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ゴブリンといえば

 

 いなす事は簡単だが、何せ数が多い。

 手を抜いているからか、気絶までいかないのですぐに起き上がってくる。面倒な事この上ない。

 だが、ゴブリン程度に力を使いたくない。


 一瞬の火力で終わらせた方が、時間は早いが痕跡隠しに時間がかかる上、面倒。

 今の状態で終わるまで待っていた方が、最低限の労力で済むが長引く程に疲れる。


 どちらの方法も一長一短だ。

 思考を明後日の方に向け、近付くゴブリンを反射的に叩きのめすイオ。

 簡単な身体の反応による隙を、あるゴブリンは見逃さなかったようだ。


「いまダ!」

「イオ!」


 ゴブリンの掛け声とジャピタの呼び掛けは、ほぼ同時だった。




 振り返るよりも先に、ゴブリンが飛びついてきた。

 腰に腕を、尾に足を回して全身を密着させている。

 腰布の下に隠れていた、硬く穢らわしい性の象徴が臀部に強く当たり、全身に鳥肌が立った。




「気持ち悪っ!」

「ンべッ!?」


 張り付いているゴブリンの顔に、思いっきり肘を食らわせる。無様な悲鳴で吹き飛んでいくゴブリン。

 木々に当たっても止まるどころかスピードすらも落ちず、何本も薙ぎ倒しやがて姿が見えなくなった。

 かなりの力を出してしまった。あまりにも強烈な嫌悪感だったから、致し方ない。


「イタソ〜」

「顔の原型が残ってるだけマシと思え」

「タシカニ」


 うんうんとジャピタが首を縦にして同意を示す。

 性別の概念がないジャピタだ。本当の意味で理解はしていないだろう。イオの感情に合わせて判断したようだ。


「感覚! 残ってて気持ち悪いっ!」


 嫌な感触をぬぐいさるべく、ゴブリンがくっついた部分へ流れる様に水を生み出す。

 冷たい水の感触が、生ぬるいゴブリンの体温などを流し落としていく。比例して安心感が込み上げてくる中、周りの静かさが気にかかった。

 仲間が吹き飛ぶ様に恐れ戦いているだろう。そう思って改めて周りを見渡し、目が点になる。




 ゴブリン全匹、絶望していた。

 戦意喪失どころではない。膝を着いて項垂れていたり、顔を覆って天を仰いでいたり、シクシクと泣いている。

 先程の闘志が全て消え、抜け殻みたいだ。





 面倒事から開放された喜びよりも、ゴブリンの豹変ぶりに対しての困惑が勝ってしまう。

 引き気味にゴブリン達を見ていると、一匹が地面に拳を突き立て叫んだ。




()()()()()めすナンテいみガナイ!」

「…………あー……」




 そういう事かと、イオは一瞬で冷静になった。真顔で目だけ冷ややかにゴブリン達を見下ろす。




 要は先程の失敗で、イオを犯して孕ませられないとわかったから絶望しているのだ。



 訳ありとはいえ、性欲旺盛なゴブリンには耐えられない事実なようだ。

 二足歩行や四足歩行の女性ならそのまま強引に挿入され、なし崩しに繁殖行為へと移っただろう、だが、イオは人魚(マーメイド)だ。


 人魚のスリットは、普段はピッタリと閉じており、見ただけでは分からない。

 卵や精を冷やさない為、水で変異させない為などと言われているが、詳しくは知らない。

 ただ、性行為で気分が向上すると自然と開く。或いは、同じような生態を持つ相手なら、大まかな位置から探り当てられるかもしれない。


 しかし、ゴブリン達は知らなかった。だから今、その事実に打ちのめされてショックを受けている。


 最初から気づけと、イオはため息をついた。使わなく良かった労力が勿体ない。


「時間くったな。ジャピタ、位置は変わってないか?」

「ウン。タダ」

「ただ?」

「チガウ、ケハイ。タクサン、チカク」


 ジャピタの言葉に、イオは慌てて気配を探る。

 いた。十人前後の人間の集団が、こちらに向かってきている。もうすぐ側まで来ていた。

 間近にゴブリンがいる所為で気づかなかった。想わぬ伏兵に舌打ちする。


「ジャピタ、ぎそ」

「コウゲキマホウ」

「嘘だろ!?」


 躊躇いない行動に、変に上擦った声が出た。

 位置に着いてからの攻撃が速い。向こうから轟速で飛んでくる複数個の塊に、イオは即座に水の壁を張った。

 下から湧き上がる水に塊が当たり、煙を立てて蒸発していく。どうやら、攻撃は火魔法の基礎である火球のようだ。森の中で放つ魔法ではないと思いつつ、水の壁を維持する。

