エピローグ2
エピローグラスト
「部屋に研究者達入れる時に、父親の遺体を運んだって言ってたよな? 二冊目も一緒に移動させただろ?」
「イオさん、イオさん。私、わざわざそんな事しないわ。だって、街がどうなろうと関係ないもの」
「それもそうだろ。アンタの目的は、アランとの仲を邪魔する妹の排除だからな。それも、アランに疑われない為だけに、こんなまだるっこしい方法を選んだ」
ベアトリーチェはまたも答えない。静かに目を瞑り、イオの話を聞き入っている。
妹が強い破邪の力を持っていると、ベアトリーチェは知っていた。アランや本人も、聞かれたら平然と答えていただろう。
それはネルソンの耳にも入っていたはずだ。
名誉を得るには犠牲も厭わない男が、完璧に見せかけた結界の方法を知れば必ず実行する。
そうすれば、妹が人柱に選ばれる可能性は非常に高い。
そして、ベアトリーチェの望むままに事態は動いた。
「二人が反対してた事も、アンタの計画にはプラスに働いた。少しでも結界計画に疑念を抱かせれば、アランは性格上それしか考えなくなる。つまり、恋愛する余裕なんてなくなるはずだ」
アランが他の女と恋愛関係になる。ベアトリーチェが力のコントロールを失う程に、恐れていた事だ。
それを阻止する為に、不完全な結界の術がネルソンへ渡るようにしたのだ。
納得できない妹の死は、アランの思考を殆ど埋めつくしていた。屋敷によく訪ねていたのは、少しでも妹の思い出に浸りたかったのだろう。
「それも、アンタの計画通り。ここまでして、アイツが欲しかったのか?」
言いながら、目の前のカップを空いている手で握る。
カップを通り越し、中に漂っていた物を手に集めた。
このグローブも、イオが扱う邪神が武器の一つだ。
普段は膝裏の鎖の先に繋いであるグローブ。これは、魂そのものに手を加えられる変わった獲物である。
集めた物に力を加えて固め、ベアトリーチェの目線の高さで開いてみせる。
歪で平べったい形の、金色の紙に近い何か。ベアトリーチェの周りで可視化している魂と同じ物だ。
「アンタ、紅茶に自分の一部を溶かし混ぜてたようだな。若干のえぐみがあったが、最初からこの味として飲めば気づかないだろう。で、少しずつ、アランをこちら側に近づけさせてた。なかなか、えぐい策を練った物だ」
だから初めてあった際、気配で人間だと確定できなかった。
あの時点で、魂は殆どこちら側に変異していたのだ。その状態で死ねば、ゴーストになるのは必然だ。
今回の事件がなくても、アランはあと数年の命だっただろう。
魂がゴーストになりきり、肉体から勝手に離れる。そのまま急死として扱われ、戸惑うアランを慰める体で街のお守りを辞める。
結局、街の滅びも逃れられない運命だったのだ。
手を傾ければ、ベアトリーチェの一部がキラキラと輝きながら床に落下する。
それを見届けてから、相手へ向き直った。
表情が抜け落ちている。
そこに子供特有の無邪気さはなく、相手の腹を探り合う大人の表情だ。
図星をつかれ、こちらの狙いを伺っているのだろう。
狙いなど、特にない。ただ、邪神がゴーストの手のひらで踊っていた事実が不満で、鼻をあかしてやっただけに尽きる。
口角を上げ、挑発するように笑みを返す。暫く無言で向き合うイオとベアトリーチェ。
やがて、ベアトリーチェが小さく息をついた。
「アランには言わないでくれるかしら」
「ああ。今更だからな。終わった事を掻き回す趣味もない」
「ありがとう。それと一つ。訂正よ、訂正」
そこで一度言葉を切り、言葉を続けた。
「お父様はやろうとしていたわ。近くから幼い子供を攫って、この屋敷に結界を貼ろうとしていたの」
「その痕跡はなさそうだが?」
「当たり前よ、当たり前。その時点でお父様は死んでいたもの」
あっさりと告げているが、重要な事実が含まれている。だが、イオはその可能性は視野に入れていた。
狂気的なまでに研究に没頭していた人間。ゴーストになっていてもおかしくは無い。
「自分がゴーストだと気づいてなかったのか……」
「そうよ、そう。力もそこまで強くなくて、屋敷から出られなかったみたい。必死で外に出ようとする姿がとても惨めで………………だから、消したわ」
最後の言葉には、何の感情も込められていなかった。
お仕置き、メッてする。そういう風に暈していた事実をはっきり言うあたり、本気だと見受けられる。
ただ、本当に哀れに思ったからなのか、生前の行いに対しての憎しみなのか。そこまで聞く理由も好奇心もない。
喉を潤す為にローズティーを飲む。異物を取り除いた紅茶は、えぐみもなく美味い。
飲み干してから、改めてベアトリーチェを見据える。
じっと見つめ合い、耐えきれなくなったベアトリーチェがにこりと笑った。
「ふふっ。イオさんは話が早くて嬉しいわ」
「そりゃどうも。で、満足か?」
機嫌がいいところで、最初の質問を繰り返す。今なら、はぐらかさずに答えるだろう。その位の軽い気持ちだ。
一瞬きょとんとした後、ベアトリーチェは俯いて笑い始めた。大きな声を出さないように、それでも堪らないという様子。無言で眺めているイオ。
少しして、ベアトリーチェは顔を上げた。真っ直ぐにイオを見つめ、答えを返す。
「満足に決まっているわ! だって、愛おしい人がやっと手に入ったのだもの! これから先、ずっとずっと、ずーっと一緒! 今なら、お父様の気持ちがとてもよくわかるわ……!」
呼吸を荒くし、熱く語るベアトリーチェ。大きく開いた目には光がなく、恍惚と輝いている。
その姿は、話だけしか知らないベアトリーチェの父親と同じに思える。
ベアトリーチェに目をつけられたが、アランの運の尽きだろう。しかし、アラン本人は鈍感。その上、ベアトリーチェや他のゴースト達がバレるようなヘマをするとは思えない。
ならば、幸せだと言えるだろう。未だに練習している一人と一匹へ視線を向け、近くにあった茶菓子を頬張った。
純粋すぎる愛は、時に狂気を孕む。
これにて、第2話完結です!
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