5.ヒイラギ視点
その日から、ヒイラギはヨモギの世話が一番の楽しみになった。
なのに、両親を中心として周りが止めてくる。
キジョとは鬼女。緑の目を持った人間は鬼で、災厄を撒き散らす。
そう言ってはヨモギと引き離そうとする。それをヒイラギは笑い飛ばした。
「そんな事ないわ。ヨモギはとってもいい子よ? 父様達もいい人達だから、私に協力してくれるでしょ?」
そう告げると、苦虫を噛み潰したような顔で何も言わなくなった。
ただ、きちんとヨモギの世話はしてくれる。やっぱり、素直になれないだけだと思う。
本来なら母親が主に育てるものだが、ヨモギの母親は出産後すぐに亡くなったらしい。
だから、ヒイラギが主にヨモギに関われた。ヒイラギが気軽に関われるようになったから、亡くなった母親も いい人だったのだろう。
ヨモギはすくすく育った。けど、成長期にしてはあまり大きくならない。
原因を探すと、ご飯をあまり食べないらしい。侍女が交代で世話をしているから、全員から話を聞いて発覚した。
それから、ヒイラギはヨモギとご飯を摂るようにした。また両親達が止めるが、ヨモギがしっかり育たないと意味がない。
一緒にご飯を食べたいと言うのでヨモギも一緒と言うと、しかめっ面になるが何も言わなくなる。
こんなにも可愛くていい子なのに、どうして両親は理解してくれないのか。
そう思う反面、ヨモギを独り占めて唯一頼られる人になるのはとても嬉しく思う。
歩く様になってから、ヒイラギのお気に入りスポットにヨモギを連れていった。
食べ物などを分けてくれるいい人達も、ヨモギを見ると顔を顰める。
それでも、お願いすればちゃんと出してくれる。いい人達だ。
「のう、ヒイラギ。鬼女など放って置いて良かろう。それよりも、余と茶でもせんか?」
「嫌よ。キンウまで鬼女なんて言うの? ヨモギはいい子なのに、皆がそんな言葉を使うから落ち込んでるの。いい人なんだから、キンウも分かってくれるでしょ?」
「う、うむ……」
たまに会うキンウも、周りの人達と同じ事を言ってくる。鬼女だなんて言葉を撤回させて、可愛いヨモギを護ってきた。
そんな可愛いヨモギにも反抗期が訪れた。
「あねうえ、もうでかけたくない」
「急にどうしたの、ヨモギ?」
「みんな、あねうえだけ、やさしくしたい。わたし、いらない。だから、でかける、いや」
「大丈夫よ。皆、いい人達だから。素直じゃないだけよ?」
首を横に振るヨモギを説得し、外に出かけた。
ヒイラギのお願いを聞いて、皆は鬼女なんて言わなくなったのだ。ヨモギは堂々としてればいい。
でも、ヨモギの反抗期は歳を重ねる事に強くなった。
「姉上、私に関わらないで!」
「ヨモギ……何度言うけど、大丈夫よ」
「上辺だけだって何度言えばわかるん!? いい人いい人って、それも姉上の前だけ! その後、腹いせがぜーんぶ私に来る訳! 痕が残らないようにして殴るから身体中が痛くて、姉上と関わると更にやられるからイヤ!」
「そんな事ないわ。皆から話を聞いたけど、そんな事ないって」
「それ聞いたの!? だから昨日の夜もやられたのか! 本当に私の事を考えるなら、姉上は関わんないでってば!」
はっきりとした拒絶に、涙が出てきた。
ヨモギの事を一番に考えているのに、その相手に避けられれば悲しくなる。
そんな悪い事をする人など、ヒイラギの周りにはいない。だから、ヨモギの周りにもいるはずがない。
拒絶よりも、信用してほしい。頼ってほしい。
暗い顔をしていたようで、心配して尋ねてきた乳母に内容を伝えた。
翌日から、ヨモギから激しい拒絶はなくなった。
