8.
※予約投稿日を間違えてきました、申し訳ございません
ヒイラギが言葉を切り、顔を覆う。僅かに震える肩が、思い起こす事さえも辛いとイオに語っているようだ。
それでも、大体の大筋は理解できた。ヒイラギが落ち着くまでの間に、聞いた話を整理する。
本来であれば、ヒイラギは産まれた時に大社に引き取られなければならなかった。だが、両親は髪色を変えてまで、ヒイラギを手元に置いた。
それが姫巫女の体質からか、家の事情かは知らないようだ。
聞いていたとしても、ヒイラギは聞き流している可能性はある。
ヒイラギは自分に関わる事象の中でも、優先度を決めて覚えている節が多々ある。
最優先が妹のヨモギで、それ以外は疎ら。ヨモギがいるなら、他の弟妹は要らないと考えていそうだ。
その妹は腹違いで望まれてない誕生の上、鬼と呼ばれる特徴を兼ね揃えていた。
誰からも愛される長女と、誰からも忌み嫌われる次女。狭い島の閉鎖的な空間は、善意も悪意も強く現れやすい。
話の中でも如実に出ていたが、ヒイラギは重く考えていないらしい。
自分に優しい人はいい人。だから、自分の大切な妹も優しくしてくれる。そう思い込んで疑っていない。
随分と拗れた姉妹だ。この件に関しては、ヒイラギに何を言おうと何を聞いても無駄だろう。
頭の片隅に置いておく。
その妹を連れ出そうとした男を射抜いた瞬間、地面から溢れた黒い霧。
十中八九、瘴気だ。屍食鬼が好む、不純な空気。通常では目視できない瘴気だが、濃度が高ければ人の目にも映る。
霧の出処と元は屍食鬼が住んでいた点から、この島の土中に瘴気の発生源がありそうだ。
最初の儀式からどれ程経っているから分からないが、神の力が弱まった事で地中に溜まっていた瘴気が一気に吹き出したのだろう。
そこで、神の力が弱まった原因に焦点が当たる。だが、不明のままだ。
一応、落ち着いた様子のヒイラギに声をかける。
「姫巫女。グール発生の原因は、黒い霧だと考えているか?」
「当たり前じゃない! そうじゃなきゃおかしいもの! とても悪い男が屍食鬼の親玉だったのよ! 死の間際に呪いをかけて、アマノ様の御力を消し去ったに決まってるわ!」
「ブフォッ!」
突拍子もない話に、ジャピタが思いっきり吹き出した。
すかさず後頭部を叩き、続きを促す。
どのような情報でも、語り手によって視点が異なる。
取捨選択は情報を得てからするものであって、今の状態で行うものではない。
「少なくとも、その男を射抜いてから状況が悪化した事は間違いないようだな」
「その通りなのよ! だから、あの悪い男の所為だわ!」
「なるほど。なら、神降ろしするに至った経緯は?」
話しやすいように、こちらから質問する。
ヒイラギは少しの間だけ唇を噛み締め、ゆっくりと答え始めた。
「……屍食鬼を見たって報告が来た時、皆は真っ先にヨモギに怒ったの。鬼女の所為だ、牢に入れろって……私は反対したわ。だって、ヨモギは悪くないもの」
「その言い様だと、流石に庇いきれなかったか」
「違うわ! 悪い男の所為なの! そう言ったのに……キンウが勝手に牢に入れたのよ。怒ってる民を静める為に必要なんだって。こればかりは私のお願いでもダメだって! だから毎日、ヨモギに会いに行ってご飯を持って行ったの」
頬を膨らませ、ヒイラギは不満を口にする。
なかなか、話の要点が得られない。ヒイラギの話がまとまっておらず、私情が主体となっているからだろう。
仕草も口調も幼く、その姿はとても二十五歳には見えない。
「そこからよく、神降ろしまで辿り着いたな?」
「ヨモギのおかげよ! とってもいい子だから、思いついたのよ! 『姉上が神降ろしをすればいい』って! 流石よね」
好調した頬に手を当て、ご機嫌な様子だ。
イオは真顔でそれを見つめ、横目でジャピタの現状を確認する。叩かれた事も忘れて、ぼんやりと口を開けていた。
姫巫女が反対しきれない状況となれば、そこそこの日数が経っているはずだ。ヨモギが言い出すまでの間、ヒイラギ達は何をしていたか気になる所だ。
