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橙の手袋、特殊能力

 

 手袋に魔力を行き交わし、手に力を込めた。

 泥に突っ込むように、ゆっくりと手がジャピタの肌を突き抜けて進む。船乗りの悲鳴が聞こえたが、構っている余裕などない。


 指の根元まで入ったことを確認し、目を閉じた。暗闇はほんの数秒だけで、明るくなると共に映像が写し出される。


 ぼんやりとイオを眺めている光景だ。これは、 ついさっき、ジャピタが見た記憶である。

 目的の記憶はまだ先だ。遡るようにと魔力を流せば、再び暗闇が戻ってきて別の光景が映し出される。




 自身を中心に暗雲が広がっていく光景。また遡る。


 時空流を泳ぎ進む光景。遡りすぎた。戻る必要がある。


 全力で海を泳ぐイオの姿。あと少しだけ戻る。




 相変わらず、微調整が難しい。だから、この方法はできるだけ避けたいのだ。




 何度か繰り返して、漸く目当てのシーンを見つけた。




 マリアンヌからイオが離れた所だ。

 マリアンヌの怒りに満ちた顔が、どんどん遠ざかっていく。


『こ、のぉ……! 喰らいなさい! これが巫女の力ですわ!』


 叫ぶと同時に、マリアンヌは胸の前で手を組む。

 本人は祈りを捧げ、神より力を授かって使っていると思っているだろう。だが、実際はマリアンヌの魔力が練られ、一点に集中している。


 それはペンダントトップの二枚貝であり、()()()()を放った。当時に感じた違和感は正しかったと、確信に至る。


 その間に、映像は目まぐるしく変わった。

 視界が回転したと思ったら急速に景色が流れていく。この様子では、何が起きたか誰でも分からないだろう。

 ただ、自分が遠ざかっている中に先程までなかった大渦があり、その中に鮮やかなエメラルドグリーンとバープルが呑まれているのは見えた。


『イオ!? イオー! イオー!』

『お黙りなさい! 貴方のような底辺生物がマーメイドの側に居座っているなんておかしいですのよ! 海神タラタウス様の為にも排除する必要がありますのよ!』


 マリアンヌの金切り声が上から聞こえる。やはり、マリアンヌがジャピタを連れ去っていた。

 どこをどうすれば洗脳という単語が出てくるのか。マリアンヌの思考回路が不明すぎて、一種の恐怖である。

 ジャピタも体を捻って逃げようとするが、上手くいかない様子だ。魔力を多めに伝わせて感覚も連動させれば、その理由も分かった。

 マリアンヌはジャピタの尾を潰す勢いで握っていた。爪が皮膚を突き破り、じわじわと痛みが生じている。


 神を傷つけるとは、無知は罪とよく言うが全くもってその通りだ。


 他種族を見下す存在など、何度も遭遇したことがある。その中でも、マリアンヌはトップクラスで酷い。

 周りが助長したか、或いは、忠告を無視し続けたか。

 暫くして、マリアンヌが止まったらしく視界も落ち着いた。

 ほっとしたのもつかの間、またもや金属音に近い悲鳴が耳を貫いた。

 




