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ゴブリンと敵対中の人間サイドへ
イオがいた場所は、森の中でもイローニ国側らしい。その為、数十分程で森を抜けられるそうだ。
詳しく尋ねると、マヤは得意げに話を返す。
隣国、クロット国との国境に広がるこの森はとても広く、普通に進めば一週間はかかるという。
低級とはいえ数種の魔物が住処にしているということで、通り抜ける際には魔物避けや防衛手段が必須らしい。
国境に当たる場所には、幅広く長い川が森を横切り流れている。その上の数箇所に吊り橋がかけられ、互い違いになるように魔物避けの道具と関所が設置されているという。
堅固な石橋ではなく脆い吊り橋の理由は、有事の際に簡単に塞き止められるかららしい。
その為、特殊な手段でないと切れないロープが使われている。
そのロープは自国の技術だとかで、マヤは一段と誇らしそうだ。
そういった話をしながら進めば、あっという間に森の出口まで来た。そのまま移動をし、目に映る光景に一瞬固まった。
森を出たらそこは、キャンプ地だった。
比喩でもなんでもなく、道を開けていくつものテントが設置されている。
森から魔物が出たら、そのまま奇襲を受けてしまいそうだ。
マヤもそう思っているのか、小さく笑った。
「驚くッスよね。ふつー、もうちょい離れて設置するッスから」
「何か理由があるのか?」
「理由ってか、意気込みッスね。ほら、あれ」
「ウゲー」
マヤが指で一方向示す。それを見たジャピタは不快感を顕にし、イオは隠したものの顔を顰めてしまった。
番号が書かれた立て札の後ろに、大量の生首が山となって転がっている。
順に積上げていったらしく、上は死の形相を残したまま積み重なり、下は白骨化して重みでひび割れている。
その全てがゴブリンの首である。
屍肉の臭いにつられた羽虫が五月蝿く飛びまわり、おぞましい一角となっていた。
その部分を囲む様に、ロープが張られている。手の平サイズの小袋が等間隔にぶら下がっており、綺麗な桃色とドス黒い色、その間の色をしていた。
あれが臭いを防ぐ道具だろうと直感的に判断する。ロープより外に臭いが漏れないが、内は凄まじい臭気だろうと羽虫から想像できた。
渋い顔をしたイオに、マヤが呆れながら説明した。
「編隊が討伐数を競う為に、隊長が指示したッス。ゴブリン滅殺! が、目標ッスからね」
「……酷いな」
ポツリと本音が漏れる。確かに、兵士達からはゴブリンに対する殺意は感じていた。
だが、重大な問題点があるが故に、全く意味の無い行動だと言える。
予想通り、マスクをした兵士が黒い袋を取って桃色へと変えている横を通り、一つのテントの前まで来た。
マヤに促されて入る。十人前後は入れそうな広さだ。地面の砂利で痛むだろうと、厚めの敷物が敷いてある。
他にもクッションや毛布が置いてあり、保護した女性を労る用意がしっかりされていた。
「今日はおねーさんしかまだ保護してないッス。なんで、他の人来るまで独り占めッスよ」
「ワーイ!」
イオが返事をするより先に、肩に乗っていたジャピタが喜んでダイブした。ふかふかの敷物は肌触りがいいのか、ゴロゴロと転がって楽しそうだ。
そんなジャピタを見て、マヤは目を細める。それなら止めなくていいかと、ジャピタよりやや離れて腰を下ろした。
ふわふわの感触は心地いい反面、イオには少しこそばゆい。
「飲み物と軽食持ってくるッス。冷たい方がいいッスかね? もう少ししたら、日が下がって肌寒くなるッスけど」
「それで頼む。色々と悪いな」
「いいッスよ。それが仕事ッスからね!」
「なら、ついでに聞きたいことがある。アンタこの後、時間は空いているか?」
「問題ないッス! すぐ戻って来るッスね!」
マヤは予感していたのか、イオの問いかけに即座に頷いた。テントに入らず、そのまま踵を返す。
暫くしてから、盆を持って中に入った。そのまま、イオの前に座り持ってきた盆を間に置く。
木の器に入った果物と、二つのコップに入った水。ジャピタにはわざわざ平皿を用意してくれたようだ。
平皿の水を飲むジャピタは、ペットにしか見えずについ吹き出してしまった。
じっと睨んでくる視線を無視し、器から果物を取る。
殆どの世界に存在する、薄緑色の小さな実が房で連なっている果物。多くの世界で『ブドウ』、『マスカット』と呼ばれるそれを一つ千切り、口に放り込む。
引き締まった果肉の弾力と滴る果汁が噛む程に弾けて美味い。
二つ、三つと果実を食してから、改めてマヤに向き直った。『リンゴ』と呼ばれる果実を豪快にかぶりついていたようで、もう芯しか残っていない。
イオの視線に気づき、空き皿に芯を置いて表情を引きしめた。
「それで、何が聞きたいッスか?」
「ここまでしてゴブリンを狩る理由だ。大抵は被害に遭ったとここの領主とかが依頼を出して、冒険者が近隣の集落を潰す位だ。アイツらの繁殖力と被害を考えれば、本気で根絶やしにしようとは普通は思わない。だとすれば、行動原理は至って単純、ゴブリンへの憎悪って考えられる。それでも、明らかな過剰戦力だ。何があったらここまで突き進められる? それにアンタが、前線に出てるのもおかしい。追い詰められたゴブリン相手に女騎士? それで繁殖しろって言ってるようなものだ。決意と指示が矛盾している」
疑問に思った事を一つ一つ伝えていく。マヤの笑顔が固まっていくが、気にしない。
「さっきの隊長達も、自分達が憎んでるというよりも正義感に燃えてるって感じだったな。主の無念を自分が晴らす状況に酔ってる感じだ。騎士団の主……王族辺りか? ソイツらがゴブリンに憎しみ持って、ゴブリン殲滅を指示出して、アンタは止めようとした。けど、邪険にされて前線に出された。そういった所か?」
ぽかんとするマヤへ、自分の考えを畳み掛ける。少しの間しか関わっていないが、マヤは頭より体を動かすタイプだろう。
だとしたら、心理戦や駆け引きは無駄だ。言葉に意味を潜ませて一つ一つ読み取るより、直球で一気に聞き出す。
やがて、イオの言葉をしっかりと理解したのだろう。目を開いて、前のめりにイオを見上げて速く拍手する。
「おねーさん凄いッス! かっこいいッス! 王都で流行ってるミステリー小説の主人公みたいッス!」
「そうか? なら、アタシの考えは当たりか?」
「ほぼほぼ的中ッスよ!」
手をぶんぶんと振り、興奮気味にマヤが食いつく。少ない情報から練った推論だが、間違っていないようだ。
詳細が気になる。ジィっとマヤを見ていれば、気がついたマヤが慌てて落ち着く。
それでも、背筋の張りっぷりは隠しきれていない。
「理由って事は、詳しい話ッスよね? 自分、まとめるの苦手ッスから、長くなるッスよ」
「ヘタに省いて分からなくなるより、全然いい」
「分かったッス」
了承したマヤは、何から話すか考えながら口を開いた。
次回、マヤが語る現状の理由