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8.ジルコン視点

ざまぁ編は王子視点でお送りします

 



『娘に会いにそちらへ赴く。出迎えは不要。』



 それだけを認めた文がジルコンの元に届いてから、約八日。先程、王都の城壁にて防衛している騎士から通達があった。


 手紙の送り主である、ヒースグレイ・サン・クロット国王が王都へ辿り着いたようだ。


 その報告に、ジルコンは書類へのサインを止めて安堵した。

 国境の森を無事に抜けられたらしい。ゴブリン共が悪足掻きで、義父に手を出す可能性が頭から離れなくて仕方なかったのだ。

 愛するルピナスの為に、有望な騎士をゴブリン退治に送り出してからもう何ヶ月も経つ。

 数百匹から一割まで減らしたのは流石だが、それから吉報がない。できるだけ早く、ルピナスの憂いを晴らしたいものだ。

 だが、ヒースグレイの来国に伴い、そちらの護衛を優先するように指示を出してある。

 関所から護衛として、一度報告の為に登城する予定だ。

 サインを最期まで記載し、隣の紙束に乗せて文官へと顔を向ける。


「優先するべき案件は以上だ。これから、ヒースグレイ国王の来城を迎えるべく、準備にかかる」

「畏まりました」

「それと、ルピナスはどうだ?」


 ジルコンがそう聞くと、文官は言いにくそうに視線をさ迷わせる。その態度で答えが分かり、フォローの言葉をかけてから執務室を出た。

 見慣れた廊下を歩き始めれば、待機していた騎士が後ろを着いてくる。この立ち位置にも慣れてしまった。

 乳母妹のマヤは、常にジルコンの右側を立ち位置としていた。有事の際、左手で自分を庇いながら戦えるから。それを聞いて心強さを感じたものだ。


 ()()()()()()()()、前線基地に赴いてから早数ヶ月。

 ジルコンは実力があり信頼も出来るマヤを、 ルピナス専属護衛にしようと考えていた。

 それも相まって、早く戻ってきて欲しいと願う。


 思案しながらの移動は直ぐに終わり、ジルコンは意識を切りかえて目的の扉を数回ノックした。入室を促す声が聞こえて、扉を開ける。


 愛らしい内装の部屋。置かれたドレッサーを前に、ルピナスが顔だけこちらに向けて微笑んだ。

 数人の侍女が髪や服を整えており、ジルコンへ一礼した後に仕事に戻る。


「すぐに整えさせますので、少々お待ちくださいな」

「了承した」


 そう返しつつ、ジルコンは得もしれない違和感に襲われる。

 婚約者とはいえ、貴族令嬢が支度途中に異性を招き入れることは無い。

 前にも同じことがあり聞いたが、早く自分に会いたいから部屋に入れると返された。


 愛され、信頼されている。そう思う反面、貴族の通例を思えば上手く受け入れられない。

 ルピナスら貴族としての矜恃を重んじていたから、尚更だ。


 考えを巡らせている間に、ルピナスの支度が終わり侍女が壁際に下がる。代わりに、ルピナスがジルコンの前に立った。


「ジルコン様、今日は早くに来てくださったのですね。嬉しい限りです。このままお茶でも致しません?」


 にこりと笑みを浮かべるルピナス。近づいた事で、香水の匂いが鼻をくすぐる。

 甘い甘い、花の蜜のような匂い。嗅いでいるほどに、ルピナスへの愛おしさが込み上げてくる。

 誘惑のままに頷きかけたが、ジルコンは首を横に振った。


「お茶の誘いでは無いよ。先程、義父殿が王都に着いたと連絡があった。すぐに登城されるだろうから、その準備の為に貴女を呼びに来たんだ」

「御父様が……?」


 聞き返すルピナスはどこか怯えており、喜んでいる様子は皆無だ。その理由を聞いているジルコンは、青ざめるルピナスの背を撫でる。


「大丈夫。義父殿に心配をかけたくないという、貴女の気持ちを優先している。だから、ゴブリンの件は向こうには届いていないはずだ。私からも、貴女の気持ちが癒えるまでは言うつもりはない」

「ええ、わかっております。ですが……」

「ルピナス。公務に手が付いていないと聞いている。家族との対話は、きっと心落ち着かせてくれるはずだ」

「……はい。分かりましたわ」


 渋々といった様子で、ルピナスは頷く。その様子に安堵しながらも、頭の中で疑問が次々と浮かぶ。



 ルピナスはヒースグレイを敬愛していた。久しぶりの父に、会いたくないと思うだろうか。

 ゴブリンの件も、クロット国と協力した方がスムーズに進むのだ。向こうに気づかれないようにしている為、どうしても行動範囲が広がる。

 心配かけたくないが故に秘密にしているのはおかしくは無いだろうか。

 公務も、森に関係ない物を選んで渡している。一枚も手がつかずに終わるなど、ルピナスらしくない。



 一気に湧き出た疑念は頭を駆け巡る。

 ふと、ルピナスがジルコンの胸に飛び込んできた。反射的に抱きしめると、香水が先程よりも強く香ってくる。


 香りが脳内を直接刺激している感覚だ。なんて愛おしい人だろう。

 衝動のまま、華奢なルピナスを腕の中に収める。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



彼女の香水の前では、疑う事さえ馬鹿らしくなる。


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