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17.ヨモギ視点

 


 数日後、傷が癒えた日の夜に、待ち人は現れた。




「ヨモギ!」

「アーサー!」



 声を聞き、身一つで納屋から飛び出た。


 夜闇の中でも、金の髪は煌めいている。

 沸き上がる気持ちを抑えようと思わず、そのまま抱きつく。背中に回された腕が心地いい。


「お待たせしました。迎えに来たです。馬を繋いであります、こっちへ」


 手を引かれ、アーサーと共に駆けだす。すぐに息が切れ、足が重くなる。

 まともな食事も運動もしてこなかったのだ。ヨモギに合わせて、アーサーも速さを落とす。気遣いが何よりも嬉しい。



 内裏を出て、野を走る。

 先に見える大木に、馬の影が見えた。



「あと少しです、ヨモギ」

「うん!」


 身体は限界でも、心は晴れやかだ。

 首だけ振り返ったアーサーに笑みを返す。それを見たアーサーも優しく笑う。





 直後、()()()()()()()()()()()()()





 何かが、遠くから飛んできた。アーサーのこめかみを貫く細い棒に、羽が付いている。

 矢だと脳が判断すると同時に、姿()()()()()()()()()()



 強く握られていた手から、温もりが一瞬でなくなる。

 勢いは消えず、そのまま地面に倒れ込んだ。



 すぐに起き上がり、愛しい姿を探す。ない。いない。どこにも、痕跡さえもなく、何もない。




「あ……あ゛ぁあああああぁああああああああああああぁぁぁあああああぁああああああああああああぁぁぁ!?」




 獣の様な咆哮が轟く。

 それに呼応したように、地面から勢いよく黒い霧が湧き上がってきた。






 それからの記憶はほとんどない。

 叫んだ後に放心した事だけは覚えている。



 気付いたら、ヨモギは牢にいた。


 石造りの壁に、木でできた格子。その外に設置された蝋燭と梯子が見えた。

 地下らしく、梯子を降りて食事が運ばれた。

 食事という名の残飯だ。時々、ヒイラギが降りてきて勝手に現状を喋っていく。




 ヨモギが()()()に攫われそうだったから、()()()()を射った。

 それから屍食鬼が出現し、島を徘徊して島民を襲っている。

 帝達はヨモギの所為だとこの地下牢に閉じ込めた。でも、ヒイラギはそう思わない。

 すぐに解決するから待っていて欲しい。




 何度かに分けて聞き出した内容に、様々な感情が駆け巡る。




「……ふざけんな」




 強く唇を噛み締める。生暖かい感触と鉄の味が口が広がるが、どうでもいい。


 浄化の矢は、悪を滅する消滅の力を秘める。

 それでアーサーを貫いたというなら、輪廻の輪に入る事無く消え失せてしまった。


 何の罪もない人を殺しておいて、それをヨモギの為だと悪ぶれない。こんな女、穢れない訳がない。

 姫巫女が一気に穢れたことで、神の御力も急速に弱まった。だから、屍食鬼が現れたのだろう。




 この島はもう終わりだ。

 瘴気がどの程度あれば変化が起こるか知らないが、吹き上がる瘴気の量を思うに、次代の姫巫女になる頃には手遅れだろう。


 今を生きる島民は、屍食鬼に怯えて暮らす。それでも見つかり、殺され、貪られる。




「……足んない」




 ヨモギはふらっと立ち上がると、覚束無い足取りで壁まで向かう。寸前の所で止まるや否や、思いっきり頭を叩きつけた。

 額を中心に痛みが走る。それでも、止まらない。



「足んない、足んない、足んない、足んない」



 ヒイラギも、島民も、結末は同じ。

 屍食鬼に簡単に殺され、肉を残さず食われる。





 ()()()()()()()







()()()()()()()()()()()んだよ……!」




 十五年の生で、心身共に傷を負わなかった日などない。

 薄っぺらく世話などとほざく脳内花畑の姫巫女に、比例して悪化する迫害。

 やっと見つけた希望も根こそぎ奪って、あの女はヨモギの為だと宣う。



 常にヨモギを地に伏せなければ気が済まない、この島全体が憎い。恨めしい。




「苦しみ続けろ! 死に続けろ! 生きたまま五臓六腑を引き出されて食われ続けろ! 自分が喰らわれる姿を眺め続けろ!」




 今まで堰き止めていた分、流れる様に出てくる怨嗟。


 ぶつけ続ける額が割れ、血が目を覆って視界が赤くなる。ヨモギの怒りを表しているようだ。


 鼓動に合わせ、頭全体が痛む。

 それよりも、この島を奈落に突き落とすいい策が浮かばない。その苛立たしさから、自傷行為を続けた。





「へぇ、今回は餌の目前か。探す手間が省けたな」





 誰もいない牢に、ヨモギ以外の声が響いた。

 それも、天井まで何もない上からだ。


 振り返って見上げる。見飽きた天井を背景に、人影が空中に存在していた。

 宙の裂け目から、徐々にこちら側に出てきている。


 血の色で染まった世界の中で、その人は不敵に笑っていた。

 額に角を生やした、髪の長い細身の女人。だが、それは腰までの認識だ。


 くびれた腰から先は、足ではなかった。


 髪と同様に、魚の尾と何本かの鎖がたなびいている。不気味なはずの光景は、とても美しい。

 よく見れば、首から右腕にかけて黒い何かが巻きついている。

 色が判断できない目では、そこまでしか分からない。


 しかし、本能で察した。()()()()()()()()()()()()()()()だ。



「アタシは邪神イオレイナ。アンタの話を聞いて、それが正当な復讐なら手を貸そう。もちろん、対価は貰うがな。()()」さ」



 ヨモギが心から欲する話だ。自然と、高貴な存在に膝を着いて手を合わせていた。


憎しみをぶつける方法が、ようやく手に入った

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