12.ヨモギ視点
姫巫女とは違う、鬼女の目線
母以外からは望まれず、誰からも祝福されなかった生命。それがヨモギである。
そもそもの始まりが、公家の当主が酔って仕える侍女に手を出した事だ。
たった一回の過ちで出来た子を、当主は拒絶した。その妻に至っては、母体ごと殺しそうな勢いだったらしい。
自分の胎が子一人で限界を迎え、産みたくても産めない辛さもぶつけていたようだ。
それでも何とか産まれたが、目の色が翠。
島に災いを齎す、鬼の証を持つ娘。
通常なら、その場で母子共に処分されて終わりだ。
現実は、そうならなかった。
「ヨモギ。一緒にお庭を歩きましょ」
「評判のお菓子があるの。食べに行きましょ」
公家の一人娘、宝であるヒイラギ。異母姉が、ヨモギを過剰な程に可愛がった。
唯一、興味を持って世話をする。ヒイラギが構えば、周りも世話せざるを得ない。
そのおかげで生きている。一般的な流れなら、ヒイラギに感謝して生活するのだろう。
だが、ヨモギは感謝なぞ抱けなかった。
物事が分かるようになるに連れ、自分を取り巻く環境の歪さに恐れを持った。
その原因が、他でもないヒイラギだ。
両親はもちろん、誰もが盲目的にヒイラギを慕い、敬い、大事に扱う。
ヒイラギが喜べばどんな間違いも許し、逆に悲しめば正しい事柄もねじ曲げて悪にする。
そうして、何重にも重ねられた柔い布の中の生活に、ヒイラギは疑念も持たない。
肯定しかない極小の世界で、ヒイラギは無意識に王女様気取りだ。
不気味、異常、おかしい。
幼心にでも警戒心が鐘を鳴らしまくっていた。
そんな誰からも愛されるヒイラギが、あろう事か鬼女を猫可愛がりしている。
憎しみや怒りが暴力となって表現されるのは、当然の結果だった。
「またヒイラギの迷惑をかけおって!」
「ヒイラギちゃんが穢れる! 身の程を弁えて離れなさい!」
「ヒイラギ様の優しさに付け込む鬼め!」
「消え失せろ!」
ヒイラギが見ていない所で、暴言暴力が雨粒の如く降り注ぐ。
最初は泣いて謝っていたが、次第に諦めてこの時間を過ごすようになった。
ここまでされて、ヨモギも黙っていた訳ではない。ヒイラギから距離を取り、森の中にでも一人で過ごそうと思っていたのだ。
周りの使用人達にひたすら下手に出て、鬼らしく一人で生きる術を教えてもらった。
拒絶感が全身から出ていたが、ヒイラギから離れるなら渋々といった様子だった。
だが、実行に移そうとする度に、当のヒイラギが邪魔をする。
「私がヨモギの面倒を見るの! ヨモギはとてもいい子なんだから!」
訳の分からない理論で大人を黙らせ、ヨモギを傍に侍らせる。だからといって、周りの暴言暴力から守ってはくれない。
意を決して離れたいと述べるヨモギに、ヒイラギは困ったように微笑む。
「皆らそんな事しないわ。だって、皆いい人なんだから」
そう言って笑うヒイラギが、ヨモギには悪鬼に思えた。
ヒイラギの世界では、暴言も暴力もする人はいない。
全員が善人で、特にヨモギはより善人だから優しくするのだと言う。
おぞましい理屈に陰で吐いて、目撃した大人達にまた怒声を浴びせられた。
何と言われたか、この時ばかりは覚えていない。それ程、ヒイラギの幼稚で無邪気な世界観が不快だった。
誰からも好意的に思われている。それが大前提の認識だ。
真逆の世界を生きてきたヨモギには、鬼女と罵る大人達の方がマシに思えた。
意味不明な認識で、ヨモギを日常に縛り付けるヒイラギ。
懇願も我儘だと少しだけ怒って、本気で受け取らないしないヒイラギ。
何ともおぞましい女だ。
周りの大人達もヒイラギの前では同調するが、結局は居続けるヨモギに憎悪をぶつける。
それでも、ヒイラギのお気に入りだからと死なせない。
ヒイラギが別の誰かをヨモギの位置に付ければ、すぐに殺されただろう。
そうなってほしいと、ヨモギも含めたヒイラギ以外が考えていた。
日中はヒイラギが望む愛玩人形。
夜間は鬱憤を晴らす的。
何度も、精神や肉体の崩壊を望んでいた。もう、生きていたくなかった。
それすらもヒイラギは許してくれない。
ただ息をしているだけの生活は、十歳になった頃に変化を見せてきた。
「何故、穢れを内裏に入れればならんのだ……」
「ヒイラギ様の望みですけれども、吾とて鬼女など見とうありませぬわ。ああ、鼻が曲がりそう」
帝子と中宮が悪態をついた。取り繕う気すら見せず、ヨモギを蛇蝎のごとく嫌っている。無理もないだろう。
頭を下げながら、ヨモギも拒否したくてたまらない。
どうしてこうなったか。
入内する予定だったヒイラギが、姫巫女だったからだそうだ。
純粋に神に祈り続け、人々から愛される存在。
あの過保護っぷりは神のおかげと言われて、ようやく納得できた。
髪色で誤魔化していたのは、唯一産めた子が愛らしいあまりの愚行だったらしい。
ヒイラギが居なければ、ヨモギはこの世に産まれなかった。
全くもって迷惑でしかない。苦痛の生より楽な死を受けたかった。
人が違えば世界は変わる