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9.ジルコン視点

事態が一気に動きます

 


 両親とも意見を交わし、どのように出迎えるかを決める。その内容を侍従達に指示を出し、着々と準備を終わらせていく。


 その間に、ジルコンは来賓を迎えるに相応しい服へと着替えた。金糸が王家の紋章を描いてある正装だ。上着の胸ポケットに桃色のハンカチーフを飾る。

 謁見の間に行けば、すでに両親は椅子に腰かけて準備万端だ。その隣にある椅子にジルコンは座る。

 少し遅れてルピナスが来て座った直後、来客を知らせる鐘が鳴り響く。




 扉が開き、先にマヤが敬礼をして入室した。久方ぶりの乳母妹は変わらず、公の場では頼もしさに溢れている。

 ただ、左手に持つ皮袋が気になった。

 謁見の間では通常、持ち込みを禁止している。毒物や爆発物などの危険性があるからだ。特に中身の見えない皮袋など、その場で拘束されてもおかしくない。


 それを指摘する前に、後から他の人が続いて入ってくる。

 一人はかなり小柄で、フード付きのマントで全身を隠している為に誰かは判断ができない。

 それよりもその隣に立つ、大柄な男性を確認した瞬間に背筋を伸ばした。



 ロマンスグレーの髪を撫で付け、モノット国の正装を着こなし

 、威風堂々とした壮年。

 顔の皺でさえも、威厳を引き立たせる装飾品に見えてくる。

 クロット国王、ヒースグレイその人だ。



 とある国との長年に渡る確執をその手腕で解決し、同盟関係まで持ち込んだ名君である。

 様々な方法で国を豊かにした彼は、ジルコンの憧れだ。おかげで、今でもヒースグレイを前にすると緊張してしまう。

 殿は、男性騎士が務めていた。彫りの深い特徴的な顔付きは、前線を任せていた騎士隊長だと覚えがある。

 中央まで歩いたヒースグレイとローブの人物が一礼をする。それに合わせ、ジルコン達も軽く頭を下げた。


「此度は急に訪問してしまい、申し訳ない」

「いや、我々の間柄だ。気にする必要はないぞ」

「そう言ってもらえると助かる。ルピナス、息災か?」

「は、はい。問題ありません、御父様」


 ルピナスの返答、様子にはどこか怯えが含まれていた。家族との再会にしては固い表情に、心配で胸が締め付けられる。

 ヒースグレイもそれを感じたのだろう。

 不思議そうに首を捻った。


「それにしては、覇気が感じられぬな。何か心配事でもあるのか?」

「いえ、ありません」

「そうか……お前が言うのなら、そうなのだろうな。さぁ、父にもっとお前の顔を見せておくれ」


 そう言って、ヒースグレイは腕を広げる。腕の中に来いというアピールだ。

 愛娘達にそれをやっては、小言を言われつつも腕の中に来てくれるという光景を何度も眺めていた。

 義母は喜んで自分からも腕を回すという、熱の冷めない愛情をよく目の当たりにした。

 父に請われれば、、ルピナスも返さない訳には行かない。少し戸惑っていたが、すぐに苦笑に切り替えてヒースグレイに歩み寄っていく。

 恥ずかしそうな様も微笑ましい。暖かな気持ちでルピナスの後ろ姿を見守る。



 二人の距離がなくなるまであと数歩。ルピナスが更に一歩を踏み込んだ時、マヤが急に動いた。



 皮袋の中身を、ルピナス目掛けて撒き散らしたのだ。ルピナスの周りに、茶色の煙を上げて粉が舞う。

 途端、電撃が迸る音が響き渡った。




「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

「ルピナス!?」




 悲痛な叫びに、ジルコンはすぐに反応した。ルピナスは顔を覆い、身を悶えて苦しみだした。

 突然の出来事に硬直する両親や騎士に代わって、ルピナスの元へと駆け寄る。

 近づくにつれ、ヒースグレイが苦しむルピナスを見下ろす姿に背筋が凍った。先程の抱擁までの笑顔が嘘のように、冷酷な表情だ。


 信頼している乳母妹の凶行、愛する女性の危機、憧れる義父の豹変。


 事態が変わりすぎて、理解が追いつかない。それでも、ルピナスの救助が優先だとはわかる。

 茶色の粉末が原因だろうから、まずはその場から引き剥がす。そう思い手を伸ばし、ルピナスの腕を掴む。

 力が入りすぎて傷つけないように調節して、自分の方へと引き寄せた。

 ルピナスの身体は抵抗なく、ジルコンの方へ移動する。その体を抱きしめて受け取ろうとして、ジルコンは異変に気がついた。





