9.
姫巫女一行の進みは格段に速くなった。
当たり前である。グールは犠牲を出すものの、人間の武器で倒せる相手だ。
イオにしてみれば、一撃で屠れる。退屈で欠伸が出る程度だ。
先の四地点とは違い、危険もなく儀式が終わる二地点。側仕え達が気を許し、仲間意識を持って接してくるようになった。
多少なら構わないが、ヒイラギへの敬愛を持っていると思われて困る。
「アタシより、見抜いた姫巫女が凄いだろ」
そう一言を告げれば、側仕え達は納得してヒイラギを称え始める。ヒイラギ当人も満更ではなさそうに受け入れた。
おかげで、イオとジャピタに必要以上に関わらなくなった。
その代わり、ヒイラギがしつこく接してくる。これはこれで面倒だ。
何かと世話を焼こうとする姿は、傍目から見れば心優しく麗しい姫巫女だろう。
実態は、相手の意志を無視した好意の押しつけだ。
拒否も許されない。話を聞いた限りでは、拒否すると裏で信奉者達から暴行されるという。
さぞかし、妹のヨモギは気苦労が耐えなかったと思う。
グールを警戒し、日が暮れると魔除を十二分に行って野宿。休憩も多く、儀式前の沐浴は軽く一時間はかかる。
それでも、イオ達が手助けして五日程で二地点の儀式は終わった。後は内裏にて、最後の仕上げをするのみ。
全員の顔が明るい。どうやら、姫巫女たるヒイラギは儀式の為、外に出てから一度も帰っていないらしい。側仕え達はそれより短い。
最初の側仕え達は、既にグールの手にかかっていないとの事だ。
「アンタ、グールによく襲われなかったな」
内裏への道を進みながら、ヒイラギに尋ねてみる。すると、誇らしげにヒイラギは胸を張った。
「それはね、アマノ様の御力だと思うわ。屍食鬼は私を最後に狙うの。だから、神力をお借りして消滅させるまで時間があるのよ」
「…………他の人は危険だろ?」
「なるべく、泉の側で野宿しているわ。だから、移動にも時間がかかるの。屍食鬼に襲われたら、その度に移動を中止して戻るもの」
「ヨモギにも会いに帰らなかったのか?」
「だって……ヨモギの世話をしたくて、儀式に出たくなくなるから。それに、早くヨモギを牢から出したくて……」
言葉を詰まらせるヒイラギに、それ以上の追求はしなかった。ただ、冷めた目で眺めた。
一欠片でも神の力を感じれば、グールは本能でそれを避ける。ヒイラギが狙われないというのは、それで説明できる。
対峙したグールを見るに、襲いかかる寸前でようやく感じ取れる程度だろう。
なら、振り上げた爪や鋭い牙は、ヒイラギの側仕え達へ向かうしかない。
時間はかかるが、居住区を中心に動いていたら、犠牲者の数人は救えたかもしれない。
また、牢屋を狭く自由のない部屋という認識のようだ。
罪人を閉じ込める檻に、憎き鬼女がいる。
どういう扱いをされるか、想像がつく。ヒイラギからすれば、いい人だから安心しているようだが、それでも顔を見せるべきだった。
帝はともかく、帝子はヨモギに対して悪感情しか抱いていない。両親も然り。
権力者がそれなら、下々の侍従達も同じだろう。しかし、ヒイラギがいるだけで抑止力になったはずだ。
ふと、ある考えが浮かぶ。
普通なら有り得ないが、姫巫女崇拝の歪んだ人生では可能性はある。何気なく、それを問いかけた。
「世話をしたくなると言ったが、やるべき事を優先すれば我慢できるだろ?」
「え、無理よ。だって、ヨモギが一番だもん」
即答だ。それも、苦笑ではなく呆気に取られた顔である。
自分の最悪な予想が当たり、イオは小さく息を吐く。
自分の欲望を抑えつけ、先延ばしにできない。
甘やかされた人間によく見られる傾向だ。
ただ、ヒイラギは群を抜いて酷い。確かに話を聞いても直に見ても、思い当たる節しかない。
大勢の生死に関わる使命さえも、ヒイラギの欲の前では無意味になるようだ。
ここまで来ると、姫巫女の愛される体質は呪いに近い。
誰からも愛され満たされれば、無知で純粋なまま、ひたむきに神へと祈り続けられる。
ヨウキ巫女並の信仰を長年得続けようと、アマノ神が考えたものだろう。
全くもって神らしい。人魚としてはおぞましく感じ、眷属としては合理的だと納得する。
居住区は柵に囲まれていた。
グールの侵入を防ぐべく、即席で造られたものだろう。簡易な木の柵は、少し知恵を使えば簡単に突破できる。
最も、侵入の形跡はない。グールにはその知能すらないと証明されている。
民家内から心酔の眼差しを向けられつつ、内裏に赴く。門兵もヒイラギを恭しく扱い、すぐに広間まで案内された。
姫巫女の効果か、人魚を敵視したり悪態をついたりしてこない。
面倒事は起きない方がいい。変に口を挟まず、ヒイラギの後を着いていく。
トントン拍子で進む事態。何事もなく終わるか否か