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ベアトリーチェ回想終了
「以上よ、以上。ふぅ…………初めて話したからか、とても長くなってしまったわ」
そう言って、ベアトリーチェはカップへ口をつける。
長話で乾いた喉に温くなった紅茶が潤いを与える様を、イオは眺めていた。
カップを置いた瞬間を見計らい、ようやく声を出す。
「その話、何年前だ?」
「確か……十年は経っていたはずよ、はず」
「その間、街の人間達は普通に暮らしていた、と」
「そうよ、そう。メッてした魔獣も、見つからないようにしているわ」
「大量発生は?」
「結界ができてから、半年後くらいにあったわ。とても数が多くて、ちょっと疲れたのよ」
小さく舌を出して肩を竦めるベアトリーチェ。可愛らしい仕草だ。子供らしい部分も流して、イオは話を整理する。
聞いている限り、大半は正しい事実だろう。思っていた以上の収穫に、茶を付き合った甲斐が有った。
だが、いくつか引っかかる所もある。簡単に鵜呑みには出来ない。
口元に手を当て考える。
街の人間に話を聞きたいが、その方法が難しい。
姿が見えなくても、明らかに人外の姿で街に入ることをベアトリーチェは許さない様子だ。
正面突破の方法としては、人間の振りをすればいい。
イオは足元まで覆う服で尾鰭を隠せば問題ない。しかし、ジャピタはどうしようと目立つ。
ぬいぐるみの振りもできないだろう。だからといって、別行動は不可能だ。
力の源が遠のけば、イオの力は急速に弱まる。また、ジャピタを一人にしておいたら、何が起きるかわからない。
銃火器を持たせた分別付かない子供を、一人きりにするような行為だ。
危険な事には違いない。
「ガワがあれば……ま、無い物ねだりは仕方ないな」
「カワ?」
「あら、魔獣の毛皮でしたらあるわよ?」
「毛皮ではないから、必要ない」
つい呟いてしまったが、二人揃って勘違いしてくれた。
幸運に感謝しつつ、温い紅茶を飲み干す。
カップが空になったことで、執事が新しいティーポットを持ってやってきた。一緒に、ジャピタが食べ尽くした菓子の追加まである。
実に有能だと、注がれる紅茶を見ながら自分の相棒と見比べる。
茶菓子のセットと紅茶のお代わりを注いだ執事は、ベアトリーチェに一礼をするとそっと耳打ちをした。
それを聞いたベアトリーチェの顔が輝いていく。足をばたつかせ、髪を弄り、先程の落ち着きが嘘のようだ。
同時に、屋敷の方から人間らしきの気配が近づいて来ていた。二つの情報から、即座に判断する。
「アランって奴か?」
「ええ、ええ! ねぇ、私の身嗜みは問題ないかしら?」
「多分」
冷たい返答になってしまったが、正直な所、イオはファッションに興味がないから答えようがないのだ。
魚の性分か、肌に着く面積は極力減らしたい方である。
ただ、ベアトリーチェは気にせずに自分の見える範囲で整え始めた。
やがて、扉が開く音と一緒に息を飲む音がした。
「アラン!」
「リーチェ……?」
嬉しさを前面に出したベアトリーチェと違い、アランの声は動揺していた。横目で見れば、イオを見て唖然としている。
臙脂色の髪は綺麗に整えられており、程よい筋肉が服の上からでもわかる。腰に備わっている剣が得物なのだろう。
それよりもイオの目を引いた点は、見た目の年齢だ。
しっかりとした顔付きや雰囲気から、想定は三十代半ば。思っていたよりも歳がいっている。
侍女に案内され、テーブルに近づくアランに会釈する。事情を求めてベアトリーチェに目線を送っているが、相手は気づいていないようだ。
代わりにイオが口火を切る。
「この辺に来たばかりの人魚だ。情報をもらう為、テーブルに着かせてもらってる。黒いのはアタシの連れ。アンタの話も聞かせてもらったよ」
「そう、か! 初対面で失礼だった、すまない」
「構わない」
危険ではないと判断され、アランの緊張が解けたようだ。
椅子に座り、出された紅茶を飲み出す。それを満面の笑顔でベアトリーチェは眺めていた。
アランという第三者の来訪は有難い。人間視点の話が聞ける。
しかし、ベアトリーチェの琴線には気をつける必要がある。
質問を絞っている間に、アランがベアトリーチェに話しかけた。
「リーチェ。実は、大変な事になったんだ」
「あら、あら。アランがそう言うなんて、余程のことなのね?」
「そうだ。結界の効果に、国王が目をつけたみたいだ。一ヶ月後、視察に来るとネルソン町長が言っていた」
「まぁ、まぁ!? でも、王様よ、王様。そんな酷い事をするはずないわ」
