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4.マヤ視点

ゴブリンへの憎しみはどこから来たか

 


 マヤはイローニ国、フィルタナ子爵の次女だ。

 だが、貴族令嬢としてよりも、騎士としてよりも、別の名称で名が通っている。




 王太子に最も近く、最も遠い女性。それが、国民によるマヤへの一般的な認識だ。




 イローニ国の王太子、ジルコン・ボウル・イローニとマヤは乳母兄妹である。

 身分を考えれば天と地ほど差があるが、王妃殿下と母が王立学園の同級生で知り合いなのだ。

 というよりは、騎士としての道を選んだ母に憧れる女生徒が多く、王妃殿下もその内の一人だという。

 王弟殿下を守るという名誉の負傷で片脚を無くしたが、当時婚約者だった父は気にも止めずに愛を貫き続けた。

 騎士としての活躍、令嬢としての熱愛。国で知らない人はいないという程に有名な母は、王太子の乳母としての素質が十分あった。





 そうして物心着く頃から一緒に育ったジルコンとマヤは、本当の兄妹のように育った。





 国王に騎士。

 目指す先がはっきりしていた為、そこへ至るように努力を重ねていく。

 マヤにとって、ジルコンは兄同然。そういった身内の目から見ても、ジルコンは完璧だった。



「宰相。少し、相談があるのだが」



 そう言って伝えた内容は、当時の国を襲っていた食料問題に対しての画期的な解決策だった。

 まだ八歳のジルコンが出した策とは思えない程、的確で正確。すぐにその策が取られ、被害は少ない内に収束した。


 それがきっかけで、大人達から一目置かれるようになった。



「今日は負けないッスよ、ジル!」

「それは此方の台詞だ、マヤ」



 ジルコンとマヤはよく模擬試合をし、拮抗した戦いを繰り広げていた。

 騎士を目指して、物心ついた時から訓練していたマヤと対等な剣技。

 射術や馬術もそつなくこなしたジルコンに、ますます周囲の人が沸いた。





 国を想い、民を想い、守る為の頭脳と退ける為の腕を持つ。

 正に完璧な王太子だと、国民は喜び日々を過ごした。





 しかし、完璧な人間などいない。それを証明するかのように、ジルコンには一つだけ悪癖がある。





「ジル………………」

「そう睨まれても、此方としては何ともないのだが?」

「少しは慎めって事ッスよ! どんだけタフッスかぁぁぁ!」


 ジルコンは見た目もいい。

 王家の証である金髪は絹糸のように細く、碧眼は宝石のように輝き一切の曇りもない。端正な顔立ちは美しいながらも男らしさを感じさせ、多くの女性を虜にする。

 幼い少女の初恋から床についた老婆の老いらくの恋まで、身分問わずに心をかっさらっていく。





 だからだろうか、下半身がとても緩い。





 正確に言えば違うのかもしれない。少なくとも、ジルコン本人が望んだことは無い。次から次へと女が群がっていくのだ。

 拒絶すればいいものを、ジルコンの方針は来る者拒まず、去るもの追わず。

 流行病よりもタチが悪く、図鑑で見た食虫植物に似ていると思うほどだ。

 後から聞いた話だが、閨教育の担当をした公娼を骨抜きにしたのが最初らしい。

 手練の女でさえこうなのだから、完璧さに寄ってきた経験のない若い女が、一夜で執着するのも無理はないかとしれない。


 また、ジルコンに婚約者がいない事も、暴走の一因と考えられる。イローニ国は数世代前より、自由恋愛推奨になっていた。


 ただ、他国でまだまだ政略結婚が主流な為、全員が自由恋愛という訳では無い。それでも、ジルコンの暴走を後押しするには十分な背景だ。

 しかし、高貴な種を撒き散らしては後が大変だ。特に王族など、世継ぎ問題が酷くなる。



 そう言いくるめる予定だった両親を、突出したジルコンの頭脳は出し抜いてしまった。






『私、ジルコン・ボウル・イローニは教会に誓いを申し立てた!』





 王立学園に入ったら寄り添う女も多くなる。そう考えたジルコンは、十四歳を祝う自身の誕生日パーティーで宣言をした。

 教会への誓いは、神への捧げる誓いそのもの。それをわかった上で、ジルコンは誓いを結んだのだ。





 内容は単純。


 求められれば夜を共にするが、一人につき一夜のみ。

 避妊はする。万が一、子ができたとしても王族と認めず、それによって発生する問題に一切関与しない。

 この誓いはジルコンに愛する女性、もしくは他国との政略的な婚姻が行われるまでの期間とする。





「屑男の発想じゃないッスかやだぁぁぁ!」


 あまりの酷い内容に、その場でテーブルを叩いてしまった。上官に咎められたが、強くは言われなかった。気持ちが分かるのだろう。

 流石に、挙って批判が殺到してしまう。そう危惧したマヤの思惑とは裏腹に、ジルコンの宣言は好意的に受け止められた。


 我先にとジルコンを求める令嬢達。上手くいけば、王太子妃の座。ダメでも高貴な血筋が手に入る可能性があり、令嬢は一夜の夢を得られる。

