13.ヨモギ視点
この状況も、ヒイラギによって生み出された悪夢だ。
姫巫女に関われる人は、神職か帝の一族のどちらかでしかない。血の繋がりなど無意味になる。
それを嫌がったヒイラギの提案で、ヨモギは帝子に嫁ぐ事になった。
有り得ない。いくら嫌われたくないからと、鬼女の入内を許可するなど盲目にも程がある。
それでいて、実際にヨモギを前にした反応がコレだ。本当に、ヒイラギはろくな事をしない。
「帝様。鬼女は早う処分致しましょう」
「否、まだ処分の時期ではない」
「何故に?」
「俗世に関わらぬ姫巫女が十年近く外におって、アマノ様の御力が弱まるかもしれん。自然の摂理が弱まり、民の怒りが我らに向いた時に、堂々と首を切り落とせば良い。さすれば民の怒りも収まるだろう」
真っ当な意見だ。さすが帝。感情の赴くまま動かず、先を見据えている。
それでも、頭を抱える問題にため息をついていた。
「それに、姫巫女が執着する理由も分からん。何もかもを貢ぐ者達より、ただそこにいるだけの鬼女を愛でていたと聞く。ヒイラギ殿は俗世の影響か、過去の姫巫女達以上に民に好かれておる。下手に処分したと知られれば、それだけで我らの立場が危うくなるだろう。はぁ……本にあの夫婦はろくな事をせん」
冷静な一方、ヒイラギの両親への憤りを出していた。理にかなった考え方である。
ようやくまともな人に出会えた気分だ。
最も、話すどころか顔も合わせられない天上人。すぐにその気持ちを捨てた。
それから敷地内でも端の小さな納屋が、ヨモギの新しい部屋となった。
より窮屈で辛い生活かと身構えたが、無駄に終わった。
ヒイラギがいなければ、誰もがヨモギに近づかない。見向きもしない。
たまたま視界に入れば文句を言う程度である。
食事は用意されないが、身につけた知識のおかげで食べものは確保出来る。
幸せとまではいかないが、晴れやかな気持ちだった。
どうせ死ぬからと食事は最低限に、何もせず納屋で時間を潰す。
静かで安らかな時間は、金切り声で打ち破られた。
「ヨモギ……!? ああ、やっぱり傍にいなきゃダメだったわね……!」
「姉上……何で…………?」
「悪い宮司が居なくなったの! だから、これからまた会えるわ……!」
外にいてはいけないヒイラギが、また目の前にいる。
満面の笑みでヨモギを抱きしめるヒイラギは、自分が放った言葉の意味も分かっていないようだ。
ヒイラギの口から初めて出た、悪い人。
姫巫女の慣習と合わせて考えれば、宮司が正しいはずだ。更にヨモギへの執着を加えると、嫌な予感しか出てこない。
外に出たがるヒイラギの為に、崇拝していた神職者達が宮司を手にかけた。
それに気づかず、むしろ喜んでいる。ヨモギに会えると、自分の事しか考えていない。
いくら欲を満たしていても足りたいと嘆く、蟒蛇女だ。そんな女に執着された自分を呪う。
その日から、前の生活が戻ってきた。
むしろ、生家よりも人が多い分、より悪化した。
おまけに、ヒイラギによって簡単に人が死ぬ。
その事実から、ヨモギは機嫌を損ねないようにしなければならない。
幸いと言うべきか、キンウは両親よりもヒイラギに盲目で、ヨモギがいても引き下がらない。
上手く言葉を使い、ヒイラギを押し付けられるようになった。そうすれば、ヨモギに向かう暴言暴力も少なくて済む。
零にはならない。
ヒイラギが必ず、ヨモギの所に来るからだ。
ただ息をしているだけ。
何も考えず、何も行わず、何も反論せず、四季が何度か巡った頃。
転機が訪れた。
「ねぇ、ヨモギ。外の国から商船が来たのよ。珍しい物がいっぱいだから、見に行きましょ」
来て早々に告げるヒイラギの後ろで、キンウが鋭く睨みつける。ヒイラギよりもキンウの気持ちの方が理解できた。
暴言暴力の時間の中で、島の恵みが減少していると誰かが吐き捨てていた。
それが鬼女の所為だと思い込んでいる。
そんな不吉な女に、恋い慕う女が擦り寄る様は許せないだろう。
ヨモギとて、ヒイラギに関わりたくない。睨まずとも、最初から断るつもりだ。
「ごめん、姉上。今朝から少し、体調が悪いんだよ。だから、私はここにいるね」
「そうなの!? なら、私がお世話を」
「でも、外の国の品は気になるな〜。そうだっ、姉上が私の代わりに見てきてよ。お願い?」
小首を傾げて見上げれば、ヒイラギはみるみる頬を紅潮させて口に大きな弧を描く。
「わかったわ! ヨモギに合いそうなの、選んであげる!」
誇らしげな顔をして、ヒイラギはキンウと共に納屋を出た。完全に遠ざかってから、浮かべていた笑みを消して息を吐く。
ヒイラギはヨモギの頼み事に滅法弱い。姉として頼られたいとの事だ。全くもって馬鹿らしい。
自分を地獄に居させて助けもしない女への信頼など零以下だ。
ただ、ヒイラギを遠ざける理由として、思ってもいないが口にしているだけだ。
商人を介した買い物なら、時間がかかるだろう。その間は平穏だ。
安心して、小窓から外を眺める。自然の移り変わりを眺めるこの時間が、唯一の趣味とも言える。
転機の時