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毎日更新二日目です

 

 オリーブが声を上げる。また振り返ってみれば、森林に近い部分に物が散らかっている。



 その内の一つは、革製と思われるショルダーバックだ。

 オリーブの物に違いない。本人もそう確信し、荷物に近づいていく。



 自分の記憶の手がかりだ。歓喜するのも無理はない。だが、周囲への警戒が疎かになっては元も子もない。





 すっと人差し指を伸ばし、指先に水を凝縮させる。そのまま、一方向へと撃ち出した。

 高速の水球はオリーブの真横を通り過ぎ、その先の空間で突然破裂した。

 まるで、何かにぶつかったかのように、雫が空中で滴り落ちる。同時に、ゆっくりと背景からそれが抜け出してきた。




 人の二倍はある、巨大な熊だ。




 赤茶色の毛に鋭い牙と爪を持ち、大きな口を開けて白い息を出し、興奮状態であると示している。

 血走った眼は獲物を探していただろうが、もう何も映さない。眉間に開いた小さな穴から、黒に近い赤色が流れ出す。

 支える力もなくなった巨体はその場に倒れ、小さな地響きを立てた。

 呆然と見届けていたオリーブが尻餅をつく。振動の所為ではなく、腰が抜けたようだ。

 現に、熊を凝視しながら震えている。真横に移動しても、気づいていない。


「さ、サイレントキラーベア…………!?」

「強い奴?」

「S級の魔物です……擬態のスキルが高く、かなりの手練れでなければ見抜けない程です」

「だからS級か」


 イオは横目で巨体を見る。

 この世界の基準を詳しくは知らないが、この能力でS級は高く見積もっている気がする。擬態のスキルがなければ、もっと低いと思う。



 その程度の奴が、イオとジャピタの前に現れた事自体が妙だ。




「ジャピタ。分析」

「オー!」

「その間に、アタシらは荷物の確認だ」

「は、はい」


 冷静に指示を出せば、ジャピタは元気な返事と共に巨体の方へと向かった。

 それを少し見た後、オリーブと共に散乱した物をバック付近へと集めて吟味する。

 食料や灯り、小型ナイフなどの冒険者に必須な物ばかりだ。一つ、茶色の硝子が留め具の麻袋が気になる。

 オリーブに聞けば、ギルドから配布される一番小さなアイテム袋らしい。見た目に反して物が多く入る、収納魔法の簡易版のようなものだそうだ。

 留め具の色で容量が異なるらしく、茶以外は各自入手。ならば、これも特定に繋がる物ではない。



 その中で個人の物と思われるのは二つ。ギルドが発行したらしいライセンスカードと、壊れた何か。

 オリーブがカードを手に取った為、イオはもう一つをじっくりと眺める。

 弦楽器だ。だが、今や千切れた弦や割れた木片で見る影もない。視認できるパーツを頭で組み立ててみれば、元はハープだろう。

 冒険者には無縁の物に思えるが、音を媒介とした魔法も珍しくはない。


「おい、そっちの情報は?」


 声をかけるが、返事がない。顔を向けて、視界に入る光景に小さく納得した。



 青ざめ、呼吸を乱し、こめかみを押さえるオリーブ。限界まで開いた瞳は、ライセンスカードから動かない。

 このカードは、失った記憶を強く揺さぶってくれたようだ。



 犬のような呼吸をする背を撫でつつ、後ろからライセンスカードを覗き込む。

 豪華な金枠の中に、名前、職業などの必須事項が書かれている。


 名前はオリーブ。種族はエルフ。

 年齢は116歳。エルフとしては若い方だ。

 職業に吟遊詩人。それならば、細身の身体にも納得がいく。



 上から順に流していたイオの目に、見逃せない一文が入ってくる。


 ランクがSS級。


 聞いた話が確かなら、最高級のランクだ。だが、それは実力ではなく、特殊な条件の下に選別されるらしい。





「アンタ……『勇者パーティー』の一員のようだな」

「う゛…………!」




 核心を突けば、呻いて顔を歪ませる。このパーティーが、失った記憶と大いに関係があるようだ。



 そもそも、この世界におけるSS級の魔物は、他の世界でいう『魔王』とほぼ同意義になる。


