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ゴブリン殲滅の情報入手
「決め手はルピナス王女の懇願らしいッス。国王夫婦含めて、みーんな王女が大切なんッスよ」
「王子の婚約者だからか?」
「そうッス。王女と仲良くなるに連れて、悪癖もなくなったからッス。ただジルが、じゃないジルコン王子が気付かないのは恋は盲目ってやつッスかねー?」
イオにそう語るマヤの口調は軽いが、表情は固い。
事件の前後で違和感を覚える唯一の当事者。疑心を抱かざるを得ない状況に、楽観視出来ないと察しているようだ。
それにしても、マヤは様々な事を教えてくれる。この状態を、誰かと共有したかったのだろう。
それでも話し相手を見定める当たり、マヤも芯がしっかりしていると見える。
溜まっていた不満を言葉にしたからか、マヤは幾分か落ち着いている。
残り少ない果物を一つ取り、齧りながら顔を暗くする。
「でも……それからの王女は、やっぱどっか違和感があるんッスよ。やけにジルコンにくっついて、何かあれば女の涙。挙句、クロット国への対応ッス」
「母国に何を?」
「逆ッス。何も言わないで、心配させたくない。もう、怪しさ満点! そう疑ってたらバレて、ここに送られたんが二ヶ月ちょい前? ッスね」
「完全に口封じだな」
「ほんとそれッス! ってか、ここにいる人は皆そうッス」
「皆……作戦に反対した奴がここに送り込まれたのか」
「正解!」
「フォオー」
ビシッとマヤが親指を立てる。その動作に、何故かジャピタが感心の声を上げていた。
しかし、丸い果物を丸呑みしようとして、口いっぱいに頬張る姿は間抜けにしか見えない。
どこから見てもウツボではなくヘビだ。気になるからさっさと飲み込んで欲しい。
持っていかれそうな意識をマヤに集中させる。今の間はマヤも果物を頬張っていたので、幸いにも話は進んでいなかった。
「ここにいる人、ゴブリン殲滅に消極的な意見を聞かれて、送られた騎士達ッス」
「その割には殺る気に溢れているな」
「隊長のおかげッスね。隊長、最初は反対してたらしいッスけど、ジル……コン王子に言いくるめられたっぽいッス。元々、正義感強くて脳筋タイプなんで」
マヤの言葉を聞きながら、特徴的な濃い顔が脳内で歯を光らせて笑った。手で追い払い、話の続きを聞く。
「自分が来た時、隊長だけがめっちゃびっくりして怒ってくれたッス。『ゴブリン相手に女性!? 追い詰められたゴブリンがどう動くから分からないというのに!』って。部下を説得してくれたんで、前線基地の防衛と保護女性の相手がメインの仕事ッス」
「なら、アタシらに会ったのはたまたまか」
「そうッスね。昨日ポカした奴と交代で出て、おねーさんに出会ったッス」
うんうんとマヤは満足そうに頷く。イオは口元に手を当て、得た情報を整理する。
ルピナスという王女は間違いなく黒だ。これは断言出来る。
ゴブリンは知能が低い分、本能で行動する魔物だ。
他種族を襲う。女を孕ませる。仲間を増やす。これは全て、種の存続に繋がっている。
その為、女が複数人いる場合、優秀な遺伝子を嗅ぎ分けて順に犯していく。
単純に考えれば、侍女と王女がいれば後者を優先的に狙うはずだ。
だから、ルピナスが関所に逃げ込めた時点でおかしいのだ。
そもそも、広大な森の中を根城にするゴブリンから女が逃げ切れるはずがない。
つまり、ゴブリン云々は嘘。ただし、別の案件が起きているようだ。
王女の見た目は同じで、中身が違う。
マヤの言う通りなら、中身が入れ替わったか元から化けているかの二通りが考えられる。
その際に元のルピナスを知る人が少ない程、正体が見抜かれる心配が減る。
その考え通りだとしたら、本物の王女や付き添いの人間がどうなっているかなど、想像に容易い。