 次々と蒸発していく火球。水蒸気が重なり合い、視界を白に染めていく。



「やつラダ!」

「にゲロ!」

「逃がさんぞゴブリン共! 全軍突撃!」



 火球を防ぐ間に、ゴブリン達は我先にと逃走し始めた。皆一様に、()()()()()()()()()()()()へ姿を消していく。


 ほぼ同じタイミングで、逆方向から草の音を響かせて数人の人間が出てきた。


 揃いの金属鎧に身を包み、手には武器。恐らく、国に仕える兵士達だろう。

 勢いよく茂みから出てきた兵士達は、イオを凝視し固まってしまった。先頭にいた男など、胸を抑えて膝をついている。

 周りが隊長と呼んでいるから、先程の指示はこの男が出したのだろう。

 兵士達の間に、じわじわと困惑が広がっている。


 ゴブリンを追いかけていたら、代わりに人魚(マーメイド)がいた。


 見た目も性別も何もかも正反対の存在に、頭の回転が追いつかないようだ。


「イオー?」

「ああ、うん。アタシらも」

「美しいマーメイド様ぁ!」

「うおっ!?」


 兵士達を放置して動こうとしたイオの前に、隊長が俊敏な動きで跪いた。あまりの速さに、驚きの声が出た。

 厳つい顔つきに割れた顎が特徴的な男だ。それでいて、イオを熱っぽく見上げる瞳は少年のように純粋に輝いており、ギャップが凄まじい。


「我々、イローニ国騎士団が来たからにはもう安全です! すぐに我々のキャンプ地で保護しましょうそうしましょう!」

「は?」

「わかっております、わかっております! あの野蛮で卑劣なゴブリン共に攫われているのでしょう! 貴女のような美しいマーメイド様が魔の手にかかる前に救助出来た事、騎士名誉につきます!」

「いや、違」

「ゴブリン共め! いつの間にこのような美しいマーメイド様を攫ったのか……許せん! 尚のこと許せん!」

「おい、聞いて」

「マヤ隊員はマーメイド様の保護! 他の者は自分に続けぇ! ゴブリン、滅・殺!」

「「「滅・殺!」」」


 ドドドと足音を立てて、隊長と部下達が奥へと走り去っていく。その後ろ姿を唖然と見つめるしか出来ない。


 イオの話を全く聞かず、自己完結して行動していった。あれが隊長で大丈夫かと疑念を抱いてしまう。


 それ以上に、ゴブリンへの異様な敵意が気にかかる。それは隊長だけでなく、部下達も同じようだった。

 大小あれど、全員がゴブリンへ敵意や殺意を向けている。

 イオとジャピタの餌として、最初から見つけていてもおかしくない程の熱意だ。


「ジャピタ。アイツら見た感想は?」

()()()()()()()()

「そうな」

「何の話ッスか?」


 ジャピタと同じ感想を共有していると、後ろから声をかけられる。振り返った先には、女性兵士が頬を掻いて立っていた。

 肩よりも短い髪は空色で、片目を隠すように前髪の一部だけ長い。凜々しい顔つきながらも、醸し出す雰囲気は真反対で親しみやすそうだ。


「どーも、隊長が言ってたマヤッス。申し訳ないッスけど、一緒に来てもらっていいッスか?」

「悪いけど、見逃してくれないか? コッチにも事情があるから、道草食う時間が勿体ない」

「わかってるッス。でも、あの隊長は人の話、聞かなくてねぇ……おねーさんが居なかったら、また攫われたーって騒いで最悪森に火ぃつけるッスね」

「マジか」

「マジッス。ほの字にもなってたッスからね。だから、一日だけでも居て欲しいッス」


 両手を合わせて頭を下げるマヤ。それを見て、イオは思案する。

 復讐者に早く接触はしたいが、人間側の情報を知るチャンスだ。それに、自分達が抱いた感想が正しいならば、マヤ達のイローニ国が深く関わっているはず。

 横から声かけてくるジャピタの口を塞ぎ、マヤに笑みを返す。


「じゃあ、さっきの奴らが帰ってくるまで、世話になるな」

「マジ感謝ッス! じゃ、自分が背負うッスね」

「いや。アタシらは動けるから必要ない」

「そうッスか? じゃあ、案内するッスよ!」


 マヤがほっとして満面の笑みを浮かべる。

 よほど、あの隊長の対応が面倒なのだろう。少し関わっただけでも疲れる相手だ。十二分にその気持ちがわかる。


 案内すると先を歩き出すマヤの背を見る視線に、若干の哀れみを含ませながら後を追った。



イオが強すぎてラッキースケベなんて無理でした。

この世界の関係図が見えてきたところですね。


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