9.エピローグ
ラスト
「アーハッハッハッハッ! アハッ! ハハハハハハハハハハハハハハハハッ! ハヒャッ! ヒャハハハハハハハハハハハハァ! ヒャーハッハッハッハッハッハッ!」
イオは腹を抱え、床を転がっては尾を叩きつける。
愉しい。なんて面白い喜劇だろうか。
愉快な喜劇が流れる水鏡は、イオの為に用意された特大サイズ。おかげで、臨場感溢れる映像に愉悦が止まらない。
「ヒィー! ヒィッ、ヒィッ、ゲホッ、ゴホッ、ハッ、ハァッ! キヒヒヒヒッヒゴォッホ、ゴホゴホッ! アァー!」
笑いすぎて咳き込む回数が増えていく。流石に、呼吸が苦しくなってきた。
耐えきれない笑い声を漏らしながら、収納魔法でしまってあるパイプを手探りで取り出す。
大笑いで開いてしまう口を無理やり閉じ、パイプを吸った。
心地よい空気が身体中を巡る。幾分か落ち着いたが、まだ笑いが止まらない。
「ハー…………ハハッ! アハハハハッ!」
一息ついてから数秒で、また笑い声が喉から溢れた。再び パイプを吸う。
それを数回繰り返す事で、やっと爆笑が落ち着いた。使わない筋肉を使った事で、腹と頬が痙攣している。
久しぶりにここまで笑った。普段は、イオの爆笑を察したジャピタが、問答無用でパイプを突っ込むからだ。
煙を吐きながら水鏡を観覧する。
そこには、マリアンヌの現状がありありと映る。
複数人にしこたま殴打されていたが、今度は刃物で胴体を裂かれていた。
縦に裂かれ、臓器がぐちゃぐちゃと掻き出される。中身は 黒くないとせせら笑われて放り投げられ、あちこちに残骸が広がっていた。
マリアンヌはやはり、巫女の説明を信じなかったようだ。未だに悲鳴の合間で海神の名を呼んでいる。
その様が無様で、痛快で、堪らない。
直接、こちらを害してきた相手の転落模様は、ひと味違う。
意識を逸らすべく、視線を移動させた。その先に置いてあるテーブルに、ジャピタは横になっている。
エネルギー不足によるものではなく、その逆。
エネルギー過多による満足感による睡眠だ。つまり、満腹で寝ている。
今回の取引相手である海神の巫女は、イオ達の方法を詳しく知ってた。
その証拠に、わざわざ神殿の一箇所に遠見できる水鏡を置き、復讐劇の特等席として差し出してくれた。
石でできた床や天井、柱は若干湿っており、海神の力が通っていると見て取れる。
クラゲによってここに通された時は驚いたが、冷静に考えれば分かる事だった。
自分の名前を語って好き放題しているマリアンヌを、当の本人が許しているはずがない。
ましてや、海神の神格を落す行為をしているのだ。はらわた煮えくり返っていてもおかしくない。
手を下したいが、理によって干渉できない。人々の負の感情と共に抱え込んだ不満が、イオ達を招いたようだ。
復讐者の望みは、海神タラタウスの神格の穢れの責任を復讐対象に全て取らせる事。
巫女が言っていた通り、海神タラタウスは神格が穢れて底辺まで堕ちている。
この世界では、神格が穢れきった神は堕神となり、人々を苦しめる存在となるらしい。
海神はその手前、本当に限界の所で必死に耐えていた。
巫女を介して対面した海神は、三メートル近くの漆黒に染まった水球だった。
ボコボコと表面が盛り上がり、海中の生物を模した異形が出ようともがいては戻る。その際には、水球から苦痛に満ちた声が聞こえた。
なけなしの理性で、異形の誕生を防いでいる。
それに加え、力尽きて異形生成機となった際には、加減なく消滅してくれと同格の二柱に通達済みらしい。
何とも強い正義感と精神だろう。高潔さが際立つ程に、マリアンヌの愚かさが目立つ。
元は下半身を水で構成する美丈夫らしいが、マリアンヌがたった百年程、間違った祈りを捧げてこれだ。
厄介この上ない存在だっただろう。
だから、マリアンヌが自らの苦痛で穢れを祓う様に、場の整え方を巫女に伝えた。
処刑場の創り方、 人魚という種族の取り除き方、人間達の転移方法。海神の穢れと処刑場を繋ぐ方法は巫女には荷が重いと、イオが行った。
自慢の姿を失い、海水に拒絶されて二度と海に潜れないマリアンヌ。マリアンヌ相手に人々の憂さを晴らす度に、海神の穢れも祓えるようにした。
間接的に海神の役に立っているが、性根は自分大好きな女だ。今の状況によく思うわけがなく、ただ解放しろと叫ぶ。
今が一番役立っているというのに、それを理解する日は来ないだろう。
今まで積み重ねた妬み恨みの数々、邪神への態度。全て精算し終えるまでに、千年は間違いなく経過するだろう。自業自得と思って励んでほしい。
『眷属イオレイナ様』
「巫女か。少しは気が晴れたか?」
『お陰様で、多少は落ち着いています。本当に、ありがとうございます』
帰ってきて早々に、巫女は下腹部の傘をドレスの裾代わりに淑女の礼を披露する。
イオは微笑みを返し、腹をさすった。
いつもより引き渡す力が多かったが、それ以上に見返りが大きい取引だった。
なにせ百年近くに渡る、巫女を含めた世界中の人々によるマリアンヌへの負の感情だ。量の多さに腹がはち切れそうである。
本来の形状で疲れ切っていたジャピタなど、膨れた腹に満足して即座に夢の中だ。向こう百年は起きる気配はない。
「海神の巫女。人が絶対入らず、海中生物もなかなか来ない場所はあるか?」
『そう問われれば、いくつか候補は上がります。ですが、ここを使っていただいて大丈夫です』
「いや、世話になる気はない。すぐに世界を渡りたいが、ジャピタが暫く起きなさそうだからな。だから、良さそうな所を教えてほしい」
『了承です』
巫女は再び頭を下げ、深くは言及しない。深入りしないあたり、気が利く性格のようだ。
教えてもらった場所を記憶し、ジャピタを抱えてイオは神殿を出た。
人魚、宗教、不敬、務め。
改めて振り返れば、昔を連想させられる復讐だった。
今更ながらに、疲れが出てくる。早く寝たいと、イオは新たな目的地へ尾を進ませた。
情報が出始めたところで、次回は過去編になります。
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