「俺もそう思いたい。けれど、ネルソン町長の話ぶりでは、前向きに検討しているらしい」
「なんてことなの……!?」
悲痛な顔で静かに告げられた内容に、ベアトリーチェは口に手を当てて驚く。
話に関わっていないイオも、事態の重さに一瞬硬直した。
国王もネルソンと同様、少数の犠牲による絶対安全を取りたいようだ。アランにすれば、また犠牲者が出ると不安だろう。
だが、裏事情を知っている者からすれば、この方法は悪戯に犠牲者を出すだけだ。
何せ、魔獣はベアトリーチェが片しているに過ぎない。それも、恋するアランの為だ。
国相手に、ベアトリーチェが動く理由にならない。
「結界、そんなにいい物なのか?」
「できてから、魔獣の姿を見てない。おかげで、街の人々はのびのびと暮らせている。平和すぎて、俺以外は誰も彼もがまともに訓練もしていない」
「クズだな」
聞いた瞬間に暴言が飛び出た。
反論せずに頷くあたり、アランも似た思いを抱えているのだろう。
「リーチェ? どうした?」
ベアトリーチェの方を見て、アランが慌てて声をかける。見れば、俯いて小刻みに震えていた。
その様を後目に、イオは口の乾きを潤す。
恋は盲目というが、正しくベアトリーチェがそうだ。
アランの為にと、結界の効果を完璧に仕立てあげてしまった。魔獣被害が何年も出ない方法など、どこの国からも喉から手が出る程に欲しい代物に決まっている。
その先を考えず、目先のアランを悲しませない為に動く。
結果、状況の悪化。子供らしい視野の狭さだ。
震えているのは嘘に対しての罪悪感か、後悔か。
ベアトリーチェはゆっくりと、唇を震わせながらも声を出した。
「ごめん、なさい……!」
口から出た言葉は謝罪だった。抱えきれなくなったのだろう。
戸惑うアランの前で、ベアトリーチェは隠していた真実を暴露し始める。
正しい結界が張れていない事。
逆に魔獣を呼び寄せる事。
今まではベアトリーチェが魔獣を消していた事。
そして、結界から漏れる怨嗟の声から、フラン達は強制的に人柱にされた事。
事実を知るにつれ、アランが顔色を失っていく。
全て話し終え、ベアトリーチェは祈るように震える手を胸の前で組んだ。
あまりの真実に力が入らないのか、アランが椅子に座るように腰を抜かす。そのまま白い顔を抑えて天を仰ぐ。
「フラン………………」
小さく呟くアランの頬を、一筋の涙が伝う。ベアトリーチェは俯いたままだ。
妙な沈黙がテーブルを覆う。
空気を読まないジャピタが菓子の咀嚼音が響く中、アランがベアトリーチェに改めて向き直った。
すっと伸ばされる手に、ベアトリーチェは体を縮こませる。しかし、その手はベアトリーチェの頭を優しく撫でた。
「すまない、リーチェ。一人だけに、こんな重荷を背負わせてしまって……申し訳ない」
「アラン……」
「真実を知った今、俺はやるべき事をやる。応援してくれないか?」
「勿論よ、勿論!」
いい雰囲気で終わった話に、芝居でも見ている気分だ。
口を挟まないように手をつけた菓子を食べきり、近くの執事を手招きで呼ぶ。
近づいてきた執事に耳を貸すよう手を動かし、小声で問いかけた。
「先に帰らせてもらうけどいいよな? それと、この近くに水が溜まっている場所はないか? できれば、人気がない場所がいい」
「それでしたら、馬車で一時間ほどの場所に泉があります。食すと全身麻痺を起こす毒草の群生地でして、気味が悪いと近づく人は殆ど居ません」
「それはいいな。ベアトリーチェにはそっちのタイミングで、アタシらは帰ったと言っておいてくれ」
「畏まりました」
執事の鏡のようなゴーストだ。教えられた場所は、水を利用して移動すれば十数分ほどで着きそうだ。
ジャピタの首根っこを掴み、その場からゆっくりと離れる。
完全に見えなくなったところで、水魔法を発動させた。
空高く飛び、水の流れに合わせて加速し泳ぐ。
グングンと離れる街に、ジャピタが今更ながらに驚いて体を捻る。
「エサー! エサー!」
「暫く待ちな」
「ナンデー!?」
「あの男が動くとしたら、国王が来た時。その時に、状況がかなり変わる筈だ。そのまま、上手くいけば……」
「イケバ?」
反復するジャピタに、イオは口の端を上げて答える。
「餌が増える」
情報から得た予感、それよりも確信に近い。とりあえず、今は潜伏時期だ。
イオは足取り軽く泉を目指した。
お兄さんと幼女の組み合わせは最高
できるだけお兄さんの歳が上だとなお良い(個人談)
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