 親が積極的に進める事態に、マヤは国王夫婦と両親と共に頭を抱えたものだ。



 三年間の学園生活も終え、王太子として政治に関わるようになって四年。ジルコンのお目にかかる女性が現れなかった。

 王太子に配偶者どころか婚約者もいない事実が、外聞としてよくない年齢にさしかかろうとしている。

 どうするかと必死に案を出す国王夫婦と重臣達。この重い事態は、一通の手紙が全て解決することとなった。








「初めまして、イローニ国が次期太陽。ジルコン・ボウル・イローニ王子。此度は招待を受けていただき、心より感謝申しあげます」

「此方こそ、ご招待いただき光栄でございます。モノット国が第二王女、ルピナス・リラ・クロット姫」


 目の前の姫に、丁寧に挨拶を返すジルコン。その後ろでマヤは騎士の礼を取っていた。


 隣国、クロット国のルピナス王女から小規模なお茶会の招待。


 危険がある森を挟んでいるという事もあり、両国の仲は友好的。他に用事もなかった為、ジルコンは喜んで申し出を受けた。

 クロット国の王城、中庭では時期である花が咲き乱れ、丁寧に整えられている。そこに用意されたテーブルと二脚の椅子。

 小規模とはいえ、他にも人がいると思っていたマヤは内心驚いていた。

 侍女も護衛も最小人数。ジルコンにもそれはお願いしてあったようで、マヤ以外の騎士は近くで待機している。

 そうして美しいカーテシーを披露するルピナス王女は、堂々とした佇まいでジルコンとマヤを迎えた。


 波打つ桃色の髪とそれより少し濃い色の目。二つ下という点を除いても幼い顔立ち。

 ふわふわとした見た目とは裏腹に、気品や強い意志が滲み出ている美しい王女だ。

 席に着いた二人は他愛のない話から始め、徐々に本題へと移行していく。切り出したのは、ルピナス王女の方からだ。


「時に、王子は制約を設けて、様々な女性と一夜を過ごしていると聞きましたが、真でしょうか?」

「ええ、相違ありません。求められれば応じております」


 ジルコンの答えを聞いた後、ルピナス王女の目がマヤを捉える。話の真偽を問いかけているようだ。

 真であると頷きを返せば、ルピナス王女は微笑みで礼をした。





「なるほど……では、アタクシはいかがでしょうか」

「え」

「ぶっ!?」





 突然の提案に、動揺を隠せなかった。ジルコンも同じようで、戸惑っている様子が後方からでもわかる。

 そんなマヤ達に、ルピナス王女は表情を引き締めて話を始めた。


「言葉足らずでしたわ。アタクシも二十歳。情勢の関係で婚約者こそいませんが、それ故に相手が決まり次第、嫁がされるでしょう。その中の候補として、貴方様が上がっていますのよ」

「確かに……婚姻が成り立てば、両国の益はより高まるでしょうね」

「その通りですわ。ですが、貴方様の噂を聞きまして、対面させていただきたくこの席を設けました」


 ジルコンの噂。つまりは女性関係の噂だが、それを聞いて自分を推す理由が分からない。

 混乱するマヤを尻目に、話し合いは進んでいく。


「では、実際に見た私は、姫が積極的になるほどに魅力的ですか?」

「ご自身で言われるとは、価値がわかっておられるようですね。その通りなので、何も言えません。女性関係を除けば、一番の優良株だと再認識しました」

「光栄でございます」

「だからこそ、余計に()()()()()()()()()()


 そう言い、ルピナス王女はしっかりとジルコンを見つめる。真剣な瞳、それでいていたずらっ子のように口は弧を描く。

 アンバランスな表情、同性であるマヤもときめいた。


「アタクシ、政略だけの婚姻はイヤです。敬愛でもいい、友愛でもいい。愛し愛される間柄が憧れですの。だから…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ニコリと微笑むルピナス王女に、気がつけば口を開けて間抜けな面になっていた。三回程、言葉を反芻し考えを巡らせる。




 思い返せば、一夜を共にした令嬢の中に、ここまで直球で落とそうとした人はいなかった。




 ジルコンの能力の高さに、横には立てないと部を弁えている令嬢ばかりだ。

 ジルコンを本気で狙っている令嬢もいたが、大抵は顔だけに自信があるタイプなので閨の相手にすらしなかった。


「それはそれは……是非とも、お願いしたいところです。姫」


 返答するジルコンの声色は、喜びが隠しきれていない。ルピナス王女も悟ったらしく、小さく笑い声を上げて茶菓子を摘む。


 この人なら、ジルコンをしかと支えてくれるだろう。身内としての自分が、そう囁く。


 自分の中の騎士道は、すでにルピナス王女への忠誠を誓っている。乳母兄の歩き始めた恋路に、マヤは小さく笑みを浮かべた。



女関係以外は有能という珍しい王太子

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