5.第三者視点
過去編になります。
暴虐な地神、コンティロス。海神タラタウスと天神アルフェーレの二神が力を合わせ、これを鎮めた。
力の大半を失った地神コンティロスは数多に分裂し、海神タラタウスがその全てを離して支えた。
天神アルフェーレは再び地神コンティロスが暴れぬよう、高くより見守り始めた。
この世界、イルンゾラに生を受けた者なら、誰もが知る創世記書の一部だ。
神々がイルンゾラで起こした奇跡の数々が収められた書。
そこに書かれている通り、イルンゾラは海の世界だ。
大小様々な島があちこちにあり、人間や獣はそこを住居として過ごす。島王が絶対権力を持つ島もあれば、権力などなく平和に暮らす島もある。
どの島も全て、海の恩恵にあやかっていた。
海神へ祈りを捧げ、魚や貝を得る。
二神へ祈りを捧げ、島の特産品を持って多くの船が海を渡る。
そうして生活する中で、海神と同様に崇められている種族が人魚である。
海神が自らを模して作ったという謂れや、イルンゾラを自在に過ごせる優位性が要因と言われていた。
当の人魚達は驕ることなく、人間達とも良好な仲を築いていた。
その均衡が破られたのは、およそ百年前らしい。
原因はただ一人、マリアンヌである。
海を連想させる色合いに、周りの大人は巫女の様だと褒め讃えたという。
創世記書における巫女とは、神直属の側仕えを指す。通常なら、それが世辞や例えとして受け止めるだろう。
しかし、思い込みの強いマリアンヌは、そのまま受け止めて暴走を始めた。
イルンゾラにおける人魚という種は、寿命は約三十年。
孵化して一ヶ月ほどで十代半ばから三十手前の見た目に成長し、寿命を迎える一ヶ月前に老化が始まる。
要は、最初と最後の一ヶ月以外は若々しい姿で過ごすのだ。
最初の事件は、マリアンヌが生まれてわずか数ヶ月後の出来事だ。
子供の遊び場といえば、真っ先に思い浮かぶ所は浜辺と膝丈までの浅瀬だ。
それはどこも共通であり、その日も数人の子供達がいつも通りに遊んでいた。
その中の一人が、木の葉で作った船を波に乗せていたらしい。そうやって遊ぶ中、突如として海から人影が飛び出してきた。
『海神タラタウス様への不敬ですわよ!』
そう叫ぶと木の葉船を持っていた子供を掴んで、無理矢理海に引きずり込んだのだ。
初めての人魚遭遇と、友人の危機と、突然の展開。子供達がパニックに陥るには十分だった。
事態を聞きつけた大人達が現場に来た時には、沖の方で子供の亡骸が浮いていたという。
それ以来、人魚による被害が急増した。
言いがかりで海へ引きずり込みから始まり、海底の大石を投げつけ、貝殻の破片による擦傷。
一つ防ぐ度に向こうの行動も過激になっていく。
それに伴い言いがかりもエスカレートし、最終的には存在自体が海神の不敬だとのたまった。
各島で被害が続出し、三十年という人魚の寿命を待つ余裕も消えた。元々、多くの島で冠婚葬祭は海神に捧ぐと海辺で行われることが多い。
人魚を恐れ、そういった事も出来なくなってしまった。その不安が、人々から余裕を無くす。
急遽、人間と人魚が代表を出し、会合が行われた。
原因はマリアンヌという一人の人魚で、海神の巫女だと思い込み、創世記書を捻じ曲げて覚え、自分が正しいと疑わない厄介者。
最も、知った所で被害が止まる訳では無い。
二種族共に、マリアンヌを止めるという事で話は終わった。
しかし、言葉にすれば簡単でも、人間側と人魚側では認識に違いがあった。
人間側は、有無を言わさずマリアンヌを捕縛、或いは殺害するものだと信じていた。
一方で人魚側は、元来の穏やかな性格も相まって、諭して反省を促すものだった。
それで事が済む相手ではないと想像つかなかったようだ。
その所為で、最悪な状況へと移った。
『マリアンヌが、仲間を殺して寿命を奪っている』
人魚が次々と海から逃げる様に島へ上がり、そう訴えた。それを聞いた人々は、一気に絶望が駆け巡る。
人魚の左胸には、心珠と呼ばれる赤い石がある。
生命維持に最も必要な部分であり、寿命を迎えるか突発的な死の十分前後には溶けて液体と化す。
後者の亡骸から取り出せた心珠には、その人魚の残り寿命分のエネルギーが残っている状態だ。
それを、別の人魚が体内に取り込む事で、自らの寿命を伸ばせる。
マリアンヌは躊躇なく、それを行った。
諭す両親を含む大人達を、逃げ惑う仲間達を、産まれたばかり赤子でさえもその手にかけていたと言う。
『地上の穢れ共を浄化する為にも、私は生き永らえる必要がありますの! 海神タラタウス様の為ですわ! 光栄に思いなさい!』
全く曇りのない瞳で叫ぶ姿は、何よりも恐ろしかったと生存者は語った。
聞かされた人間は、マリアンヌという脅威が消えない恐怖に涙を流した。何十人もの心珠を取り込んだマリアンヌから、時間で逃げる術がなくなった。
あとは戦うしかない。圧倒的不利な場所で、意を決した者だけが海に近づいた。
結果から言えば、反撃は成功した。
簡単に人間を傷つけるマリアンヌだが、自分が人間に傷つけられる事を酷く嫌がる。
石でも投げつければ、聞くに絶えない罵声を残して海に消えた。それだけで良かったのかと、当時の人々は逆に落胆したという。
それから数十年程、同じ事の繰り返しである。マリアンヌの行動が、姿を現して罵声した後に攻撃と、全く変わらなかったからだ。
また、攻撃力に乏しく、船に乗る者には罵詈雑言だけで手は出せないようだ。
その状況が突如として変化した。凡そ、二十年前の事である。
マリアンヌが祈ると、渦潮が発生するようになったのだ。今まで難を逃れていた船も、自然災害には勝てない。
渦に飲まれ、船体も亡骸も未だに見つかっていない件が多数ある。
海神が、マリアンヌの味方をしている。だから、このような力を使えるようになった。人々はそう考え始めた。
嘆きの矛先を海神にも向ける遺族。口には出さなくても、不信感を募らせる人々は多い。
もはや、恵みをもたらす大海原は、脅威をふるう災いとして人々を囲んでいるのだった。
胸糞な性格は書くの難しいですね。
今回の話、難産だった割には話数が少なめです。