 間違いなくルピナスを引き寄せたはすだ。

 だというのに、自分が掴んでいる相手は全く違う人物だ。


 ブカブカのドレスを羽織っている状態の、小さな少女。

 背丈はジルコンの腰までしかなく、耳の所で切り揃えた短い橙色の髪。可愛らしい顔立ちにつり目がちな焦げ茶の瞳が、勝気な印象を与える。







 見知らぬ少女の出現に、ジルコンの思考は限界を迎えてしまった。唖然としていると、少女が舌打ちをしてジルコンの手から逃れてこの場から逃走を図る。

 脱力した手は簡単に払いのけられたが、僅かな隙に騎士隊長が少女を拘束した。

 腕を後ろ手に拘束し、その場に押さえつける。少女は必死で抵抗しながら、聞くに耐えない罵倒を始めた。



 何が起きているか、全く分からない。人も空気も凍りついた場で、ゆっくりとヒースグレイが口を開けた。



「女性騎士がぶつけた物は、テオサイケの粉末だ。立場が不利になったら即座に逃走するだろうから、先に化けの皮を剥がさせてもらった」


 冷ややかに吐き捨てるヒースグレイ。


 テオサイケは国境の森に生息するキノコの一種だ。その身に含まれる特殊な成分は、魔法を無力化させてしまう。

 食せば数日も効果が続く為、魔法使いに忌避されているキノコだ。


 先程の音は魔法の効力と拮抗している音だったのかもしれない。しかし、そうだと考えると、今までのルピナスは目の前の少女が魔法で見せていた姿となる。



「ルーブ沼をご存知か?」



 ヒースグレイの次の質問が飛んだ。

 質問の体をしているが、肯定を確認する響きだ。ジルコンは即座に頷き、両親も戸惑いながらも同じ動作をした。



 有名な場所なので、すぐにわかる。

 クロット国側の国境の森にある、大きな沼だ。



 粘つく水は濁り、休憩所としても適なさい。

 一番の特徴は、広い水面を覆う水生生物の存在だろう。ルーブ沼の水質に合うように変異し、沼の頂点に君臨している。

 水に触れた生物が粘性で足掻く間に、蔓や根を絡ませて沼に引き込むのだ。その亡骸の養分を糧に、さらに成長していく。

 根絶やしは不可能に近いが、この水生生物は極端に氷の魔法に弱い。

 その為、数年に一度、沼から溢れ出ないように王家が率先して駆除を行っている。


 だが、急に話題に上がった危険箇所と現状がどう結びつくか、見当もつかない。

 困惑する中で、ヒースグレイが続きを話し出す。


「諸事情があり、沼でこの騎士達と遭遇したのだ。いやはや、愛娘が襲われたなどという大惨事を隠されていたとはな」

「それは、ルピナスが……」

「言いくるめられたか。ピクシー相手では致し方ないことだ」

「ピクシー……」


 その名前に、ジルコンは脳を必死に回す。ゴブリンと同じ森に住む、害のない妖精のはずだ。少なくとも、イローニ国ではゴブリンの方が危険だと認識している。

 改めて見れば、ルピナスの姿をしていた少女はピクシーの特徴を捉えている。

 ピクシーがルピナスに化けていた。そう判断できるが、それでも意味がわからない。


「ピクシーはゴブリンよりも狡猾だ。幻覚を使い、タチの悪い行いを平然とやってのける。此度もそうだ。ルーブ沼で、()()()()()輿()()()()()()()()()()()()()()()()()ぞ」


 冷ややかに告げられ、思考が停止する。

 簡易ながらも捜索して、欠片も手がかりがなかった護衛や侍女達。馬車丸ごとということは、彼らも同じ所から発見した可能性が高い。


 そして、無事だと思っていたルピナスはピクシーが化けた偽物。だとすれば、本物のルピナスはどこにいるのか。


 偽物の存在に、泣き寝入りする女性ではない。

 自分の頭の良さを、これ程までに憎んだ事はない。導き出した結論に、唇がわなわなと震える。


「まさか…………る、ルピナスは………………!」

「…………水生生物の異常繁殖と()()()()から、急いで駆除と引き上げを行った。遺体は腐敗が酷く、人相が崩れている者が多かった。だが……一つの馬車の中で、出立前に我自らがつけた首飾りをしている遺体が………………!」


 そこから先は嗚咽へと変わり、最後まで続かなかった。しかし、内容は十二分に伝わっている。







 愛した女性は、すでに亡くなっていたのだ。







守ってたはずの存在は、既に手から零れ落ちていた



異世界恋愛も連載中ですので、宜しければお目通し下さい

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