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思考が不明な人魚が現れた

 

「な、なんて無礼な生き物ですの!? マーメイドは最上位の存在ですのよ!? 底辺の生き物共が気軽に触れるなんて! 烏滸がましいにも程がありますわ! 貴女も早く振りほ」

「あ゛あ?」


 声量はないが、他を圧倒する威圧感のある声。地の底から響く様な声に、マリアンヌも言葉が途切れ身体を固まらせた。

 その隙を逃さず、イオは弱まった拘束を振りほどく。水魔法で後押しした腕は、簡単に自由になった。

 その代わり、勢いよく振り払われた事にマリアンヌが小さく声を上げたが、無視して睨みを効かせる。

 この場から離れるより、もう二度会わないだろうマリアンヌに言いたいことがあった。




「いい加減にしろ。底辺? 最上位? 馬鹿か。コイツは大切な相棒だ。赤の他人にとやかく言われる覚えはない。そもそも、タラタウスの教えがどういうものかは知らないが、アンタの話はねじ曲がりすぎて文字通り話にならない。自分本位で説教する事より、まともな内容を正確に伝える事が先だろ?」




 こういう輩に何を言っても無駄だとは、わかっている。だが、馬鹿にされっぱなしでは、腹の虫が治まらなかった。

 イオの反論に、マリアンヌは唾を出す勢いでまた話し出す。


「な、何を言っていますの!? 海神タラタウス様の教えをご存知ないなんて! 正気じゃありませんわ! この世界では海神タラタウス様が絶対神ですわ! いいこと!? その愛娘であるマーメイドが一番偉く、見目のいいマーマンがその次に偉いのですわよ!?」

「は? 矛盾してるぞ? マーメイドもマーマンも同じ生物だ。性別の違いで地位の違いがある筈ないだろ? その上、顔の造形で地位が変わるとか、アンタの都合のいい妄想だろ」

「そんな事ありませんわ!」

「少なくとも、巫女は妄想だろ? だって、()()()()()()()()()()()()()からな」

「は、はぁぁぁぁ!?」


 素っ頓狂な声を上げられても、事実は変えられない。



 より正確に言えば、マリアンヌ個人には何の加護もない。

 人魚という種全体にかけられただろう僅かな加護だけだ。それも、水に関する動きが若干よくなる程度の微弱な物。




 そもそも、本当に巫女だというのなら、ジャピタが持つ神性に気づいて当然なのだ。




 何せ、ジャピタの神性はどの世界の神々よりも()()。そうでなければ、時空間を自在に行き来できるはずがない。

 ジャピタを上回る神など、全世界を見渡しても一柱しかいないのだ。

 ジャピタを下に見た時点で、マリアンヌはただの人魚(マーメイド)と証明しているのだ。


「アンタが勝手に海神にあやかって、選民思想を持とうと構わない。だが、他人を巻き込むな。一人で妄想に耽ってろ」


 冷ややかに吐き捨てるイオに、マリアンヌはわなわなと震えている。

 言い返す糸口を探しているのか、屈辱で言葉が出ないのか、イオにとってはもうどうでもいい。

 まだ言い足りないが、ひとまずは落ち着きを取り戻した。冷静になれば、口論より撤退が優先だとはっきりとわかる。


 馬鹿らしい主張を金切り声で叫んでいない今、さっさとその場を去るに限る。


 ジャピタを腕に絡ませたまま、マリアンヌとは逆方向へ潜水し始めた。

 動くイオにマリアンヌが静止をかけるが、それで止まるわけがない。むしろ、煩わしい声を離れる為にも速度を上げた。





「こ、のぉ……! 喰らいなさい! これが巫女の力ですわ!」





 直後、後方から魔力が練られる気配がした。負け惜しみの叫びだけではなく、実力行使に出るようだ。

 戦いとは無縁な、素人の魔法だ。見なくても避けられる。


 そう考えて突き進んでいると、魔法の質に違和感を覚えた。

 本人の主張と明らかに違う魔法に、ほんの数秒だが気を取られてしまった。



 変な水音が、真下から聞こえる。そう認識した瞬時に、イオの身体は海底に強く引っ張られた。



 自分の意思とは無関係に身体はあまりにも速く回り、視界は小さな泡がいくつも連なって白くなった。

 目も脳も回りそうな回転の中でも、どんどん底へ引きずり込まれていく。


 大型船も軽く飲み込む規模の大渦、その中心にいる。


 イオを中心に大渦が発生したという方が正しい。もちろん、ここまでタイミングよく自然発生などするはずはない。


「くっそ!」


 想定外の攻撃に暴言を零れる。躊躇のなさや発動までの短さを考慮するに、定期的に発動させているようだ。

 人魚(マーメイド)だからこそ息はできているものの、回転しすぎて気分が悪くなってきた。イオでこれなのだから、他の生物はひとたまりもないだろう。


 覚悟を決め、邪神の姿に戻る。

 そして渦に逆らい、身体をくの字に折り曲げた。目前にある、尾鰭の根元から伸びる鎖。迷いなく手を伸ばし、それを引き出した。

 鎖の先には、緑地に繊細な彫り物が施された弩弓。渦の勢いで簡単に手元に来たそれに魔力を伝わせ、自分の真下へ向けた。

 魔力が形を成し矢となる光景が、感覚から脳裏に浮かぶ。充填が終わった瞬間に、引き金を引いた。


 反動が手首に来る。込めた魔力は弩弓の効果で風の矢となっている。それも、この渦と真反対の回転をかけた代物だ。


 目に見えて回転が弱くなり、射出してから十秒足らずで渦は掻き消えた。体勢を戻し、大きく息を着く。


「はぁあ〜………………気持ち悪い」


 渦は収まっているはずだが、まだ回っている感覚が抜けない。前の世界で戯れに食べた軽食が、消化液と共にせり上がってきそうだ。

 普通の見た目に戻しつつ、気休め程度に口元へ手を当てようとする。その腕の軽さにハッとした。





 慌てて腕を見れば、ジャピタの姿がない。





 思えば、矢を撃つ時にもジャピタの重さを感じなかった気がする。サッと、血の気が引いた。


「ジャピタッ!?」


 弾かれたように名を呼び、探索する。周囲を気にしながら泳ぎ、渦に飲み込まれた位置まで戻った。ジャピタからの応答は、ない。

 辺りを見渡しても、姿はおろか気配もない。ついでに、マリアンヌもどこにもいない。

 ジャピタはイオの側を定位置にしており、何か指示をしない限りは離れない。



 状況は第三者、マリアンヌによる連れ去りをありありと示していた。



「わざとか!? わざととしか思えないな!?」



 他の神への信仰強要。自己愛の為に言い訳にしているような信仰心。邪神への攻撃に、連れ去り。


 いずれもイオ達を、大なり小なりでも苛立たせる行為だ。これだけの無礼をしておきながら、海神タラタウスの巫女を自称している。

 いつもの状況なら、笑い飛ばしているところだった。

 それよりも、ジャピタの捜索が何よりも重要だ。こうなると、狂喜乱舞していた海という場所が不都合でしかない。

マリアンヌの思考回路は書いてて難しかったです

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