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プロローグだけだと分かりにくいのでもう1話上げます

 


 深い森林はまともに歩けそうな道が細く、あちこちで生物の咆哮が聞こえてきた。

 近くから生物が来る気配がない事を確認し、世界を渡った力を抑える。


 力を抑えるに連れて角と鎖は消え、目の白黒の反転が元に戻っていった。


 しかし、通常の見た目とはいえ人魚(マーメイド)。このような森の中にいるはずがない。

 機嫌が良さそうなジャピタの額部分を指で弾けば、甲高い声で喚きだした。


「ギャー! ヒドイ!?」

「降りる場所は考えろって言ってるだろ!? 人魚(マーメイド)が森の中にいるか、普通?」

「エサ、チカク! ニンギョ、イオ、イル!」

「アンタの所為だろが!」

「ビャー!」


 左手でジャピタを拘束し、連続で額を弾いた。

 このやり取りは何度も行っているが、理解する知力がないらしい。イオの完全な憂さ晴らしも、ジャピタが察する事はないだろう。

 幾分か気分が晴れたイオは、ジャピタの首根っこを掴みながら魔力を練る。




 多くの世界で、人間と異形の間にいる種族は魔法が使えると言われている。イオも例外ではない。




 イオが使用できる魔法は、主に水魔法。掌に集めた魔力を水へ変換させ、自身の身体にまとわせる。

 物の数秒で、イオは水球に包まれた。地面より少し浮いた水球は、イオの泳ぎに合わせて進む。



 陸上でも簡単に移動する為の術だ。

 動く際に発動、尾を地面につけたら解除。その流れは意識せずとも、呼吸のように当たり前の行動になっている。


 無言でジャピタを見下ろせば、独特の頭で方向を示す。そちらへ向けて、移動を始めた。




 木々を縫うように泳ぐイオに、足下の悪さなど関係ない。人が歩くよりも速く駆け抜ける姿は、見る者が居れば目を奪われただろう。

 幸運にも、人どころかこの辺りに生息しているだろう生物達にも見つからなかった。後者はともかく、前者は完全な運なのでありがたい。


 少しして、拓けた場所に出た。むき出しの地面に、側にそそり立つ崖。

 そして、ボロボロの人型が血を流して倒れていた。


「シタイ?」

「いや、ギリギリセーフだな」


 首を傾げるジャピタとは反対に、イオは冷静に判断する。そのまま人型に近づき、水球を消して地面に降り立った。


 細身の男だ。全身に土や傷がついており、特に頭部の傷が深い。

 血の海がそこまで広がっていない事から、怪我をしてから時間は経っていないようだ。

 放置すれば確実に死ぬ。そう判断したイオは、人差し指に水を作り、宙に円を描く。端と端が繋がると同時に、水の輪が別空間との入り口になった。



 空間魔法、アイテムボックス、様々な呼び方があるが、イオは収納魔法と呼んでいる。

 魔力に比例した大きさの、自分だけが自在に物を取り出しできる空間だ。



 そこに躊躇なく腕を突っ込み、手探りで目的の物を取り出す。

 ガラスの小瓶に入った、青い液体。蓋を取り、躊躇なく男の口に注ぎ込んだ。


「フルポーション! スグ、ナオル!」

「だからフルって名前が付いてんだろ」


 ジャピタの言葉を雑に返す。

 フルポーションは簡単に言えば、完全回復薬だ。魂と心臓があれば、これ一つで元に戻るほどの効果を持つ。

 紛い物なども多いが、そんなヘマをするイオではない。


 見る見る傷が癒えていく男に、ジャピタが鼻歌交じりで身体を揺らす。()()()()だ。万全の状態であって欲しいのだろう。


 だが、懸念事項がある。頭部への強い衝撃と、自分達が嗅ぎつけるほどの想い。それが合わされば、一つの嫌な可能性が出てくる。




 外れて欲しいと願いながら、改めて男を注視した。




 オリーブ色の髪を伸ばし、軽く結んで前に垂らしている。その途中から飛び出す、長い耳。固く閉じられた目の色はわからないが、まるで眠り姫のように中性的な美形だ。

 すれ違う女性の視線を全て奪い、それが相手の居ない乙女ならば目を輝かせて狙いをつけるだろう。それほどまでに、人を狂わせる魅力がある。


 エルフ、あるいは耳長族と呼ばれる種族だ。基本的には他種族を避け、森の中でひっそりと暮らす見目麗しい長命種。

 それが一人で、得意な森林地帯で落下し倒れている。詳しい事はこれから聞くとしても、大まかな見当だけは付いた。


 本人と着ているローブに、魔力残滓がある。恐らく、ダメージ軽減等の魔法がかかっていたに違いない。だとすれば、このエルフは冒険者と推測できる。

 近くに武器らしい物はないが、崖の上に残っている可能性もある。そう思い視線を崖へと向けた。なかなかの高さだ。即死しなかった事が奇跡に近い。




「ん…………?」




 怪我も体力も戻ったエルフが身動ぎし、直後にゆっくりと瞼を開けた。髪よりも明るい色の瞳が、不安げに辺りを見渡す。

 そしてイオを見上げ、言葉を探り始めた。それを見て、イオはため息をつく。




 自分の勘が当たったようだ。





「アタシとアンタは初対面だ。で? 何も覚えていない感じか?」

「わかるのですか……?」


 間抜け面のジャピタは無視し、目を丸くするエルフに説明をしてやる。


「アタシを怪しまない時点でわかるよ。森の中に、知り合いでもない人魚(マーメイド)。普通は警戒するだろ? でも、アンタは警戒どころか放心だ。ま、頭を強く打ってたようだから、嫌な予感はしてた」

