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6

ベアトリーチェ回想終了

 


「以上よ、以上。ふぅ…………初めて話したからか、とても長くなってしまったわ」




 そう言って、ベアトリーチェはカップへ口をつける。

 長話で乾いた喉に温くなった紅茶が潤いを与える様を、イオは眺めていた。

 カップを置いた瞬間を見計らい、ようやく声を出す。


「その話、何年前だ?」

「確か……十年は経っていたはずよ、はず」

「その間、街の人間達は普通に暮らしていた、と」

「そうよ、そう。メッてした魔獣も、見つからないようにしているわ」

「大量発生は?」

「結界ができてから、半年後くらいにあったわ。とても数が多くて、ちょっと疲れたのよ」


 小さく舌を出して肩を竦めるベアトリーチェ。可愛らしい仕草だ。子供らしい部分も流して、イオは話を整理する。



 聞いている限り、()()()正しい事実だろう。思っていた以上の収穫に、茶を付き合った甲斐が有った。


 だが、いくつか引っかかる所もある。簡単に鵜呑みには出来ない。

 口元に手を当て考える。


 街の人間に話を聞きたいが、その方法が難しい。

 姿が見えなくても、明らかに人外の姿で街に入ることをベアトリーチェは許さない様子だ。


 正面突破の方法としては、人間の振りをすればいい。


 イオは足元まで覆う服で尾鰭を隠せば問題ない。しかし、ジャピタはどうしようと目立つ。

 ぬいぐるみの振りもできないだろう。だからといって、別行動は不可能だ。

 力の源が遠のけば、イオの力は急速に弱まる。また、ジャピタを一人にしておいたら、何が起きるかわからない。

 銃火器を持たせた分別付かない子供を、一人きりにするような行為だ。

 危険な事には違いない。


()()があれば……ま、無い物ねだりは仕方ないな」

「カワ?」

「あら、魔獣の毛皮でしたらあるわよ?」

「毛皮ではないから、必要ない」


 つい呟いてしまったが、二人揃って勘違いしてくれた。

 幸運に感謝しつつ、温い紅茶を飲み干す。


 カップが空になったことで、執事が新しいティーポットを持ってやってきた。一緒に、ジャピタが食べ尽くした菓子の追加まである。

 実に有能だと、注がれる紅茶を見ながら自分の相棒と見比べる。


 茶菓子のセットと紅茶のお代わりを注いだ執事は、ベアトリーチェに一礼をするとそっと耳打ちをした。

 それを聞いたベアトリーチェの顔が輝いていく。足をばたつかせ、髪を弄り、先程の落ち着きが嘘のようだ。



 同時に、屋敷の方から人間()()()の気配が近づいて来ていた。二つの情報から、即座に判断する。



 

