3.ベアトリーチェ視点
ゴースト幼女、ベアトリーチェの過去編
ベアトリーチェの記憶は、ゴーストになってからの方が圧倒的に多い。
数少ない生前の記憶を思い返すと、真っ先に出てくる光景は母の葬儀だ。
棺桶に縋り付き、母の名を呼び泣き続ける父。それをただ、後ろから眺めていた。
元々、人に関心が薄かったらしい父。母だけは例外で、娘であるベアトリーチェから見ても溺愛していると分かった。
母さえいればいいと、一日も欠かさず呟き続けていた。だから、父の目がベアトリーチェに向かった事は無い。
愛しい人との間にできた自分の子供でも、父にとっては母以外の人間に分類されたらしい。
幼心でも、父からの愛情を求めるだけ無駄と悟っていた。
その代わりに、母からの愛情と使用人達によって育ったようなものだ。
母の死後、父は研究に明け暮れた。
急に出現した魔獣の爪が、母を切り裂いたのだ。父は愛する者の喪失を、全て魔獣への憎しみに変えた。
魔獣の出現に関しては、未だに解明されていない。地表の穢れが野生動物に溜まり、獰猛な魔獣に成るという説が一般的だ。
そこに目をつけた父は、魔獣の持つ穢れを祓う方法や遠ざける方法を研究し始めた。
「獣共め! 絶対に殲滅してやる!」
難しい本をいくつも読みながら高笑う父は、完全に狂っていた。
給金も屋敷の管理費も全て使い果たす。食事も睡眠も最低限しか取らない。
逃げる使用人達、廃れていく屋敷に研究で狂う父。
幼いベアトリーチェに出来る事などなく、空腹のまま部屋に篭もる。そうして弱った身体は病に侵され、ベッドで眠っている間に命の灯火が消えたらしい。
気がついたらゴーストになっており、自分の記憶から百年は経過していた。
それでも未だに魔獣が闊歩し、人々を襲っている。
「まぁ、まぁ。お父様は駄目だったのね」
ベアトリーチェは机に突っ伏す白骨死体を見下ろし、静かに言い放つ。父は散乱した部屋の中、誰にも見送られずに亡くなっていた。
横に置いてあった日記を読めば、決定的な方法は結局見つからなかったらしい。
「どんな気持だったのかしら」
執念で研究し続けても実らず、その過程さえは誰も知らない。なんて空しい事だろう。
だが、それ程までに突き動かす愛という感情が、無性に気になった。
他の人なら知っているかもしれない。人間だと恐がって逃げてしまうだろうから、同じゴーストを集めよう。
自分の墓を作りながら、ベアトリーチェは今後の方針を決める。父はそのままにしておいた方がいい気がしたので、手はつけていない。
それからしばらくの間、ベアトリーチェは仲間集めに励んだ。
近辺を中心に、ゴーストの話を聞けば遠くまで出かける。
最初に執事や侍女が屋敷に来てくれた事が一番大きかった。
長年仕えていた主の罪を着せられて獄中死した執事と、愛人と間違えられて奥方に殺された侍女。
二人共、ベアトリーチェの扱いに涙を流し、培った経験でサポートしてくれた。ベアトリーチェが最も信頼を置く二人である。
ただ、大概のゴーストは話が通じなかった。執事の話によれば、生前通りの思考回路を持っている方が少ないらしい。
ベアトリーチェはその中でも特別で、どこにでも自由に動き回れる希有なゴーストだそうだ。
そういうことならば仕方ない。無理はせず、自分と一緒にいてくれるゴーストを探す。
たまに、有無を言わせずベアトリーチェに襲いかかるゴーストや人間がいた。そういう場合、忠告をしてからお仕置きをする。
大抵はお仕置きを選ぶので、少し悲しかった。
何百年と時間をかけ、少しずつ屋敷が賑やかになる。
皆、ベアトリーチェの大切な家族だ。
集まったゴースト達に、愛について聞いてみた。
皆、自分の恋愛観を教えてくれたが、いまいちベアトリーチェにはピンとこない。
「こればかりは、経験しないとわからないものですよ」
そう言って侍女が苦笑う。
確かに、殆どが恋に落ちて世界が変わったという話をしていた。是非とも、ベアトリーチェも経験してみたい。
気長に待てるゴーストでよかったと、この時に初めて思えた。
それからまた、数十年ほど経った頃。
人間が、わざわざ屋敷に来るようになった。
周辺に生い茂った木々のお陰で、人間はこの屋敷の存在を忘れていた。しかし、隣接地に大きな街ができて人通りが多くなった。
そうして、目敏い人々が屋敷に気づいたのだ。人間を襲うつもりなどないというのに、ゴーストが多く住んで危険だと勝手に叫ぶ。
結果、屋敷を調査という名目で荒らそうと、大勢の人を派遣してきた。
自分の屋敷を好き勝手にされるわけには行かない。ベアトリーチェは入口に人が集まる度に忠告し、お仕置きし、追い払い続ける。
その所為で、『危険なゴーストハウス』と噂され始めた。退治屋なども来るようになり、流石にベアトリーチェも怒り心頭である。
段々とお仕置きに力が入り、それがまた攻撃的だと言われる負のループ。
それは、とある人物によって途切れた。
凄く個人的な事ですが、幼いながらも精神は何百年も過ごした場合、カテゴリ幼女か否かが気になるところです。