鬼女を幽閉して終わりと信じて、何も調べずに姫巫女の説得に時間を費やしていたとすれば、滑稽そのものである。
「それ、何時の話だ?」
「そうねぇ……屍食鬼が出てから一ヶ月と半分くらいだわ。ヨモギの提案を皆にしたら、さすが姫巫女様ってなって、皆で調べて儀式を始めたのよ」
「なるほどな……あと二地点と、内裏で儀式完了か」
「そうなの! 時間はかかったけど、やっとヨモギを救い出せるわ……キンウや帝様達と、そう約束したもの。いい人達だから、ちゃんとヨモギを解放してくれるわ」
この時点で、目的がグールの対処からヨモギの解放へ変わっている。それでもするべき事が一致しているから、問題なく進んでいるようだ。
しかし、自分で話しておきながら、ヨモギの提案を盗んだ事にヒイラギは気づいていない。
話を聞く限り、周りの人間は鬼女の真実みの強い話より、姫巫女の有り得ない話を信じる連中だ。
あえて訂正しなかった可能性もあるが、限りなく低いとイオは踏んでいる。
未来を予想して嬉しそうなヒイラギを、イオはただ見つめる。これ以上、有益な情報は得られなそうだ。
出来れば他の人間から話を聞きたいが、難しいだろう。ヒイラギはともかく、側仕えはイオとジャピタに怯えていた。
グールの例があり、人ならざる者は害をなす存在と認識しているかもしれない。
現に今も、側仕え達は時々こちらを見ては安堵している。大事な姫巫女様の無事と、人でない者の静穏。
その二点に心から安心している様子だ。
姫巫女が側にいてこれだ。他の人間に話しかけた所で、恐慌状態に陥って話が進まない。むしろ、拗れる可能性の方が高い。
今後の動きについて考えていると、想像から戻ったヒイラギが微笑んできた。わざわざ体勢を変え、覗き込む形で見上げてくる。
「残り二箇所、一緒に頑張ろうね」
「…………それ、着いて来いって事か?」
「そうよ。さっき、屍食鬼を簡単に倒したじゃない? イオが一緒に居てくれるなら、神降ろしの儀も早く進むと思うのよ」
「どういう意味だ?」
「屍食鬼が悪い化物だから、儀式が進まないの」
口を尖らせて、ヒイラギは話を続ける。
話の半分は私情という分かりにくい説明を、自分の中で分かりやすく並べていく。
神降ろしの儀には、大量の神力が必要だ。それは先程、イオも自身の目で見たから把握している。
保持できる神力は儀式が行えるギリギリで、僅かな刺激で離れて消える。
初めはそれが分からず、失敗続きだったそうだ。通りで、この狭い島で時間がかかった訳だ。
原因を理解して、魔除けの音を奏でながら静々と赴くようになった。それが、行きの仰々しい列に繋がる訳だ。
ただ、グールの襲撃は防げない。
既に二桁に及ぶ神職者が殉職しており、これ以上の死亡者は出したくないようだ。
「神力を使わずに屍食鬼を滅するには、どうしても犠牲が出ちゃうのよ。いい人達が死ぬのはとても悲しいわ」
ヒイラギは肩を落として涙を拭う。
涙など一粒も出ていない。悲しむフリだとありありと分かって、肩を竦めた。
「イオは一撃で屍食鬼を倒せたでしょ? とても凄いことなのよ。だから、手伝ってちょうだい?」
イオの手を取り、潤ませた上目遣い。長年のお願いの経験から、効果的な方法を自然にできるようだ。
緋色の目は、期待に満ちてイオを映す。
今まで同様、ヒイラギの中では決定事項らしい。イオが断ったとしても、何かと屁理屈を捏ねて撤回させるに違いない。
ならば、こちらも条件をつけて利用すればいい。
「そうだな……他に話を聞きたい相手がいる。その相手と繋いでくれるなら、アンタの護衛をしてもいい」
「そんな簡単なことでいいの? もちろん、してあげるわ!」
ヒイラギは手を握りながら振り回し、喜びを表す。勝手に動かされる腕は不快であるが、あえてそのままにした。
振り払ってヒイラギの機嫌を損ねた後が、確実に面倒になる。
「イオ〜」
「……ああ、大丈夫。情報入手の手段と思えば問題ない」
ジャピタもヒイラギが苦手らしく、弱々しくイオの名を呼ぶ。
空いている手でジャピタを撫で、ジャピタにも自分にも言い聞かせるように呟いた。
邪神に好き嫌いはなくとも、得意不得意はある。