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遅くなり申し訳ありません!
新入りが加わろうと、疎まれている自分は睡眠くらいしかやることが無い。
時々、天井が開いて固形の栄養食が降り注ぐ。味気ないが唯一の食物で、仕方なく口に運ぶ。
同室の人魚達は見殺しにする気はないらしく、少ない量だが10-07の分をのこしてくれる。
寝ては起きて、周囲の冷ややかな視線を浴びながら食事、もしくはまた眠りに入る。
そのサイクルは、10-68が加わってから四度目の目覚めの時に崩れた。
久しぶりに開かれた扉。そこに立つ白衣の人間が複数おり、先頭の人間が一言告げる。
「修行の時間だ」
それを合図に、後ろにいた人間達が人魚を抱えて外に出す。
怖がっていようが、震えていようが、悲鳴をあげようが、お構い無しだ。いつも通りである。
ご丁寧にゴム手袋まで装着した人間が、部屋前に置いた車輪付きケージに人魚を移す。
劣化が見られるくすんだ白の道を、人間が修行場所まで押していくのだ。
道中は皆、誰も喋らず沈んだ表情だ。中には恐怖で泣き出す人魚もいる。それでも人間達は気にかける様子はない。
人間としては実験動物の運搬だから、逃げなければいい位にしか思ってないだろう。
辿り着いた修行場所は、部屋の何十倍も広い。
部屋の半分はある巨大な水槽に、八割方注がれた水。透明な強化ガラスとやらで横から閲覧でき、人間達が修行を見守っている。
実際は阿鼻叫喚の人魚の悲鳴を聞きながら、書類に記入したり機械類を操作したりと実験を強行しているだけだ。
しかし、水槽が上から覗ける部分に設置された、横長の窓ガラスからニヤニヤと眺める見物人よりはマシな気がしてくる。
遠目からではっきりとは分からないが、下で作業する人間よりも歳取っている様に見える。
所謂、上層部というものだ。ざっと見ておよそ五、六人。何時もよりも多い人数は、経験から修行内容を察してしまう。
「えー! 不正者と一緒? 嫌になっちゃうー! ね、みんなもだよねー?」
嫌味ったらしい声が耳に入り、顔を顰める。嘲笑いが幾重にも聞こえる中、わざと大きなため息をついて振り返った。
修行は大抵、二つか三つのグループを組み合わせて行われる。いくつグループがあるかは不明だが、数をこなせば嫌な相手とも当たる率が高い。
先にいた人魚達は、10-07を遠巻きにして嘲笑う。
彼女らに囲まれている中心人物の刻印は、05-19。10-07を貶めて優越感に浸る、二番目の古参だ。
薄黄色の髪をツインテールにし、尾は淡いピンク。童顔かつ小柄ながらも、フリルたっぷりの白い服を豊満な胸が押し上げている。
見ていて甘ったるい配色の05-19は、これまた甘そうな濃い褐色の目に蔑みを隠さず、八重歯を覗かせて笑っていた。
「やだー! 事実なのに睨んでくるとか、怖ーい! そうまでして、神嫁様になりたいのー?」
「自己紹介か? 今更いらないけど」
皮肉を込めて軽く返せば、05-19は分かりやすくこめかみを震わせた。
修行の目的は、古の時代に活躍した軍神を蘇らせる為の嫁探し。それを高らかに告げる時だけ、人間達は恍惚と感情を表に出す。
軍神は人魚の妻を守るべく邪悪と戦い、下僕と思われる生物と一緒に石像へと姿を変えられた。
神話と共に石像は各地を点在し、今は軍神を待ち望む人間達の手にある。
選ばれた人魚を神嫁として添えれば、封印が解かれてここの人間達を神域に導くという。
はっきり言って、馬鹿馬鹿しいくらいに眉唾物だ。
神嫁を添えるなど、当時の妻がやっている筈だ。
第一、信憑性に欠ける。真偽の分からない話に、命懸けで生きなければならないとは理不尽だと思う。
「何よ! ここま生き残ってるのがショーコじゃない!」
「アンタの言い分だと、神嫁になりたくないなら死ねって事だろ? 悪いが、そう簡単には死にたくないな。それと、軽すぎる口は、ボロも簡単に出すようになるぞ」
「はぁー!? 意味わっかんない! サイテー!」
喚き立てる05-19と、それを守る様にして陰口を叩く他の人魚。これ以上は関わるだけ無駄だと、視線を外す。
自分がしているから、10-07もしているに決まっている。
その考えが手に取るようにわかるから、05-19相手は疲れる。耳を劈く罵声にうんざりして周りを見ていれば、嫌な姿を見てさらに気が落ち込む。
記録を残す為の魔法道具を準備している人間に、見慣れた顔がいる。前髪を後ろに撫でつけ、髪と同じ黒いサングラスが特徴的だ。
人魚に無関心な人間達の中で唯一、こちら側を気にしている男だ。どちらかというと、05-19の味方で10-07の不正を疑ってかかる面倒な人間。
サングラスと呼んでいる人間から目を逸らして少しすると、準備が整ったらしい。数人の人間が杖を片手に、人魚を囲む。
そのまま何かを唱えると、床に光り輝く魔方陣が現れる。次の瞬間に、10-07達は水槽の中にいた。
転移の魔法だ。人間達は魔力が込められた宝玉を使い、魔法を駆使する。
ただ、魔力は有限のようで、消費量を減らす為にわざわざ実験場までは運搬されるのだ。
毎度の事ながら、転移の瞬間は不気味である。
そう思っていると、周りの人魚達がざわめき始めた。
尾鰭に何か付いている。そういった内容に、10-07も自分の尾を見た。
鉄輪と鉄球が、無骨な鎖で繋がれている。輪と鎖のつなぎ目には、四箇所動かすダイヤル錠があった。
それだけで聞きなれたアナウンスの前に、何をさせる気かを勘づいた。
『01グループ、05グループ、10グループ。【直感修行】を行います』
無機質な女性のアナウンスに、悲鳴が上がった。やはり、直感修行だった。
死ぬ人数が多い分、上からの見学者が多いのだ。
神嫁の選別をしている筈だが、ふるい落とされる人魚を楽しげに笑う様は本末転倒だと思う。
【お知らせ】
今後も起きる可能性が高い為、火金の投稿に変更します。