4.ベアトリーチェ視点
その日の来客は、退治屋だった。
だが、今まで来た人達と見た目からして違う。
脂ぎった顔に脂肪に覆われた身体。豪華な装飾品をつけた男に、ベアトリーチェは首を傾げる。
どのように戦ってきたのだろうか。
その疑問は、後ろを見た瞬間に霧散した。
粗末な服、剣と盾をつけて震える少年少女。ベアトリーチェより少し年上の子供達へ、怒声で指示を飛ばす。
奴隷を道具替わりに使っている。ベアトリーチェも家族達も、あまりの仕打ちに憤怒した。
すぐさま頭の男へお仕置きをしようとした時、ぶっきらぼうな声がやけに響いた。
「ここにいるゴースト! 話がわかるなら出てこい!」
時間が止まった。そう思うほどに、その発言は場を凍りつかせた。
初めて、声をかけられた。驚いてその方向を見る。
発言者は、奴隷の一人である少年だった。
臙脂色の短髪は適当に切ったのかボサボサで、周りと同じ粗末な装備をしている。
それでも、髪と同じ色の三白眼からは強い意志を感じた。
腰に抱きつく同じ髪色の少女の頭を撫で、真っ直ぐに屋敷を見据えている。
とくんと、無いはずの心臓が震えた。
その間に、男が腹を揺らし、少年に怒鳴りつけている。
「貴様! 何をしている!?」
「このまま俺達が中に入っても、今までの奴らと同じにしかならない! だから、話し合う必要があるんだ!」
「はぁ!? ゴーストに言葉が通じるわけないだろ!? さっさと行け!」
「街のシスターに聞いた! 襲われた人は、ここに入ろうとした奴らしい! フランも悪い気配がないと言っている! なら、知能があるゴーストに違いない!」
少年の言葉に、首を縦に振る少女。唾を撒き散らして怒鳴る男に、少年は自分の考えを主張する。
その姿が格好よくて、目が離せない。胸が痛い程に鳴り響くが、嫌な気分ではない。
「こんの……くそ奴隷が!」
男が大きく手を振り上げる。二人を殴るつもりだ。
そう判断した瞬間に、ベアトリーチェは動いていた。
一瞬で男の目の前に出、真っ直ぐに眉間を指す。
「とても悪い人よ、とても悪い人」
そう呟き、指を曲げる。それだけで、男の頭が果実みたいにはじけ飛んだ。
ビチャビチャと水音を立て、肉片が辺りに散る。胴体が倒れ、それを皮切りに悲鳴を上げて男の仲間や奴隷達が散り散りに逃げていく。
お仕置きが強すぎたかもしれない。
そう思いつつ全速力の背を見送っていたベアトリーチェは、後ろの気配が動いていないと気づいた。
くるりと振り返れば、先程の少年少女が目を丸くしてベアトリーチェを見ている。
少年と目が合うと気恥ずかしさが襲ってきた。顔を背けるベアトリーチェに、思いがけない言葉がかけられる。
「フランの言うとおりだ! 悪いゴーストではない! ただ、フランよりも年下とは思ってなかった!」
友人に接するような話し方に、ベアトリーチェの方が驚いた。
この二人は、ゴーストだとわかった上でベアトリーチェに接している。
思い返せば、生前にも友人と呼べる相手は居なかった。胸が温かくなる。
「あ、と、私はベアトリーチェよ、ベアトリーチェ」
「俺はアラン! こっちは妹のフラン! あいつから解放してくれてありがとう!」
そう言って、アランはにかっと笑う。その笑顔が太陽よりも眩しくて、ベアトリーチェは小さく微笑みを返した。
アランとフランはとある農村に産まれた兄妹らしい。
フランを産んですぐに母親を、それから数年後に父親を亡くし、残された家と小さな畑を糧に二人で慎ましく生きていた。
ところが最近、農作物を売りに街へ行く途中で奴隷商に攫われ、あの男に買われたそうだ。
今回が初陣で、だから他の奴隷に比べて堕ちていなかったようだ。
ベアトリーチェは早まる鼓動を抑えつつ、こちらの要望を告げる。
干渉してこなければ、こちらからは何もしない。