 S級よりも遙かに強く、若干ながら知能を持つ。その為、『下僕を作る』、『一斉に襲いかかる』、『囮を使う』、といった手法を取ってくるのだ。


 放置していたら、莫大な被害を受ける。数十年から百数十年単位で発生するSS級に対抗する冒険者が、『勇者パーティー』らしい。

 メンバーは女神様による信託で選ばれるという。この世界は女神教が満遍しているようで、SS級誕生の予兆と共に当代の教祖へお告げが下るそうだ。


 女神様万歳なんて言っているが、選ばれた方は洒落にならないだろう。

 性質上そう考えていると、ジャピタが声をかけてくる。分析が終わったようだ。



「どうだ?」

「フツウ、チガウ。タクサン、バフ!」

「内容は?」

「コウジョウ! ゾウダイ! コウフン!」

「ステータス向上に増大、おまけに興奮状態か……通りでアタシら襲ってくるわけだ」




 そう呟くイオの下で、オリーブの身体が大きく跳ねた。


 吟遊詩人を生業とする冒険者は、音楽で味方を強化するか直接攻撃できるかの二択になる。

 オリーブは前者のようだ。


 普通、支援が重なるにつれて掛かりにくくなるのだが、そこは『勇者パーティー』に選ばれた実力だろう。

 そのままじっと見ていれば、こちらの意図を察したオリーブが恐る恐る口を開く。


「………………私が、やったのでしょうか……」

「だろうな。アンタが強化して、攻撃されて、飛ばれさて、崖の下。簡単に想像つくよ」

「何で……魔物に…………?」

「仲間を確実に殺す為、だろな」


 イオがあっさりと言えば、オリーブは驚愕の眼差しでイオを見上げる。

 畏怖の念さえ感じる視線に、不敵な笑みで答える。


「簡単な事だ。敵対する相手にバフをかけるなんて、通常は有り得ない。それこそ、自分諸共っていう覚悟がなければできないだろう」

「しかし…………」

「そうは言うが、アンタもわかってるだろ? 補助魔法を使うなら、仲間が居るはず。なのにアンタは一人で置いてけぼり。おまけに、都合よく記憶が飛んでいる。仲間の所為で辛い事があったから、殺そうと魔物を強くした。言葉にするのは簡単だけど、余程の覚悟がなければできない事だ」


 問いかけに、オリーブは無言の肯定を示す。





 記憶を喪失する要因としては主に二つ。


 頭部外傷による外傷性と、精神的な衝撃を受けた事による心因性だ。


 オリーブは、自分の事以外はしっかり記憶している。外傷性で、そこまで綺麗に記憶喪失になる可能性は低い。


 その上、ライセンスカードへの反応と熊への強化。





 仲間へ何かしらの負の感情を抱き、その為に魔物を強化して殺そうとした。だが、自分も崖の下に吹き飛ばされ、頭部への衝撃をきっかけに防衛意識として記憶喪失となった。





 この線が、一番しっくりとくる。


「パーティーメンバーが鍵だ。だとしたら……山超えには準備が必須。きっと、麓の村か町に泊まってただろ。次はそこに行くぞ」

「キキコミ!」

「ジャピタ。人が密集してる場所を目指せ。ここから一番近い所だ」

「ワカッタ!」


 言うや否や、ジャピタはその場でとぐろを巻いて鎌首を擡げた。蛇の威嚇のように周囲を見渡した後、迷いなく進み始める。

 それに続こうとして、オリーブから動く気配がないことに気がついた。

 荷物をまとめたショルダーバッグを抱え、俯いている。じっと眺めていると、不意に唇が動いた。


「……流石に、これ以上、巻き込むのは……」


 自分の都合に付き合わせているという罪悪感。それに襲われてグタグタとするオリーブに、イオは大きくため息をつく。

 そして、誤解がないようにはっきりとオリーブの目を合わせて告げる。


「アタシらはな、アンタに呼ばれてここに来た。記憶を失う前のアンタだ。だから、さっさと記憶を戻してもらわないと、来た意味がなくなるだろ? ただ、それだけのことだ。わかった?」


 威圧気味に話せば、オリーブの首が縦に小さく振られた。表情には疑心がまだ現れているが、口を固く閉じて聞かないようにしている。


 イオは軽く肩を叩き、先に進んだジャピタの後を追った。


続きを期待してくださる方、是非とも評価などお願いします。

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