代わりに、常に無愛想で無口になった。それも悲しかったが、勢いで罵られるよりはマシだ。
ヨモギに頼られる事がないまま、気づけば十年が過ぎた。可愛いヨモギの世話で充実はしていたが、ふと、ヒイラギは気づいた。
年代の近い友人達は皆、伴侶を見つけて契りを結んでいる。しかし、ヒイラギにはその相手の打診すらない。
家の地位などを考えれば数多くても不思議じゃないはずだが、すぐにどうでも良くなった。それよりも、ヨモギを育てる方が優先だ。
そのはずだったが、両親と共に急に内裏に呼ばれた。
ヨモギは連れて行けないと言われ、半泣きで内裏へと足を踏み入れる。
帝と妃、キンウが並んでおり、広間はどこか浮き足立っていた。
「単刀直入に言おう。我が子は、そなたを娶りたいそうだ」
「愛しておるんだ、ヒイラギ。是非とも、余の正室として入代しておくれ」
「ヨモギも一緒ならいいわ」
「いくらそなたの望みでも、それは無理だ。鬼女なんぞ、内裏に入れては穢れてしまう」
「じゃあ嫌よ」
断るヒイラギに、場が凍りつく。でも、仕方ない。
何となく気づいていた。キンウがヒイラギを気に入っていたから、誰も求婚してこなかったのだ。
外側を固めて、今回の話を出したようだ。
キンウはいい人だ。戸子照島で最高地位に着く美丈夫。いい人達の中でも、よりヒイラギを助けてくれるいい人。
それでも、ヨモギとは比べられない。
いい人達だけでは足りない心を埋めてくれるヨモギ。
どちらを取るかなど言われれば、ヨモギに決まっている。
だというのに、両親や帝達は反対する。
別に、嫁ぐ事が嫌ではない。ヨモギと離れたくないだけだ。
そう言っているのにダメとばかり言われて、流石にヒイラギも頭に来た。
「私からヨモギを取らないでよ! いい人達なんだから、分かってくれるでしょ!? 鬼女鬼女鬼女って、目の色だけじゃない! 私の髪みたいに色を変えちゃえばいいのよ!」
「ヒイラギちゃんっ!」
「髪色が違う……もしや、本来は黒髪か!? やりおったなそなた達!」
「違っ、違いまする!」
ヒイラギの叫びに、皆の顔色が変わった。
帝と妃は両親を責め立て始め、キンウは頭を抱えて俯き、話を聞いていた家来達が慌ててどこかに行く。
訳が分からず、ヒイラギはその場から動けなかった。
暫くして、知らない人達が来て染め粉を落とされ、元の髪色になってからある場所に連れて行かれた。
陽姫大社。
アマノ様の御力を借りてこの地を浄化した、姫巫女の名がついた神職者の居住。
そこで宮司に説明されたのは、ヒイラギが姫巫女であるという予想外の話だった。
姫巫女とは一生を大社の中で過ごし、アマノ様に祈りを捧げ続ける女性を指す。
常に姫巫女がいる状態が当たり前だが、今は例外的にいない。
その理由が、姫巫女が見つからないから。ヒイラギも聞いた事がある。
寿命を迎える一年前に姫巫女がアマノ様より啓示を受けて、宮司や巫女達に伝える。
亡くなるまでに新たな姫巫女が産まれ、神職者が保護して大社に連れて行き、殆ど外に出さずに育てる。
しかし、その特徴に合う少女が何処にもいないらしい。
「先代の残した啓示によれば、次代の姫巫女は黒髪に赤目を持つ高貴な血筋との事だ。しかし、その間に産まれた娘で一致する者がいなかった。だが、啓示を知る多くの者は、ヒイラギ殿が姫巫女ではないか考えておった」
「どうして?」
「髪色以外は特徴に当てはまった上、誰からも愛されていたからだ。姫巫女は純粋に神に祈りを捧げる者。愛さぬ者などおらぬと言われている。ただ」
それからも宮司は色々と言っていたが、ヒイラギは聞き流した。
ヒイラギの思考回路はずっとこんな感じです。