6.ヒイラギ視点
皆がいい人達で、自慢の髪色を染める理由のほうが重要だ。
きっと、頼られたいという思いも、姫巫女の本能が元だったかもしれない。
でも、今は最も頼りにされたい相手がいる。
このまま、ヒイラギは姫巫女としてこの大社で暮らすそうだ。姫巫女は皆に頼られる存在。
なら、反抗期のヨモギも頼ってくれるはずだ。
前向きに考えるヒイラギ。宮司によって大社を案内され初めて少しすると、外が煩くなった。
そちらを見ると、キンウが息を切らせて走ってきている。帝子相手に警護している人達も無理ができず、後ろから青ざめて追いかけてきた。
「ヒイラギ! 姫巫女になるでない!」
「帝子殿! この社は祭事以外では立ち入り禁止だ! 帝子だろうとそちらを守って頂けないと困る!」
「黙れ愚者が! 余の后はヒイラギ以外考えられぬ! ヒイラギ、愛しておるのだ! そなたも同じであろう!?」
怪我をさせないように取り押さえられ、それでも手を伸ばしてキンウは叫ぶ。
宮司の体に守られ、ヒイラギは青ざめた。
祭事は年四回、四季の折々に行われる。
その時に大社が開かれて、民が神楽場を囲んで巫女を中心とした舞を見守る。
その間も、姫巫女は大社の中で祈り続けなければならない。
帝の一族からお褒めの言葉を頂けるらしいが、それ以外は数名の神職者としか会わない。
宮司に教わったその話が正しければ、ヨモギに二度と会えない。話せない。お世話できない。
それだけは嫌だ。必死にいい方法を浮かべようとして、ピンと来た。
全てがいい事ずくめの方法がある。
「そうだわ! キンウがヨモギを娶ればいいのよ!」
皆が驚いて固まる。ヒイラギ自身も、天才的な発想に驚いているくらいだ。
だから、きちんと説明をした。
「だって、私は姫巫女なんでしょ? でも、ヨモギと会えなくなるのは困るわ。ヨモギはすごくいい子だから、私が傍に居ないとダメなの。でも、キンウと結ばれれば、会いやすくなるじゃない? 私の妹なんだから、キンウも嬉しいでしょ? いい人だものね!」
ヒイラギの提案に、反対の声はない。素晴らしい案に声も出ないようだ。
暫くして内裏から両親や帝の代理が来て、キンウを回収した。そこでもこの案を話すと、やっぱり皆は驚いていた。
驚きすぎて母が倒れたが、宮司に言われてそのまま帰っていく。
姫巫女の仕事は簡単だ。大社の奥にある、祈りの間で神への感謝を捧げる。
それだけで、誰からも頼られる存在になる。ヒイラギは緊張しながらも嬉しさで勤めを始めた。
だが、その意気込みはどんどんとなくなっていき、七日も経てば不満しかなくなった。
何せ食事と睡眠以外、常に祈っていなければならない。散歩や読書もダメ、茶会に買い物は論外。果ては私語も禁止だと言う。
それでいて、食事の時に宮司が険しい顔で注意してくる。
「祈りに集中を」
「雑念混じりの祈りは届かない」
「アマノ様へ、陽姫様へ、感謝だけを頭に浮かべなさい」
ただでさえ粗食なのに、より美味しくなくなる。
ヒイラギとて、一生懸命やっている。だが、どうしてもヨモギが心配で仕方なくなる。
ご飯はきちんと食べられているか。
体調を崩していないか。
部屋に篭ってばかりではないか。
両親や侍従達は気にかけているのか。
気にかかって宮司に訊ねても、答えはいつも同じだ。
「外の事を気にかけず、祈りに集中しなさい」
いい人だと思った宮司が冷たく、それもあって疑問は消えない。
そんなヒイラギの為に、他の神職者達が内緒で教えてくれる。
特に、祈りを手伝う巫女達はヒイラギの味方で、宮司の悪い所も告げてきた。
そこで知った事は、ヒイラギが思いもしなかった悪い話だ。
ヒイラギが姫巫女になってから一ヶ月。外はあまり良くない状況らしい。
漁業の量が減り、虫害が増え、天候も微妙。
こういう時、民は姫巫女の祈りが足らないのかと心配して、自分達も祈り出す。
だが、今はその全ての不満不平がヨモギに向いているようだ。
鬼女を内裏に入れたから、神が怒っているという。
なんて馬鹿馬鹿しい。姫巫女であるヒイラギの妹だ。とてもいい子なのだ。
だからいい人達が悪くいうはずない。悪い人が、そうなるように仕組んでいる。
では、誰が悪い人か。ヨモギが悪く思われている事をヒイラギに伝えない、宮司に決まっている。
それを巫女達に泣きながら伝えてから数日後、宮司が代わった。
悪い人である前の宮司が急死したらしい。
代わりに選ばれた新しい宮司はいい人で、ヒイラギの想いを分かってくれた。
「古い慣習に囚われすぎても良くないね。姫巫女様の安寧が僕らの願い、優先するのはそっちだよ」
そう言って、ヒイラギの両親やキンウを中心とした内裏の関係者と協力を結んだ。
帝に見つからないよう週に一、二回だけ、ヨモギがいる内裏に行けるようになった。
やっぱり、皆いい人だ。心から感謝をして、ヨモギに会いに行った。キンウや両親が引き止めるが、ヨモギが先。
「ヨモギ……!? ああ、やっぱり傍にいなきゃダメだったわね……!」
「姉上……何で…………?」
「悪い宮司が居なくなったの! だから、これからまた会えるわ……!」
久しぶりに会うヨモギはやせ細り、頬が痩けていた。それでも、ヒイラギとの再会に目を見開いて喜んでいてくれる。
健気なヨモギを抱きしめて、改めて自分がいないとと強く誓った。