『何ですの、あの船! 大きすぎですわ! 自分達が海中の生物より上だとでも!? 海神タラタウス様への冒涜ですわ!』




 全くもって、意味がわからない。




 船は陸の生物にとって、海を渡る最も有名な方法だ。海神がその方法を咎めるなぞ聞いたことがない。これも、マリアンヌの過大解釈だろう。

 視界が上に向いて、海面に進む船底が映る。イオが今いる大型船だ。

 それより手前で、視界の端に淡い緑の光が灯った。マリアンヌは躊躇なく、大型船の前方に渦を発生させた。


 小さな渦はあっという間に巨大な渦潮へ成長した。急な発生に対応しきれず、大型船が渦の流れに捕まって流されていく。

 歓喜しそうな光景にマリアンヌの反応はない。緑の光がまだ灯っているから、確実に沈没させるべく魔力を使い続けているようだ。



 ふと、船から何かがこちらに向かってきた。水中というハンデを諸共せず、弾丸のように進んでくる。



 拳大の白い塊だ。飛んでくる不思議な物体に、気づいたマリアンヌは小さく悲鳴をあげた。


『嫌ですわ!』


 叫びと同時に、視界が急激に動く。何事かと思う前に、体に物体が当たった感覚がした。

 瞬間、ポンッと軽い音を立てて視界を白い網目状が横切る。

 体にまとわりつく網の感触。理解が追いつかずにじたばたと藻掻くジャピタ。


 遠隔、それよりは射出された網と言えばいいだろうか。

 ジャピタの体が当たった事で、網が広がり捕らえた。


 よく見れば船から一本の縄が繋がっており、ゆっくりと引き上げられていっている。

 否が応でも移動させられる体。何とか脱出しようとしていると、背後から歓喜に満ちた感嘆が聞こえてきた。

 くるりと視界が回転する。少し離れているが、マリアンヌの恍惚とした表情ははっきりとわかった。






『海神タラタウス様の奇跡ですわ……! 深く感謝致しますわ! 海神タラタウス様!』







 刹那、意識が真っ白になった。

 クリアな意識にふつふつと感情が込み上げてくる。



 単純な怒りではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。




 気が済んだマリアンヌが移動を始め、さらに遠ざかっていく。その姿を凝視しながら、視界が赤く揺らいでいった。









 そこで、イオは魔力の使用を止めた。

 手を引き抜き、額に当てる。見た目を擬態し、そのまま大きくため息をついた。


「これだけされれば、ジャピタも怒るよな……」


 むしろ、逆に持った方である。イオだったら、爪を立てられた時点で大激怒していた。

 無理に抑えたとしても、迫る投網に投げつけられ、代わりに捕まった時に爆発していただろう。



 だが、最後の行動は、どの神でも逆鱗に触れる行為である。



 目前で他の神の名を出し、そちらを称える。

 それはこちらの方が劣っていると、神格を持たないただの生物が告げているも同然なのだ。

 その相手が自身よりも格下だと、尚のこと許されない行動だ。




 ここまでされれば、堪忍袋の緒が切れない神などいない。映像を眺めていただけのイオでさえも、むかっ腹が立ってくる。

 引き上げられている最中に力を解放し、網を引きちぎって本来の姿へ戻ったようだ。

 あの雷雲や高波は力の余波で起きたもので、ジャピタはそこにいただけ。間に合ってよかったと改めて思う。


 空白の補完が終われば、後に残るのはマリアンヌへの不快感だけだ。


 十中八九、マリアンヌは他にもやらかしている。

 そうでなければ、渦の発生で網を射出などしないだろう。


 イオは周りを軽く見渡す。

 甲板にいる船乗りは、災害の中で見た時と同じ面子だ。その全員に聞こえる大きさで、イオは語りかける。


「話のわかる、できれば地位のある奴はいないか? いくつか話を聞きたい。それと、コイツはもう、暴れる気力はないから安心して欲しい」


 そう問いかければ、船乗り達は近くの同僚と顔を合わせて囁き合う。やがて、その中から一人の男がのっそりと前に出た。

 歳を感じさせる白髪をバンダナで覆い、浅黒く日焼けした肌。顔に刻まれた皺に負けない力強い瞳と衰えていない筋骨隆々の体は、熟練の者であると語っている。


「ワシがこの船の船長だ。助けてくれた事に感謝する」

「こっちこそ、ツレが迷惑をかけたな」

「いや。こちらが間違えたようだ。あの網は、悪魚マリアンヌを捕縛する為の物なんだが、そちらの魚にかかっちまったようだ」

「悪魚……」


 船長の言い方から、やはりマリアンヌは悪行を重ねているようだ。この男から、詳しく聞けそうだ。


「ジャピタに網がかかった原因は、マリアンヌが身代わりにしたからだ。だから、アタシはマリアンヌを許せない」

「身代わりだとぉ!? 確かに、奴ならやりかねん……!」

「そうだろ? だが、諸事情があって、アタシはこの辺りの話は詳しく知らなくてな。マリアンヌの事も含めて、色々と聞きたいがいいか?」


 船長が猜疑の目を向けてくる。同族がマリアンヌの悪行を知らないわけが無い。そう言わんばかりだ。

 しかし、ジャピタとイオが見せた本来の姿から、普通ではないとも分かっているはずだ。


 暫くして、船長は部下に仕事に戻るよう指示を出す。

 他の船乗りが持ち場に戻る中、船長は静かに歩み寄り、イオとジャピタの前にあぐらをかいた。


「助けてくれた手前、下手な詮索はしないでおく。その上で、ワシが知っている事を話そう。ただ、()()()()()()()()がマリアンヌの悪評を知っておる。それを頭に置いといた方が良い」

「わかった。忠告感謝する」


 裏を返せば、この世界で知らない奴はいないという事だ。

 先程の姿と話で、船長はイオ達が普通ではないと気づいたのだろう。その上で詮索しないと明言して、敵にはならないとアピールしている。 

 随分と、読み合いが上手い男だ。イオは感心した後、船長の話に耳を傾けた。

実際にいたら危険すぎるマリアンヌ。次回、過去の話になります

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