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4話目スタートです!

 


 時空間を抜けると同時に、全身が水で包まれた。

 鱗の隙間まで行き渡る水は、ほんのりと塩辛い。それだけで頬が緩む。

 左右や下を見れば、色とりどりの小魚の群れや中型の魚が泳ぎ、岩礁と砂地が混じった海底には海藻や擬態している生物がいる。

 上を見れば、太陽の光を反射した波間が煌めいている。

 ここまで確認すれば、間違いようがない。




 ここは、心待ちにしていた場所だ。



「ウミー!」

「いやっほぉぉぉぉぉぉぉぉ!」




 見渡す限りの海水、海洋生物、更には晴天。

 イオのテンションはあっという間に限界を越した。


 無我夢中で、縦横無尽に泳ぎ続ける。時たま海面へ飛び上がれば、眩しい太陽と何処までも続く水平線が目に映った。

 近くに陸地はないようだ。気分の上昇が止まらない。

 ようやく、イオが満足して動きを止める。気がつけば、空高く佇んでいた太陽が傾いていた。

 それだけで、数時間は過ぎたと物語っている。


「んー! やっぱ、海はいいな! 広々と泳げるの最高!」

「オワッタ?」

「とりあえずは落ち着いた。取引相手(エサ)がなければ、このまま泳いでいたいな」

「ソッカー」


 声をかけてきた割に、返答が雑である。

 その態度に思う所があり、イオはおもむろにジャピタの頬に当たる部分を抓り引っ張った。


「ア゛ァ〜」


 伸びる顔に、間延びした母音を上げるジャピタ。この程度は屁でもないが、単に反射で音が出ているようだ。

 適当な所で離してやれば、自分の尾で抓られた部分を撫でる。

 器用だなと何気なく見ていれば、目が合ったジャピタが首を横にして問いかけてきた。


「イオー。ギタイ、シナイー?」

「…………………………あ゛っ」


 ジャピタに指摘され、イオはハッと気づいた。

 久しぶりの海に興奮するあまり、邪神形態のままだった。すぐ様に隠し、ただの人魚形態になる。


 何百年ぶりかの凡ミスだ。それ程、大海原に心奪われていた。


 本能というものは、自分で管理しきれないから恐ろしいものである。

 自分自身に言い聞かせていると、ジャピタの尾が腕に絡みつき軽く引かれた。どうやら、まだ話があるらしい。


「トオク、ヒソヒソ、キコエター」

「遠くってどこだ?」

「シタ、ミンナ、ヒソヒソ」


 ジャピタの言う通りに視線を下へ向ける。岩と砂が広がる中、一部が岩肌を露出させて抉れている。

 いつの間にか海溝付近に来ていたようで、V字を描く谷の底は光が届かず見えない。

 探知に集中して見れば、岩陰や砂の底、谷の横穴と思わしき場所に複数の生物がいた。

 同じ種類が密集しているようで、魔力や生命力が場所によって異なる。

 共通点は、イオ達よりも遥かに下にいる事だ。


「ハナシ、キイター」

「マジか。いつの間に?」

「サッキ。イオ、ヨンダ。ヘンジ、ナカッタ」


 そう言われてしまえば、ぐうの音も出ない。完全に、人魚の本能が理性を凌駕していた。

 その間にジャピタ自らが聞き込みを行ったというのだから、成長したとしみじみ思う。

 反面、よく相手は逃げなかったなとも考える。真性の邪神が近づいて来たら、普通は全力で逃走するものだ。

 ジャピタに対抗できるなら話は別だが、そのような気配はない。


「よく逃げられなかったな」

「コワイ、ガマン。シンパイ、サレテタ」

「心配? アタシらが?」


 怪訝に顔を歪めれば、ジャピタは首を縦に振る。まさか、邪神の身で心配されるとは思っていなかった。

 畏怖に耐えて話すあたり、本気なのだろう。


「……内容は?」


 気を取り直して、ジャピタから詳しい話を聞く。次々と上げられる単語を記憶しつつ、脳内で整理して配置する。

 ジャピタが最後の一つを言い終えてそう経たない内に、何を伝えられたのかがハッキリした。


「つまり……『マリアンヌ』は危険。浅い所だと『マリアンヌ』に見つかる。『マリアンヌ』が去るまで隠れた方がいい。って事か」

「ウン!」


 上手く伝わった事にジャピタは満足そうだ。それだけに足らず、頭頂部をイオの方へ向けた。

 犬が飼い主に撫でて欲しいとアピールする姿と同一である。力関係ではジャピタの方が上だが、どうにもその辺は曖昧だ。

 望み通りに頭を撫でてやりつつ、伝言の意味を考え始める。



 優先して解決すべきは、『マリアンヌ』が何を示しているかだ。



