい事を頭の中で要約する。
魔法を駆使しているから、10-07以外は気づかないと。
言われて同室の人魚を見れば、全員が眠ったままで起きた気配がない。先程の絶叫が聞こえていたら、確実に目が覚めるはずだ。
現状を察すれば、生物の話は正しい。10-07は自分が魔力持ちであると自認している。
その認識によって、魔法の誤認が効かなかったかもしれない。
腑に落ちない部分はあるが、そもそも生物が嘘をつくように見えない。
雰囲気としては、無垢な子供という印象を受ける。少なくとも、ここにいる人間、人魚とは全然違う。騙すという考え自体がなさそうだ。
少し、警戒を緩めた。しかし、無邪気に笑う口から発せられる内容は、復讐の一点張り不穏さがぬぐえない。
「フクシュウ、フクシュウ!」
「それ、仮にアタシが頷いても、アンタには意味が無いだろ?」
「アル! エサ、コウカン!」
「何が餌だ?」
「オコル、カナシイ、クヤシイ、ユルセナイ!」
「負の感情といったところか……邪神らしいな。つまり、負の感情をやる代わりに復讐する力をくれる、取引に近いものだな?」
「…………タブン?」
「多分って、自分のことだろ」
大袈裟に首を捻る生物に、10-07は小さく笑った。久しぶりに会話できている。それがとても楽しい。
一方的な敵意の刃ではなく、言葉が通じるやり取りなどいつぶりだろうか。
自然と頬が上がる。生物は尾をリズミカルに叩きながら見上げていた。
「ワラッタ! ナンデ!?」
「気軽に話せて楽しいからだよ。アンタが邪神っぽくないからか?」
「ンー? エガオ、ニアウ! エット……」
生物の視線が一点に集中する。注視する先が自身の左胸だと気づいた瞬間、そこに刻まれた数字を思い出して咄嗟に隠した。
もう遅いだろうが、それでも凝視されていい気分なものでは無い。
楽しさが一瞬で霧散し、俯く10-07。しかし、考えもしなかった言葉が耳に入った。