「アランって奴か?」

「ええ、ええ! ねぇ、私の身嗜みは問題ないかしら?」

「多分」


 冷たい返答になってしまったが、正直な所、イオはファッションに興味がないから答えようがないのだ。


 魚の性分か、肌に着く面積は極力減らしたい方である。

 ただ、ベアトリーチェは気にせずに自分の見える範囲で整え始めた。



 やがて、扉が開く音と一緒に息を飲む音がした。



「アラン!」

「リーチェ……?」


 嬉しさを前面に出したベアトリーチェと違い、アランの声は動揺していた。横目で見れば、イオを見て唖然としている。

 臙脂色の髪は綺麗に整えられており、程よい筋肉が服の上からでもわかる。腰に備わっている剣が得物なのだろう。


 それよりもイオの目を引いた点は、見た目の年齢だ。


 しっかりとした顔付きや雰囲気から、想定は三十代半ば。思っていたよりも歳がいっている。

 侍女に案内され、テーブルに近づくアランに会釈する。事情を求めてベアトリーチェに目線を送っているが、相手は気づいていないようだ。

 代わりにイオが口火を切る。


「この辺に来たばかりの人魚(マーメイド)だ。情報をもらう為、テーブルに着かせてもらってる。黒いのはアタシの連れ。アンタの話も聞かせてもらったよ」

「そう、か! 初対面で失礼だった、すまない」

「構わない」


 危険ではないと判断され、アランの緊張が解けたようだ。

 椅子に座り、出された紅茶を飲み出す。それを満面の笑顔でベアトリーチェは眺めていた。



 アランという第三者の来訪は有難い。人間視点の話が聞ける。

 しかし、ベアトリーチェの琴線には気をつける必要がある。

 質問を絞っている間に、アランがベアトリーチェに話しかけた。


「リーチェ。実は、大変な事になったんだ」

「あら、あら。アランがそう言うなんて、余程のことなのね?」

「そうだ。結界の効果に、国王が目をつけたみたいだ。一ヶ月後、視察に来るとネルソン町長が言っていた」

「まぁ、まぁ!? でも、王様よ、王様。そんな酷い事をするはずないわ」

「俺もそう思いたい。けれど、ネルソン町長の話ぶりでは、前向きに検討しているらしい」

「なんてことなの……!?」


 悲痛な顔で静かに告げられた内容に、ベアトリーチェは口に手を当てて驚く。

 話に関わっていないイオも、事態の重さに一瞬硬直した。



 国王もネルソンと同様、少数の犠牲による絶対安全を取りたいようだ。アランにすれば、また犠牲者が出ると不安だろう。


 だが、裏事情を知っている者からすれば、この方法は悪戯に犠牲者を出すだけだ。

 何せ、魔獣はベアトリーチェが片しているに過ぎない。それも、恋するアランの為だ。



 国相手に、ベアトリーチェが動く理由にならない。




「結界、そんなにいい物なのか?」

「できてから、魔獣の姿を見てない。おかげで、街の人々はのびのびと暮らせている。平和すぎて、俺以外は誰も彼もがまともに訓練もしていない」

「クズだな」


 聞いた瞬間に暴言が飛び出た。

 反論せずに頷くあたり、アランも似た思いを抱えているのだろう。


「リーチェ? どうした?」


 ベアトリーチェの方を見て、アランが慌てて声をかける。見れば、俯いて小刻みに震えていた。

 その様を後目に、イオは口の乾きを潤す。





 恋は盲目というが、正しくベアトリーチェがそうだ。





 アランの為にと、結界の効果を完璧に仕立てあげてしまった。魔獣被害が何年も出ない方法など、どこの国からも喉から手が出る程に欲しい代物に決まっている。


 その先を考えず、目先のアランを悲しませない為に動く。

 結果、状況の悪化。子供らしい視野の狭さだ。


 震えているのは嘘に対しての罪悪感か、後悔か。

 ベアトリーチェはゆっくりと、唇を震わせながらも声を出した。





「ごめん、なさい……!」





 口から出た言葉は謝罪だった。抱えきれなくなったのだろう。

 戸惑うアランの前で、ベアトリーチェは隠していた真実を暴露し始める。





 正しい結界が張れていない事。

 逆に魔獣を呼び寄せる事。

 今まではベアトリーチェが魔獣を消していた事。

 そして、結界から漏れる怨嗟の声から、フラン達は強制的に人柱にされた事。






 事実を知るにつれ、アランが顔色を失っていく。

 全て話し終え、ベアトリーチェは祈るように震える手を胸の前で組んだ。

 あまりの真実に力が入らないのか、アランが椅子に座るように腰を抜かす。そのまま白い顔を抑えて天を仰ぐ。


「フラン………………」


 小さく呟くアランの頬を、一筋の涙が伝う。ベアトリーチェは俯いたままだ。


 妙な沈黙がテーブルを覆う。

 空気を読まないジャピタが菓子の咀嚼音が響く中、アランがベアトリーチェに改めて向き直った。

 すっと伸ばされる手に、ベアトリーチェは体を縮こませる。しかし、その手はベアトリーチェの頭を優しく撫でた。


「すまない、リーチェ。一人だけに、こんな重荷を背負わせてしまって……申し訳ない」

「アラン……」

「真実を知った今、俺はやるべき事をやる。応援してくれないか?」

「勿論よ、勿論!」


 いい雰囲気で終わった話に、芝居でも見ている気分だ。

 口を挟まないように手をつけた菓子を食べきり、近くの執事を手招きで呼ぶ。

 近づいてきた執事に耳を貸すよう手を動かし、小声で問いかけた。


「先に帰らせてもらうけどいいよな? それと、この近くに水が溜まっている場所はないか? できれば、人気がない場所がいい」

「それでしたら、馬車で一時間ほどの場所に泉があります。食すと全身麻痺を起こす毒草の群生地でして、気味が悪いと近づく人は殆ど居ません」

「それはいいな。ベアトリーチェにはそっちのタイミングで、アタシらは帰ったと言っておいてくれ」

「畏まりました」


 執事の鏡のようなゴーストだ。教えられた場所は、水を利用して移動すれば十数分ほどで着きそうだ。


 ジャピタの首根っこを掴み、その場からゆっくりと離れる。

 完全に見えなくなったところで、水魔法を発動させた。

 空高く飛び、水の流れに合わせて加速し泳ぐ。

 グングンと離れる街に、ジャピタが今更ながらに驚いて体を捻る。


「エサー! エサー!」

「暫く待ちな」

「ナンデー!?」

「あの男が動くとしたら、国王が来た時。その時に、状況がかなり変わる筈だ。そのまま、上手くいけば……」

「イケバ?」


 反復するジャピタに、イオは口の端を上げて答える。






()()()()()






 情報から得た予感、それよりも確信に近い。とりあえず、今は潜伏時期だ。

 イオは足取り軽く泉を目指した。



お兄さんと幼女の組み合わせは最高

できるだけお兄さんの歳が上だとなお良い(個人談)


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