3.
無意識に相手を見下し、善意から正しいを押し付けてくる。あまり好印象を抱けないタイプだ。
注意すべき周りが盲信な故に、歪だと知らないまま生きてきたようだ。極力、会話の頻度を少なくして情報を得たい。
思案していると、儀式の片付けが終わったらしい。付き人の一人がヒイラギにそう声かける。随分と早い。
周りの様子から、そこそこ慣れている様子だ。この儀式が初めてではなく、短期間で数回は行っているとわかる。
「片付け終えた? なら、早く帰りましょ。長居は禁物よ」
軽いウインク付きで言うや否や、ヒイラギは足早に来た道を進んで行く。付き人達は慌てず、それでも急いでその後を追った。
その後ろ姿を見て、イオの口から溜息が漏れた。
言い分は理解できる。
グールの嗅覚と食欲は常に餌を求め、発見したら即座に確保に走る。安全な場所があるなら、なるべくそこにいた方がいい。
しかし、付き人の中にはまだ疲れている者もいた。行きの仰々しさから解放された事で、力が抜けた者もいる。
にも関わらず、ヒイラギは気遣いもしなかった。儀式直後の介抱についても、礼も何も無い。
世話焼きも思想の押しつけも、自分第一の根底から生まれているようだ。
「ミコ、ヘン。ムジュン」
「お、難しい言葉が正しく使えたな。偉いぞ」
「ヤッタ!」
首元を指で捏ねると、ジャピタはうっとりと笑った。顔に出ない分、尾が左右に振られて喜びを顕にしている。
ジャピタの言う通りだ。 全肯定に囲まれているからこそ成り立つ立場で、そうではないイオにとっては言葉を交わす度に不快感が背筋を走る。
より警戒を強め、イオは先に行った人間達を追い始めた。
もう姿は見えないが、行先は一箇所しかない。
人の身にあまる神の力を宿して、そのまま長時間はいられない。
儀式の一環だろう行きの移動も、遠くてはグールに襲われる危険性が跳ね上がる。
そう遠くない場所かつ、神力を蓄えられそうな場所。ジャピタに探知させなくても、直感的に感知できる。
全部で六ヶ所ある内、一番近い場所へ尾を揺らす。
案の定、ヒイラギ一行はそこにいた。
木々に囲まれた泉のほとりで腰を下ろし、ヒイラギだけは簡易的な座椅子に座っている。
ヒイラギはイオ達を確認するなり、困ったように微笑みかけた。
「やっと来たのね。迷子になったの? もう、ちゃんと着いてこなきゃダメでしょ?」
「……周囲を確認していただけだが?」
「言い訳なんてよくないわ。次から、手を繋いであげるわね」
「いらない」
「イラナイ」
珍しくジャピタと返答が一致した。
だが、それにもヒイラギは手を頬に当てて微笑んでいる。照れ隠しとでも思っていそうだ。
反論を聞かないとは、更に面倒である。話題から逃げるべく、泉の方へと目線を向ける。
泉からは目視できる程の神力が溢れている。おまけにかなりの高純度。
どうやら、力を授けた神は高位の存在のようだ。ここならば、近づいただけでグールは消滅だ。
絶対に近づかない、安全地帯と言えるだろう。
「綺麗でしょ? アマノ様の御力が溢れているのよ」
「そうだな、凄まじい力だ。他にもあるのか?」
「ええ! 教えてあげるわね! 誰か、地図を!」
イオのさり気ない疑問に、満面の笑みでヒイラギは返した。
傍目からでも浮き足立っており、口元が緩みきっている。
どうやら、頼られる自分という姿がより好みらしい。そう思えば、何もしなくても心酔している付き人への対応が雑な所も頷ける。
ヒイラギは鼻歌でも歌いそうな程に機嫌よく、地図を広げて見せた。イオとジャピタは覗き込む。
あまり大きくない島だ。一日かけて真っ直ぐ進めば、距離が近い場所なら端から中央まで行ける。
海に囲まれ、浜を上がれば草木花が繁り、居住区は中央に集結していた。
島の図の上から、直線が引かれて六芒星が描かれている。六つの頂点に儀式の場、それより中央側にアマノ泉の字と印がある。
頂点の四つはバツ印が書かれ、内一つはつけられたばかりで墨がまだ乾いていない。
真新しい所が、先程の場所なのだろう。ヒイラギは白く細い指でその部分を指した。
「ここがさっき、儀式を行った所よ。あと二箇所で儀式を行って、島の中心になる内裏でアマノ様をお呼びするの」
「そもそも、神降ろしの儀とは?」
「まぁ、知らないのね? でも、島民以外なら知らなくても当然よね。ちょっと長くなるけど、よく聞いてね?」
イオの問いかけに、明らかに嬉しさを全面に出してヒイラギは答えた。
戸子照島の歴史は、アマノ様の御力から始まる。
この小さな島は元々、屍食鬼が徘徊する恐ろしい島だったらしい。そこへ、アマノ神に仕える巫女が来島した。
彼女は各地の泉に神の御力を宿させ、沐浴にて纏いし神力を持って儀式を行った。
星を象る六つの場所は、御力を降ろす範囲の印。
中心で巫女が演舞を披露した刹那、アマノ様の御力が島全体に包み込んだ。
暖かな光は屍食鬼を塵一つ残らず浄化し、荒れていた島の自然を元通りにした。
島民は巫女に感謝をし、アマノ様へ永遠の信を約束する。それはずっと受け継がれ、当時の巫女を姫巫女として名に残し、祈祷を続けている。
途中で無自覚の自慢などが入ったが、それを省いた内容を頭に叩き込む。
そして、最も重要な点だけを尋ねた。
「なら、グールが蘇った理由は?」
消滅したはずのグールが我が物顔で歩いている。
それを対処するべく、島の起源かつ威力が確定している神降ろしの儀を行っている最中になる。
恐らくだが、最初に与えられた神の力が衰えたのだろう。そこからグールが蘇り、祈祷では足りなくなり、儀式をするしかなくなったようだ。
すぐに返答が来ると思ったが、なかなか返って来ない。地図からヒイラギへ目を移せば、顔が曇っていた。
饒舌さはなりを潜め、口を開いては閉じ、目線をさ迷わせては瞑る。予想外の反応だ。
内心で驚きつつ、ヒイラギをじっと見て答えを待つ。
やがて、ヒイラギが大きく息をついた。話す決心がついたようだ。深刻な顔つきで、改めて言の葉を紡ぐ。
「……グールが蘇ったのは、とても悪い男の所為なの……」
「それだけだと分からないが?」
「悪い男は悪い男よ! そいつが! ヨモギを、私のヨモギを騙して! 私が助けたから、島をこんな目にしてるの!」
「少し落ち着け」
腕を振り下ろし、ヒイラギは感情を爆発させて告げる。だが、内容が省かれすぎて、流石にイオでも分からない。
声をかけてヒイラギを落ち着かせたが、荒々しく肩で呼吸をしている。
初めて出てきた悪い男とヨモギという存在が、重要な存在なようだ。
「長くなってもいい。詳細を教えてくれ」
「…………そう、よね。分かったわ」
納得したヒイラギ。一呼吸置いてから、話を再開した。
次回、ヒイラギ視点による過去話です