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前回 幼女ゴーストと遭遇した!
ゴーストであるベアトリーチェは、他人との交流が乏しいようだ。イオとジャピタとお茶ができる事に、心から喜びを表している。
声をかけなければ移動する必要があると気づかず、まだ舞っていただろう。
「そう、そう。私ったら、失礼しましたわ」
ベアトリーチェは恥ずかしそうに頭を下げる。そして、街を指さしながらイオに尋ねた。
「イオさん、イオさん。あの街の人に見られないように移動できるかしら?」
「何か理由でも?」
「街の人はね、魔物が近づかないって信じているのよ。だから、私も透明になって、壁の中には入らないわ」
「面倒な案件だな。ま、別にいい。ジャピタ、偽装」
「ハーイ」
間の抜けた返事と共に、イオとジャピタの周りが一瞬だけ歪む。これで、二人は周囲の景色に溶け込んで見つからない。
あくまで見た目だけで、気配や邪神の力などはただ漏れ。そこそこの実力者なら即座に気づくだろうが、移動中に見つからないようにするならこれで十分だ。
偽装に満足なベアトリーチェは頷き、自分の体を透過させていく。
向こう側が見える程に透けたが、イオはどこにいるかが伝わってくる。力のコントロールも上手いようだ。
一声してから、ベアトリーチェは移動を始めた。その後ろを、ジャピタの首を掴んで追いかける。
ベアトリーチェは街を迂回して進む。そうすると、草木が自由に生い茂っている場所があった。
イオがいた場所と反対側で、街の一部から楕円を描く様に広がっている。
その中に、豪邸と呼べる建物が鎮座していた。
整備すれば素晴らしい代物だろうが、薄汚れていて蔓が我が物顔で巻きついている。人の気配が溢れている街中と違い、全く気配がない。
近づくにつれて、窓の割れや壁のヒビが目に入った。その隙間から、ゴーストが行き来して遊んでいる。
ゴーストの住処としてはいい物件だ。
「戻ったわ、みんな! お客様よ、お客様! お庭にお茶会の準備をお願いするわ!」
勢いよく扉を開けて、うきうきとしながらベアトリーチェは叫んだ。
その声を聞きつけ、続々とゴーストが集まってくる。一様に客人の存在に驚いていたが、主人の言葉に各々準備をしに行った。
「ゴーストしかいないな」
「そうよ、そう」
「オカシ、イッパイ! ゴースト、タベル?」
「私は食べる事ができるわ。人間と違って必ず必要ではないけれど、美味しい物を是非って皆が用意してくれるの。生きている時よりも、いろいろなものが食べられているわ」
嬉しそうに頬を染める。人間と同じ物を食せるとは、力以外もかなり特殊なゴーストのようだ。
そんなベアトリーチェが集めた二十人を超えそうなゴースト。全員、理性がちゃんとある。
どれだけ時間をかけたか、想像もしたくない。
ベアトリーチェよりも年下の子供や逆に年配すぎる老人など、個性あふれるゴースト達だ。聞けば、近くのらゴースト達を集めているらしい。
「だって、一人でいるのは寂しいもの。でも、言う事を聞いてくれない悪い子はメッてするのよ」
思い出したのか、ベアトリーチェは可愛く頬を膨らませる。
愛らしい姿だが、実際は狼達同様に滅したと想像がつく。
「コワイ」
「アンタは黙ってろ」
余計な事を言うジャピタの口を塞ぐ。首を掴んでいた手を、口に持ってきたのだ。呼吸も辛いのか胴体を左右に振るが、イオは無視して進む。
ふと、通路の壁に絵画に視界に入った。
神経質そうな男と、穏やかな女。その二人に挟まれ、椅子に座るベアトリーチェ。
どうやら、このゴーストハウスは彼女の生前の家でもあったようだ。
ただ、それだけの感想を持って興味は消えた。餌に関わらないのなら、詮索する気はない。
少しして、ベアトリーチェが目前の扉を開く。
こぢんまりとした空間は綺麗に剪定されており、そこで元は白かっただろうテーブルと椅子が設置されていた。
急ぎだったにもかかわらず、ケーキスタンドに茶菓子まで用意されている。甘いお菓子にベアトリーチェの足が速くなる。
椅子に座り、足をばたつかせながらイオを促す。手で示されたとおりに椅子に座ってジャピタを離した。
途端に、ジャピタは口で菓子を摘まんで頬張った。
「オイシー!」
「何やってんだアンタ!?」
「グエー!」
「くす、くす。いいのよ、いいの。沢山食べてくださいな。私も食べるもの」
行儀の悪いジャピタを逆さに持つ光景を肴に、ベアトリーチェも菓子を一つ摘まんで口に入れる。
満足な味らしく、顔を緩めて頬を押さえた。その間に、執事のゴーストがカップに茶を注いでいる。
鮮紅色の液体が揺れ、湯気を立てる。紅茶のいい匂いが鼻を擽った。
「ローズティーよ、ローズティー。温かい内にお飲みになって? それとも、シュガーやジャムがいるかしら?」
「このままでいい」
そう言いつつ、イオはカップに手を伸ばして紅茶を飲む。舌に広がる薔薇の香りと僅かなえぐみ。
違和感も口内でしっかりと味わい、カップ越しにベアトリーチェを眺めた。頬杖をついてニコニコとイオの様子を見ている。
またもや目先の楽しさに、本題を忘れているようだ。
音を立てないようにカップを戻し、イオの方からせっつく。
「で、情報は?」
「もう、忙しい方ね。せっかくのお茶会なのに」
「生憎、こっちの目的はそれだけだ。茶や菓子は二の次だよ」
そう告げれば、ベアトリーチェの頬が不満で膨れる。だが、すぐに表情を戻して含み笑いをし始めた。
「お話はするわ、約束だもの。沢山の事があったのよ? 一つずつ、お茶を飲みながらお話しするわ」
あくまで無邪気な様に、思わず舌打ちが漏れるところだった。主導権は完全にベアトリーチェが握っている。
長くなりそうだ。イオは再び紅茶を口に含んだ。
次回、ベアトリーチェ視点になります
追記:ジャピタ、イオ共に各世界の飲食物は口にできます。
栄養にはならないので、味や食感を楽しむ物です。