そう推測すれば、ジャピタが反応した負の感情が人間達では無い事も、その相手の置かれている現状も見えてくる。
ただ、これが正しければ、今回の食事は後片付けが心配になる。
「……面倒だけど、仕方ないな」
「ん? 何か問題が」
イオの独り言にマヤが反応する。だが、心配の問いかけは外から近づいてくる大きな音に掻き消された。
「美しいマーメイド様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「うるさい!!」
豪快な足音と叫び声、そして急にテントに入ってきた隊長の暑い顔。
全てが重なり、つい手が出た。近くにあった果物を掴んで投げる。しかし、無意識に皿の方を取っていたようだ。
皿は回転しながら真っ直ぐ飛び、隊長の顎を捉えた。
カコンと鳴った音は軽いが、勢い良すぎて隊長の顔が本人の意思とは関係なく上に向く。
衝撃で一歩下がった隊長の体の向こう側から、橙色の綺麗な光が他のテントを照らす様が見えた。
いつの間にか、日暮れになっていたようだ。夜目の効かない人間が魔物の得意な闇夜、それも根城である森に留まる理由はない。
向こうも抵抗に必死だろうから、魔物避けがあっても避けたい展開なのだろう。
「お疲れ様ッス。成果はどうッスか?」
「さっぱりだ。美しいマーメイド様を囲んでいた奴らを逃がしてから、全然見当たらないのだ」
「イオ、ゴブリン、ニガシむぐ」
余計な事を言いかけたジャピタの口に、細長い果物を無理やり突っ込む。
確か、この「バナナ」は皮を剥く必要があったはずだが、その暇はなかった。
ジャピタも気にせず飲み込もうとしているので、目前の話に耳を傾ける。
「ゴブリン共の数も、もう僅かだ。そろそろ、関所を基地にする必要があるかもしれん」
「そうなると、追い詰められたゴブリンが国に入りそうッスね。部隊分けの詳細は?」
「その辺も含めて、夕食後に会議を行う。いいな」
「了解ッス」
真剣な表情で話し合う二人。公私をしっかり分けられているようだ。有能だとイオが思った瞬間、隊長と目が合う。
途端に鼻の下を伸ばしてキスを投げてきた。悪寒が全身を駆け巡る。一瞬で評価を地の底まで叩き落とし、隣のジャピタを掴んで立ち上がった。
「さて、隊長とやらも帰ってきたようだ。なら、アタシらはそろそろ行かせてもらう」
「う、美しいマーメイド様!? 夜間の移動は危険ですぞ!? 今夜はここで一泊」
「隊長。おねーさんは最初っから行くとこ決まってたのを、隊長が話を聞かずに引き止めたッスよ? いくら綺麗だからって、こっちの願いを押し付けるのはどうかと思うッス」
マヤの正論に、隊長は小さく呻いて顔を顰めた。
そこから数回、変顔を披露しながら葛藤した後、落胆しながら首を縦に振った。正論が響いたのだろう。
「もう大丈夫ッスよ。おねーさん、気をつけてくださいッスね」
「ありがとな、マヤ。色々と話聞けて助かったよ」
「それ位お易い御用ッス。それと……」
マヤは一度言葉を止め、隊長を横目で見る。動く様子がないと判断してから、イオに近づいて耳打ちをした。
「自分達の火球を水の壁で止めたの凄かったッスよ。ただ、森の中だとまた鉢合わせして隊長が騒ぐかもッスから、見つからないように気をつけて欲しいッス」
驚いてマヤへ振り向けば、小さく口角を上げている。
最初から、イオの強さを分かっていたようだ。思い返せば、イオの保護にもあまり乗り気ではなかった。
それが自分達と魔法を相殺した相手で、森の魔物にも引けを取らないと判断したからだろう。
かなり優秀な騎士だ。イオは微笑み、マヤの頭を撫でた。数回ほど撫でた後、別れの言葉を告げて移動を始める。
そのまま真っ直ぐ、森の中へ入っていった。
本当の復讐者は何処?
次回より、火木の週二回更新になります
ご了承ください