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7.マリアンヌ視点

 



「我らが神、海神タラタウス様。本日もまた、巫女として働きましたわ」




 両手を組み合わせ、マリアンヌは日課の祈りを捧げた。

 起床後は巫女の意志を、就寝前は巫女の働きを、海神タラタウス様へ伝えるのだ。


 今日の寝床は、岩肌が窪んで見つかりにくい場所に生えた、柔らかな海藻のベッド。

 日々、海神タラタウスに敬意のない愚か者に罰を与えるべく移動している為、決まった寝床はない。

 それでも、素敵な場所を毎日見つけられる。これも海神タラタウス様が、マリアンヌへ褒美としてくださっているに違いない。

 その事実を噛みしめながら、海藻を巻き付けて目を閉じた。








 自分は巫女だと、マリアンヌは生後二ヶ月で強く感じた。




 水平線と同じ色の髪、海水と同じ色の尾。


 他の人魚とは違う、海そのものの色合い。マリアンヌの自慢の色だ。昔からよく、綺麗な色だと褒められていた。

 時たま、大人が巫女みたいだと口にしていた。気になって調べた時の衝撃は今でも忘れない。

 海中神殿に紡がれた、海神タラタウス様の活躍。活字の列でさえ、マリアンヌを虜にして離さない。



 偉大で、寛大で、完璧な海神タラタウス様。数カ所にしか明言されていないが、かの方を支える存在が巫女だ。



 海神タラタウス様は御身を真似て、自身の子としてマーメイドを創られた。マーメイドは海神タラタウス様の娘。

 多く居る中でも、海の色合いしか持たないマーメイドはマリアンヌだけだ。


 自分が海神タラタウス様に一番近い存在。

 つまり、()()()()()()()()である。そうとしか考えられない。

 海神タラタウス様への熱情も、巫女としての使命感も、尽きる事なく湧き上がってくる。


 次の日から、マリアンヌは勤めを始めた。

 海神タラタウス様へ不敬な行いをする者へ、罰を与えていく。その過程で、あまりにも不敬者が多いと気がついた。


 特に、人間。地神の物などを平気で海に持ち込み、汚そうとする。

 そもそも、人間自体が汚れの塊みたいな物だ。海に入るなど言語道断である。

 そうしている内に、長や仲間達がマリアンヌを止めに来た。巫女ではないなどと、マリアンヌも侮辱してきたのだ。


 巫女への無礼は、海神タラタウス様への無礼と同じ事。

 海神タラタウス様の子でありながら、不敬者に成り下がった者へ持ち合わせる情などない。


 貝殻や凶悪な魚の歯など、鋭利な物で次々と不敬者達を切り裂いていった。自分の愚かさを悟り、逃げていく人魚にも容赦しなかった。

 ぷかぷかと揺れる亡骸を前に、これも海神タラタウス様のおぼし召しだとマリアンヌは認識した。

 三十年という短い寿命。その間にどれだけ、不敬者を巫女としてただせるか。いい方法を模索している最中だった。

 だが、不敬な人魚から心珠を食せば、相手は罪を償え、マリアンヌの寿命も延びる。一石二鳥である。


 寿命の心配がなくなったマリアンヌは、巫女の勤めに一層励んだ。残った人魚が陸に上がるという冒涜行為をしてから、自分以外はダメだと見限っている。

 海神タラタウス様をしかと、正しく、盛大に称えられる者は、巫女の自分だけだ。

 だからこそ、しっかりと不敬者は正さなければならないのだ。






『違いますよ、愚かな娘』






 不意に響いた声に、マリアンヌは目を覚まして起き上がった。そして、目にする景色に絶句する。


 辺り一面、何もない平らな空間。いつもと違い、海の心地よい感触がどこにもない。

 潮の匂いだけがする。よくよく見れば、端の方に光を反射する海面が見えた。

 その境から自分の方へ、色づく足場は緑色。上を見れば、ぼやけた青色に目が潰れそうな明るい光がある。





 島にいる。頭が理解した瞬間、全身に悪寒が走った。





「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁ!」


 穢れた地上にいる事実に、嫌悪感しかない。混乱する頭は疑問よりも先に、安全地帯への避難を優先させた。

 その場から跳ねて海に入ろうと、尾に力を入れる。瞬間、違和感を覚えた。

 バッと顔を尾に向け、目に入る光景に引きつった声が漏れる。





 尾が、光を反射し美しく輝く自慢の尾が、裂けている。

 付け根より少し離れた地点から先まで、真っ二つ。最初からそうであったかのように、それぞれで動かす事ができた。






 まるで、()()()()のようだ。







「オ゛ッ、エ゛ッ……!」


 自身が汚れている。

 そうとしか思えず、腹から迫り上がる物を抑えられない。顔を下に向け、汚らしく嘔吐する。何が起きているかわからない。


 自身を支えるべく、地面に置いた手が視界に入る。白く美しい指の殆どが、薄い皮膚が張られて自由に動かない。

 それがまた、吐き気を募らせた。

 中身を吐き出しきり、マリアンヌは大きく呼吸をしながら必死に考える。皮肉にも、嘔吐が冷静さを取り戻した。

 誰かが、巫女であるマリアンヌを害している。それが誰かも、予想が付く。



 地神と天神。そして不敬な人間達。そうに違いない。



「許しませんわ……! 海神タラタウス様を害するつもりですわね……! 汚らわしい不信心者達め……!」

『それは貴方の事です。愚かな娘』

「なっ、誰ですの!? 無礼ですわよ!」


 また、知らない声だ。それも、マリアンヌを馬鹿にする声色で、姿が見えない。隠れて巫女を馬鹿にするなど、許せる事ではない。

 痛む喉で叫び、声が聞こえた方を睨み付ける。すると、その先から何かが景色から浮き出るように現れた。



 宙に浮いた、大小二匹のマレルーナだ。大きい方は傘の部分がマリアンヌの身長程あり、それ以上に長い触手は地面に大部分がついている。

 傘の頂点に小さい方がちょこんと重なるように乗っている。まるで、石を積み上げたような形だ。


 じっと見ていると、不意にそれが動いた。


 傘の頂点が急に盛り上がり、小さい方を持ち上げる。そのまま形を変え、女性の上半身を象った。

 頭部と胸部が丸みを帯び、頚部と腹部がへこんだだけの簡易な形状。

 頭部に三本の切れ目が入り、開く。両目と口だろうそこは、マレルーナの光と同じく青白い。




 神秘的で美しい。一瞬、惚けてしまったマリアンヌは、自分を叱咤し声を張り上げる。




「ば、バケモノ! なんておぞましい化け物ですの!? (わたくし)にこのような事をするなんて、海神タラタウス様への冒涜とおな」

『黙りなさい』


 マリアンヌの言葉を遮り、あろう事か一本の触手が口に入ってきた。ぷよぷよとした感触が口内に広がり、気持ち悪い。

 掴み取ろうにも、不自然に変わった手に上手く力が入らない。

 涎が端から垂れ、息が苦しい。

 目の前の生物はマリアンヌの苦痛に何も示さず、落ち着いた声色で語りかける。


正直、この辺りは書いててとても楽しかったです。

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