10.ネルソン視点
ざまぁタイム突入
それから数年で、街は大きく発展した。ネルソンが自分のアイディアを実践し続けた結果だ。
多少の犠牲で、同期よりも大きく伸びた街。
自分は間違っていなかったと、自信が湧いてくる。言う事を聞く部下、太鼓持ちの部下の拍手が心地よかった。
だが、まだ足りない。歴史に名前を刻むにはまだ遠く、決定打に欠ける。
悩むネルソンに、またもや神が味方した。
ある日、執務室にあった本棚から一冊の本が落ちていた。
落ちた拍子に開かれたページには、大昔に滅んだ大国について書かれていた。
滅んだ原因は不明だが、建国からその時まで魔獣の被害はなかったと言われている国だ。『平和の国』の代名詞でもある国名に、歴代の王の名が連なっていた。
これだ。ネルソンは思わぬ天啓に口角を上げた。
魔獣被害とその対策は、世界共通の議題である。画期的な対策が取れれば、誰もがネルソンへ尊敬の眼差しを向けるはずだ。
翌日から、通常業務以外にも魔獣対策が仕事に加わった。過去の資料を漁り、部下と話し合う。
その過程で、この近くに住んでいたマッダー子爵が研究していた事実に辿り着いた。
その場所に覚えがある。ゴーストが住み着いていた屋敷だ。
追い風が吹いていると、ネルソンはゴースト担当の部下と研究者を意気揚々と命を下した。
何かの手がかりになればいい。
そう考えていたがまさか、その国に暮らしていた人物の日記が出てくるとは思わなかった。
すぐに解読させ、『平和の国』のカラクリが明るみにさせる。
破邪の力を持つ乙女を、結界に組み込ませる。
そんな簡単な事でいいのか。
報告を聞きながらほくそ笑んだ。
莫大な費用と時間に部下達は渋っていたが、その時に魔獣の大量発生がこの近辺で起きるとの予言がされた。すると、すぐに掌を返した。
今までネルソンの効率策を行っていた連中だ。急を要する必要があるのならば、計画自体に反対する理由はない。
研究者達との議論から、必要な人柱は七人だと推測する。
金で素質を判断できる人間を雇い、適当な名目で町人達を判別させた。破邪の力を持つ人間は、十人に一人位の確立だ。それも、乙女と性別の指定まである。
最悪、他の街を探す必要が出てくる。しかし、ネルソンが発展させただけあって、町民も多い。無事に条件に合う女性を見つけられた。
やはり、効果を考えれば力が強い方がいいだろう。そう考えた時、いの一番に出てくるのはゴースト担当の妹だ。
部下である兄と共にこの計画に猛反発しているが、とても強い力を持っている。
様々に手を変えて説得をしたが、兄妹揃って首を縦に振らない。
ネルソンの頭に計画の中止はない。
だから、実力行使に迷いはなかった。
兄を眠らせ、妹をすでに刻んだ魔方陣の上に放り込む。女の抵抗など、男数人がかりで封じ込められた。
逃走防止の陣を囲んで書いていたお陰で、儀式は無事に遂行された。
光に包まれる中、鬼のような形相で何かを叫びながら水晶体へと変化した乙女。
防音の術式も組み込んでいなければ、どれほどの断末魔が響いたなど考えたくない。
結界の効果は絶大だった。魔獣の姿さえ見えない街は、人々の憧れを集めていく。
それが自分の名声になると、ネルソンは愉快で仕方なかった。
そして現在。現国王という雲の上の人物が、目の前に居るのだ。カルオと数言を交わしただけで、互いに同類とわかった。
部下の告発というイレギュラーはあったが、軌道修正は成功しているはずだ。
よって、今後の飛躍が目に浮かぶのだ。待ち遠しくて堪らない。
浮き足立つ心のまま、カルオを最後の紹介場所へ案内する。
町中央の水晶体だ。最も破邪の力を持っていた乙女、部下の妹の成れの果てだ。
他の六人もそれぞれ所定の位置で水晶体と化している。
結界の効果がない今、ただの観光名所にしかならない。
しかし、この大きさの水晶体は珍しいようで、カルオが値踏みしてから唸った。
「質のいい水晶だのう! 高く売れるに違いないわい!」
「残念ながら、結界の要でもあるので……」
「ああ、うむ。それは致し方ない」
露骨に残念な顔をするカルオだが、こればかりは譲れない。
表向きは、結界の効果で平和を保っているのだ。それが無ければ、ネルソンも即座に売りに出しただろう。
商人の目で見れば、最高品質に値する代物だ。観光名所としても話題を呼んでいる。
いい事ばかりだと、カルオと共に素晴らしい水晶を見上げた。
パキン、と水晶がひび割れた。
「は……」
「え……?」
思わず声が漏れた。目から入る情報に、処理が追いつかない。
ネルソンもカルオも眺めていただけで、何もしていない。何かが起きた様子もなかった。
にも関わらず、水晶体が真っ二つに割れている。形はまだそのままだが、大きなヒビから細かいヒビが枝分かれしながら端に進んでいる。
破片となって崩れるまで間もないとわかってしまった。
「な、何が……!?」
ネルソンの疑問に答える人はいない。
代わりに、獣の咆哮が轟いた。
久しく聞いていない、魔獣の声。それも、複数種類いるようで、様々な鳴き声が木霊している。遠くからでも迫力がある様に、力が抜けて尻もちをついた。
「ま、魔獣……」
「おい、何とかせんか……!」
カルオが震えながらネルソンの肩を掴む。
無理だ。街の住民は皆、平和ボケしている。
名ばかりの自警団では、魔獣一匹でも倒せれば御の字だ。
生き延びる為には、逃げるしかない。頭ではわかるが、体が動かない。
魔獣の襲来という事実だけで、ネルソンの気力は殆ど失われた。自分の長年の計画が、一瞬で水の泡になったのだ。
呆然とひび割れた水晶体を見つめるネルソン。
不意に、足元を掴まれた。
「ヒィッ!」
「えっ」
カルオがか細い悲鳴を上げて自分から遠のく。反動で座り込み、両手をついた。
この場には、ネルソンとカルオの二人しかいない。
ならば、自分の足を掴む手の主は。
真夏のホラー