何か要件があるようなら、前もって屋敷を訪問して自分に伝えて欲しい。
これは前からゴースト達と決めていた事だ。そこに、ベアトリーチェは自分の欲望を少しだけ入れた。
橋渡し役は、できればアランがいい。
そう告げれば、アランはきょとんとした後に笑った。
「そっか! 俺なら安心だって思ってくれたんだ! よかった!」
「兄ちゃん……少しは疑うっちゅう事を覚えた方がええんちゃう?」
「疑う方よりも信じる方がいい!」
肯定の言葉に、胸が酷く高鳴る。大声で断言するアランの癖。特徴のある話し方も自信満々で、好感を持てた。
フランは訛りのある話し方が好きではないらしく、つい言葉を挟む時以外はアランを通しての会話だった。
父親の故郷の話し方らしいが、この辺りでは聞かない為に揶揄われた事が辛いようだ。
心の傷が癒えれば、アランのように自信を持って話すようになるだろう。
必ず伝えると街に戻る二人を、名残惜しげに見送る。
フランよりも、アランを見ている方が多かった。
侍女にそう言われて自覚し、赤面した。
それから、アランとフランは度々、屋敷に遊びに来てくれるようになった。
ベアトリーチェの要望を伝えた功績で、それぞれの仕事先と小さな家を手に入れていた。
自警団に入ったアランと、食堂のウェイターになったフラン。
十代半ばと早い就職だったが、安定した生活になったらしい。
二人と話すようになってから、ベアトリーチェの毎日が今まで以上に楽しくなった。
アランがどんな話をしてくれるのか。いつ来てくれるのか。
「リーチェ!」
初めて愛称を呼んだ日は、あまりの嬉しさに文字通り飛び上がった。流石に、執事や侍女に注意された。
これが恋だと、ベアトリーチェは実感している。
同時に、種族の違いを思い知らされた。
人間のアランはこの先も成長し、誰かと愛を育んで生きていくだろう。
それを考えるだけで、悔しさのあまり無意識に近くの物を破壊し尽くした。
恋の喜びと苦しみは日に日に増していく。父が抱いていた想いがこれだと、ようやく狂人の葛藤に理解出来た。
ゴースト達にはすぐにバレてしまった恋心。アランが気づく様子は全くないが、フランは半年程してから気づいたようだ。
ベアトリーチェがアランに近づかないよう、見張り出した。さり気なく、距離を調節さえもしてくる。
妹として、兄を守りたい為の行動だとわかる。分かるが、その行動が棘となって心に突き刺さる。
それから何年かして、アラン達は複数人の大人を連れてきた。
成長期の二人は初対面よりも背も面影も大人びており、いつもと違う表情に不安を覚える。
ゴースト達の緊張が圧として人間達にかかる中、アランの口から出る言葉は拍子抜けするものだった。
「お父様の記録?」
「そうだ! リーチェの父君、故マッダー子爵は魔獣について研究していたらしい! そう執事の日記が残っていた! ネルソン町長も魔獣被害には頭を悩ましている!」
「だから、お父様の研究記録が見たいのね。でも、今更よ、今更。役に立つとは思えないわ」
「それでも、彼らの手がかりにはなるはずだ!」
いつも通り、はっきりと断言するアラン。恋した相手の願いを無碍になどできるものか。
少しだけ待ってもらい、父の遺体を地下室に移動させてから許可を出す。執務室に案内して扉を開けた途端、専門家達は目を輝かせた。
乾いた土が水を吸う勢いで、父の記録が吸収されていく様は凄まじいの一言に尽きる。
庭に野営準備をしたものの、限界になるまで部屋から出なかった。研究者というのは、どこかおかしい者だと感じた。
父の研究を更に考察し、各々の見解と合わせて、議論が飛ぶ。アランとお茶会していたベアトリーチェは、良案がでたかはどうでもいい事だ。
ただ、隈が酷いが晴れ晴れとした笑顔で帰って行った。
しかし、その日からアランとフランの訪問回数が減った。
恋を理解したベアトリーチェ、不穏な雰囲気に