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2話目スタートです!
ふわりと、身体を回転させて尾から地面に着地する。
そのまま、空を見上げた。
この世界への入口があの辺だと、大まかに当たりをつけてからイオは口をへの字に変える。
まさか、空中に投げ出されるとは思わなかった。
水魔法を駆使すれば空も泳げるとはいえ、その姿は確実に目立つ。邪神状態の姿は、あまり大っぴらに見せたくはない。
即座に脳内で計算をしたイオは、そのまま何もしなかった。
重力に身を任せ、衝突寸前で水球をまとわせ防御する。
人型の生命体は近くにいないと、落下の間に探知した。
それなら泳いでも良かったかもしれない。
どちらにせよ、もう過ぎたこと。邪神の力を抑え、近くを警戒して見渡す。
草原だ。所々に同じ種類の花が密集し咲いている。旅人が迷わないようにか、石で舗装された道が一本だけある。
心地よい風からは、潮の匂いは一切しない。
「またかよ!」
「アイッタァ!?」
額を小突いただけで大袈裟に仰け反るジャピタに、イオは舌打ちを隠さない。
また、人魚がいるには不自然な場所だ。もう少し、ましな場所に出たいものだ。この苛立ちのまま、ジャピタに八つ当たりするしかない。
数回小突いて、イオは大きく息を着く。少し待ってみたが、人が来る気配が全くない。廃道かと一瞬考えたが、道の先を遠目にしてその考えを捨てた。
道の先には、白い壁が緑色と青色の中に異彩を放って存在していた。
随分と大きな城郭都市だ。さぞかし、中は賑わっているのだろう。
最も、イオの目にはその考えと真逆の光景が映る。
「極上の餌場だな。あの街、自殺願望者の集いか?」
眉を顰めながらイオは吐き捨てた。
半円状の膜が、城郭都市を囲んでいる。恐らく、結界の類だろう。
だが、結界はどす黒く澱んでいる。この位置から分かるほどに、負の感情が渦巻いていた。
結界を張る理由ははっきりとはわからないが、少なくとも魔を呼ぶ為ではないだろう。
それでも賑わっているということは、何かあるはずだ。
同時に、あれが今回の餌だと把握した。
「とりあえず、あの街行くぞ」
「イオー。マモノー」
「あ゛? 何処だ?」
「アッチ。タテモノ、チカクー」
指の代わりに頭部で方向を示す。魔物なら、結界に呼び寄せられた奴だろう。
ならば丁度いい。変にあべこべなあの都市の反応が見られる。
ジャピタが示した方向に進んでいくと、 勢いよく地をかける集団に出会った。
銀の毛並みと赤い目が特徴の狼だ。魔獣に分類される狼達は、数十頭程見受けられる。
恐らく、あれ一頭に普通の兵士なら五人。腕が立つ兵士なら二、三人は必要そうだ。街中でバラけて人々を襲うつもりだろうから、そこそこの被害が出るかもしれない。
イオがそう考える先には、先頭に一回り大きな狼がいる。奴が群れのリーダーだろう。意気揚揚と、美味そうな餌目指して進軍している。
土煙を立てながら、都市に近づいていく。
その時だった。
「オオカミさん、オオカミさん。お待ちになって?」
ふわふわとした、愛らしい声が空から降ってきた。同時に狼のリーダーが急停止し、数センチの溝を作って足を止める。
続々とその後ろで止まる手下達。
止まりきった群れの前に、花弁や木の葉のように一人の少女が降りてきた。
長い黒髪にチェリーの瞳。レースやフリルがふんだんについた桃色のドレスに身を包んだ少女だ。
十歳前後の少女はあどけなく、デフォルメされたヘビのぬいぐるみを両手で抱え込んでいる。
少女の身体から金色の粒子が溢れ、周りで舞う。
その光景にリーダーは歯を剥き出しに、目の前に浮かぶ存在へ威嚇する。
正しい判断だと、イオは狼を評価した。
あの少女は強い。狼が戦ったとしても勝ち目はないだろう。
なにせ、あの少女はゴーストだ。
現世に未練を残したが為に彷徨う死者の魂。肉体を持たない魂に物理攻撃は効かない。
その上、金色で可視化される程に魂の純度が高いとすれば、比例して強さも桁違いという事だ。
その上、理性がしっかりと残っている。かなり珍しい。
イオの分析など露知らず、少女は狼達に頭を下げる。
「お願いよ、お願い。あの街に手を出さないでちょうだい。引き返してくれるのなら、このまま何もしないわ」
にっこりと無邪気に微笑む少女。絶対的な強さに裏付けされた、自信に溢れた笑みだ。
人間相手なら、余程の間抜けでなければ察して踵を返しただろう。
しかし、狼相手では意味がない。
力の差と、その奥の美味そうなあの街。二つを天秤にかけ、本能が後者を選んだようだ。
身を引いていたリーダー格が、反動を乗せて駆け出す。
「そう。残念よ、残念」
少女が呟き、指を振るう。次の瞬間、全ての狼が伸びた影に喰われた。
自分の主を一瞬で包み込んだ影は、勢いよく地面に戻る。
その際に肉が血切れ骨が砕ける音が何十にも重なり、辺り一帯に不協和音を響かせた。そのまま、影は地面に溶け込んで消える。
ものの数秒で、数十頭の狼が文字通り消えた。なかなかお目にかかれない光景に、思わず拍手で称える。
その音で、少女の意識がイオに向いた。そして、眉をへの字に変えて小首を傾げる。
「マーメイドさん、マーメイドさん。先程のお願い、聞いていまして?」
「あの街を狙うなって話だろ? ばっちり聞いてた」
「そう、そう。とてもお強いマーメイドさん。私にできることはなら何でもするわ。だから、手を出さないで?」
大きい目を潤ませ、イオを見つめる少女。力の差は分かっているが、それでもという懇願だ。自分が消滅しても構わないという覚悟もあるように見られる。
そうなると、疑念が湧く。
何故、この少女があの街に拘るかだ。
澱んだ結界が原因である可能性が高い。
イオと敵対する気がないのなら、事情を聞いても問題ないだろう。
「アタシらは復讐者を探してんだ。で、あの結界作ってる奴が多分そうだろ。ソイツについて、何か知らないか?」
「まぁ、まぁ!」
イオの問いに、少女は口元を押さえて驚く。目をキラキラと輝かせ、期待の眼差しを向けた。予想外の反応だ。
「マーメイドさん、マーメイドさん。あの澱みが見えるのね?」
「まぁな」
「バッチリー」
「あらまぁ、まぁ! お喋りできる蛇さんでしたのね? 素敵よ、素敵!」
「アンタ、あの結界について詳しそうだな」
ズレそうな話を戻して核心を突けば、少女は首を縦に振った。
「詳しく聞いていいか?」
「構わないけれど、長くなるわ。そうね……お話するから、一緒にお茶をくださらない?」
「それくらいなら構わない」
「オチャー!」
「嬉しいわ、嬉しい!」
笑顔でくるくると回り出す少女。強大なゴーストには見えない年相応の姿に、目を細める。
同時に、小さな不安が心に浮かんだ。ジャピタが見つける復讐者は、大抵が大人。
つまり、子供を相手にした経験がほとんどない。
「マーメイドさん、マーメイドさん。自己紹介がまだだったわ。私はベアトリーチェよ、ベアトリーチェ」
「ジャピター!」
「あー……イオだ」
「いいお名前だわ!」
楽しそうにベアトリーチェが笑う。ペースが掴みにくい。ぼんやり、イオは笑顔を見ながら思った。
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