 様々な世界を巡って得た知識の中では、『マリアンヌ』は固有名詞として雌に付けられる事が多い。

 逆を言えば、それしか情報がない。

 人か、魚か、他の何かか。種族や見た目の話が一切ない。そうなると、これ以上は話を広げられない。

 浅い所で見つかるという点に注目すれば、船の名前という可能性もある。

 そう思い、海面を見上げた。先程と変わらない、明るい波間が揺らめいている。





 その時だった。








「お待ちなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい! そこのぉっ、不敬者達ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」







 とてつもない怒声が衝撃波のように襲ってきた。耳を劈く甲高い声に、思わず耳を押さえて身体を竦める。

 ジャピタも短い悲鳴を上げ、音から逃げるように移動した。丁度、イオが盾になる位置だ。しかし今は、それを指摘している場合ではない。


 声の方から、こちらに近づく人影がある。それを見て、イオは舌打ちした。


 明らかに関わってはいけないタイプだ。だが、すでに相手の言葉に反応した後である。

 反射的とはいえ、向こうの言葉が聞こえているという事実を与えてしまった。

 ここで逃げても、間違いなく追ってくる。そう判断した身体は、迎え撃つ体勢を取った。

 人影を無表情で睨みつけ、何が起きても対応できるように注意を払う。

 こちらへ来る人影は速い。それこそ、()()()()()()()()

 真っ直ぐ、真っ直ぐ。脇目も振らずにこちらに迫ってくる。


 薄青色の髪は長く、緩く波を描いているようだ。特に耳の前に垂らした両房は縦に強く巻かれており、この速さでも崩れていない。

 白い布を前合わせで羽織り、それを留める赤いリボンも水中になびいていた。

 普通にしていれば清楚で美しい顔立ちは、憤怒の表情で台無しだ。

 最も特徴的な所は、早くイオの場所に来る為に、忙しなく水を掻き分けている()()()()()





 イオと同じ、人魚(マーメイド)である。




 人魚(マーメイド)はイオ達の前で止まり、目尻を吊り上げる。急停止で、二枚貝をモチーフにした緑のペンダントがぷかりと浮かんでゆっくり沈む。

 そして、急に腕を掴んだかと思えば口火を切った。


「貴女どういうおつもりですの!? マーメイドは海神タラタウス様の愛娘! この様な海面付近にいるなんて、穢れた地上に何の用事ですの!? 巫女である(わたくし)と違って貴女はただ海底で海神タラタウス様を讃えていればいいのですのよ!? それとも、地上の方がいいなどとほざきませんわよね!? マーメイドとして、しっかりと自覚をお持ちいただかないと、(わたくし)困りますのよ!? 何か仰ったらいかがですの!? お話にもならないなんて、図星ですの!? 全く! これだから信仰心のないマーメイドというのは、本当に常識知らずですわね!」


 間近で矢継ぎ早に怒声を浴びせられ、逆に冷静になっていく。話す隙も与えないまま非難し続け、自分本位の中身のない話。

 海神の名を出しているが、信仰しすぎて曲解している。目の前の女は、そう分析できた。

 面倒だと小さく溜息をついた。すると、目敏く気づいた女がますますヒートアップしていく。

 この人魚が、件の『マリアンヌ』に違いない。断言できる程に、迷惑極まりない人魚だ。




 海神タラタウスの子である自覚を持て。

 地上は不浄。

 海神タラタウスを信仰しろ。




 大まかに分ければ、これらの事柄を言い方を変えて話しているだけである。

 その合間に挟まる、自分が一番信仰しているから不敬者を変える必要がある、という謎の自信。


 中身のない長話ほど無駄である。止めようと声を掛けたが、遮る様に更なる声量で言葉を続ける。

 数回続けば、わざとイオの発言を奪っているとわかった。悪化するからと舌打ちを止めた自分を褒めたい。その位に苛立ちが募る。

 逃げたくても、腕を掴む力はそれを許さない。痣になっても可笑しくない握力だ。

 空いている腕に、うんざりしたジャピタが絡まって脱力する。正直、力を抜けるジャピタが羨ましく思えた。

 それを見た途端、マリアンヌが金属音のような悲鳴を出した。


狂信……平常心や理性を失ってひたすら信じこむこと。あることを無批判に信じること。


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