5.ベアトリーチェ視点
間が空くにつれて、ベアトリーチェの心も穴が空く。
ついには、最後に見てから数年も経ってしまった。
悲しすぎて暴走し、屋敷の窓を全て割ってしまった程だ。
街には入れない。他の人間が驚くからと、アランと約束したからだ。
「アラン……」
切なく名前を呼んだ、その時だった。
揺れる地面と、湧き上がる歓喜。
突然の事態に、落ち着けと体を抱きしめる。揺れは十秒程度で止まった。
だが、体の興奮が収まらない。
ゴーストの性が叫ぶ。清浄な物が堕ちたという確信がある。
屋敷から飛び上がりその方向を、街の方を見る。それだけで、変化は直ぐに分かった。
街を上空から覆う半円の膜。
本来であれば清浄な結界は、禍々しい気を放っていた。
『苦しい』
『何で? どうして?』
『助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて』
怨嗟の声が結界を超えて伝わってくる。歳若い女性ばかりが数人。
ゴーストの体には心地よいが、手放しで喜べる状況でない。
あの街で何が起きたか。アランは無事か。
理性がぐるぐると考えを巡らせる。そちらに意識を集中したからか、五感が鋭くなったらしい。
重なって聴こえる声が個別化され、明確になっていく。
『兄ちゃん、兄ちゃん。離んといて』
縋る声は、なかなか聞かない特徴のある話し方。
気の所為だと思い込みたくても、はっきりと認識した頭は間違えない。
それが正しいと、夜に訪ねてきたアランの姿が物語っていた。
夕方から降り始めた雨の中、傘もささず屋敷に来たようだ。全身がびしょ濡れで、皆が慌てて拭き取るタオルや変えの服、暖かい紅茶の準備をする。
「………フランが……………破邪の力で、強くて………………街、守る……………………」
いつもの勢いはなく、顔をくしゃっと歪めてぽつりぽつりと単語を話す。
その背中を擦りながら、ベアトリーチェは寄り添い耳を傾けた。
事の発端は、ネルソン町長の魔獣対策だ。
魔獣の被害には王都も小さな村も関係なく、どこもかしこも被害を減らす努力をしている。
効果的な策を見つければ、富も名誉も入ってくる。町民の安心と自信の安寧の為、ネルソン町長はベアトリーチェの屋敷探索を命じた。
そこで研究者が見つけた物に、大昔の日記があった。
何百年も前のそれを解読し、研究者達は禁忌とも言える術を見つけてしまった。
破邪の力を持つ乙女を術式に組み込み、聖なる結界を展開させる。
魔獣の被害を減らすどころか、そもそも近寄ってこなくなるのだ。
破邪の力は魔獣の力と対であり、ゴーストやゾンビといった彷徨う死者を屠る力だ。過去に屋敷に来た退治屋は、微力ながらも破邪の力を持っていた。
ゴーストの善悪を感知がしていたフランにも備わっていると、何となく気づいてはいた。
だが、そもそもの前提がおかしい。
人を結界に組み込むなど、正気の発想ではない。
研究者達の予測では、人柱として組み込んだ乙女は純粋な魂の形で、結界に破邪の力を注ぎ込むのだという。
皮肉にも、ベアトリーチェ達ゴーストの存在が、この方法が有効的ではないかという決定打になったらしい。
だからといって、道具のように人を扱っていい免罪符にはならない。
「どうして? アラン以外は反対しなかったのかしら?」
「…………この辺りに………魔獣の、大量発生が……………」
魔獣の大量発生。
確か、十年程の周期で一つの区域に魔獣が集中的に生まれることだ。その被害は通常の数倍と言われている。
王都の占星術師が予言したらしい。街の総被害を抑える為に、街の上層部は禁断の手を取ったようだ。
本当の目的を隠して検査を行い、人柱を選ぶ。計画を知る中で、アランとフランだけが反対し続けていたようだ。
しかし、選ばれた乙女六人よりもフランの方が破邪の力が強かったらしい。
つまりは、計画にフランを使う必要がある。迫るタイムリミットの中で、ネルソン町長は実力行使に出たのだ。
同僚の差し入れに疑問を持たず、アランは薬を盛られた。
起きた時には、すでに計画は遂行されていた。
フランを中心に、六人の少女を街の外壁付近に。
自分の背丈を優に超える水晶が妹だと、起きたアランに告げられた。そのまま呆然と立ち尽くし、気がつけばふらふらとこの屋敷に来たらしい。
「………………街の為だと…………………………決心が鈍るからと、最後に会う事もできなかった……………………」
拳を振るわせるアランに、ベアトリーチェは無言で背を擦り続ける。
言えない。この状態のアランに、結界の情報を伝えられない。
穢れに満ちた結界から放たれる怨嗟、憎悪、悲痛。この様子ではほぼ間違いなく、ネルソン町長達はフランを含めた人柱の抵抗をねじ伏せて使ったと考えられる。
結界に組み込まれた魂は、必要な力を激痛と共に絞り出されているようだ。これでは、魔獣を払うどころか寄りつかせる。
妹が命を賭して張った破邪の結界は、強引に命を散らされた恨みから脅威の結界になっている。言えるはずがない。
だから、嘘をついた。
「大丈夫よ、大丈夫。結界はきちんと動いているもの。もう、安心よ、安心」
ベアトリーチェの言葉に、アランがハッと顔を上げる。少なくとも、妹の死には意味があった。その事実に、安堵しているようだった。
その顔だけで、この嘘を突き通すには十分な理由となった。
方法からして危ない結界()
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