「怪我………きみが、治療をしてくれたのですか?」

「ポーションをぶち込んだだけだ」


 肩を竦めてそう言えば、エルフはそれ以上何も言ってこない。腑に落ちないという顔をしているが、聞くのは野暮だと判断したのかもしれない。



 エルフへの説明に嘘はない。ただ、隠しているだけだ。



 一番の理由は、自分達が惹かれたはずの感情が欠片もなくなっているからだ。それを言えば、今の状態のエルフはイオ達を拒絶する。


 だからこそ、イオはそこには触れない。

 なおかつ目的を果たす為には、面倒でも迅速にエルフに記憶を取り戻させる必要がある。



 本当に面倒である。少し苛立ったので、ジャピタの顔をつねった。

 大げさに痛がるジャピタをよそに、エルフは自分の身体を確認している。そして、肩に掛かる髪を取って凝視し始めた。


「…………オリーブ」

「ああ、髪色がそうだな」

「そう、この髪色で、そう名付けられましたそれだけは、はっきりとわかります」


 そう呟くオリーブは、どこか悲しげだ。自分がわからないという事は、かなりの苦痛のはずだ。


「オリーブか。アタシはイオ。他にわかる事は?」

「……一般的な事は。だけど、私自身になると……」

「ぱっと見、アンタは冒険者のようだ。そこら辺はわかるか?」

「冒険者……」


 オリーブは半信半疑で自分の身体を見る。ローブ越しでも華奢な体つきだから、いまいち想像できないようだ。

 それでも、少し考え込んでイオの質問に答える。




 冒険者は、中規模以上の町に設置されたギルドに登録された職業らしい。

 仕事内容は商人や貴族の護衛、未知の場所の探索、素材の採取など。魔物と呼ばれる危険な生命体がおり、それらと戦うイメージが一般的な認識だそうだ。


 発生原理が解析されてはいないが、スライムといった特殊な生態を除き、魔物は動物に近い形をしているとのことだ。

 そう聞くと、魔獣と言った方が正しいかもしれない。

 それを踏まえた上で、人型を取る獣人やエルフ、マーメイドなどは亜人に分類されるそうだ。

 冒険者と魔物にはそれぞれランクがあり、F~SS級に分かれている。上に行くほど強くなり、尊敬を集められるようになるという。




「ランクねぇ……それ、すぐに分かるか?」

「いえ、ギルドカードに記載があるはずです。しかし、今の私は持っていなさそうです」

「じゃあ、手荷物の方か。手ぶらで山に入るわけないからな。多分、崖の上にあるだろ」


 実際、オリーブは文字通り身一つだ。その状態で旅をするのは、限りなく不可能に近い。

 イオに言われて気がついたらしく、振り返って切り立った崖を見上げた。目を見開き、慄いて震えている。

 今の時間が奇跡だと実感したようだ。


「感動のとこ悪いけど、さっさと上に行くよ」

「しかし……道がわからないのです。それに、私の亊に君たちを巻き込むのも」

「今更だ。気にしなくていい」

「ハヤク、モドス! エサ、タベングッ」

「余計な事を言うな」


 ジャピタの顔を片手で掴み、無理矢理言葉を止めた。幸い、オリーブは首を傾げるだけだった。

 黙っていろと目で圧をかけ、頷きを確認してから放す。変に動かない方がいいと、イオの首にまとわりついた。お気に入りらしく、よくこのポジションにつく。

 それを横目に、オリーブに手を差し伸べる。


「さ、掴みな。で、絶対手を放すなよ?」

「わかりました……それにしても、見た事がない蛇ですね」

「一応、ウツボっていう海洋生物だ。まぁ、今は関係ないことだ。いいから、早くしな」


 少し語気を強めるだけで、オリーブは口を閉じて言われた通りに行動する。なかなかに聡明なエルフだ。



 イオは崖の上を見る。そのまま、水魔法を展開した。



 イオの真下から、勢いよく水柱が上がる。慌てるオリーブの声が聞こえるが、無視してそれに身を委ねた。

 水柱は途中で弧を描き、綺麗に崖の上へと運んでくれた。水流による自動運送のようなものだ。

 全身に浴びた水が心地いい。オリーブもずぶ濡れだが、ジャピタが魔法で自分もろとも乾かすはずだ。だから、問題ない。


 崩れた前髪を掻き上げて、新たな場所を視認する。



 今居る部分は、崖の縁に近い。ゴツゴツとした岩が露出している。しかし、数メートルも進めばまた草木が混生していた。

 振り返れば、広がる緑は手前半分ほど。奥側には綺麗な道や建物が視界に入り、ここは標高がそこそこの山なのだとわかる。


「あ、あれは……」

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