1.第三者視点
新話スタート!
草を刈り取り、砂利を除いた道。両脇には色とりどりの花が咲き誇り、道を飾っている。
そこを歩く、仰々しい一行。狩衣に挂甲と矢筒、刀を携えた男性達が、先頭と後尾を警戒しながら歩く。
その間にいるは、小袖と袴と身にまとった若い女性達。錫杖か神楽鈴を持ち、一定間隔で同時に鳴らす。
警戒と魔除を厳重に行う列の中央には、一人の女性。
大人になったばかりだろう顔には若干の幼さが残るが、緋色の瞳は意識強く行き先をしかと見つめている。
濡場色の長い髪は頭頂部で二つに縛って尚も、腰まで長く垂れている。歩みに合わせ、結んだ水引の先と毛先が揺れた。
赤紫の袴に白衣、薄紫色の地に籠目文様の千早。最も特徴的な点は、その身体が仄かに光を放っている所だ。
それが溢れる神力であり、これを保つ事が全員の最重要事項である。
よって彼女が、列の中で歳若いながらも最も重要な人物だ。
一行は進む。準備を終えて進み始めてから、暫しの時が流れた。四半刻も経ってはいないが、精神を疲弊する状態では一刻ほど流れた気分だ。
迎え風に乗り、潮の匂いが鼻を擽る。目的地たる浜辺まであと数十歩と言ったところだろうか。
道を抜けた先、青く波打つ海が見えてきた。あと少し、そこで先導の男が手で列を制した。
「お待ちを、姫巫女様」
「……いるのね」
「三体、確認できます」
姫巫女と呼ばれた女性が顔を険しくする。先導の隣に行き、ソレを目視した。
ここは本来、さざ波を聞きながら童子達が遊ぶ浜辺だ。
今では誰もいない。否、人とは言えない物はいる。
生の気配が感じられない砂浜に、似つかわしくない盛大な咀嚼音が響く。
それらは何かを囲みしゃがみこんでいる。
背を丸め、中央に集めた魚の屍肉を次々と口に放り込んでいた。
土留色の肌は肉がなく、背骨が浮き出ている。しかし、腹部だけは破裂しそうな程に丸く大きい。
濁った瞳は風景をろくに見えず、不揃いの黄ばんだ牙が屍肉を貪り食らっている。
何度観ても、おぞましい異形。この戸子照島の島民を脅かす屍食鬼だ。
姫巫女は唾を飲み、そっと周りに手を出す。
「弓矢を」
「しかしっ、神力を使っては……!」
「神降ろしの儀の為に、我らは姫巫女様の矛となり盾となる所存です!」
「皆の気持ちは嬉しいわ。でも、三体は危険すぎるわよ。少し使うくらいなら、神降ろしの儀に問題ないはずでしょ?」
周りを安心させるように、姫巫女は微笑む。優しい笑みに、周りは感嘆の息を漏らした。
そのまま、近くにいた男性が恭しく弓と矢を差し出した。それを受け取り、構える。
被害を出さない為には、三体を同時に滅する必要がある。
普通なら一本の矢で三体は射抜けず、残りがこちらに襲いかかってくるだろう。
だから、神力を矢に纏わせ、浄化の力を持って消滅させる。
三体同時に浄化が届くよう、弧を描いて中心に刺さるように狙う。
なるべく、必要最低限の神力で終わらせなければならない。
緊張のあまり、的からズレてしまいそうだ。だが、外せば自分も周りも危険になる。その意識を強く持ち、矢を放った。
神力を纏った矢がやや上方へ飛び、思い通りの放物線を描く。手前の屍食鬼の目前に矢が刺さった瞬間、眩い光が屍食鬼共を包む。
汚らしい悲鳴が三重で上がり、上手くいったとこちらに知らせた。
しかし、その内の一体が苦しみながらもこちらを認識した。途端、恐るべく速さで向かってくる。
浄化しきれなかったのだ。
「姫巫女様!」
「みな前に出ろ! 姫巫女様を御守りするのだ!」
弱りながらも迫る屍食鬼に、周りが声を張り上げる。姫巫女を護る事が最優先であり、自分達の命は二の次だ。
男性達は刺し違える覚悟で刀を抜き、女性達は盾となるべく姫巫女の前に出る。
大口を開け、長く不衛生的な爪が振りかざされる。
刹那、屍食鬼の身体から何かが突き出た。
呆気に取られる一行。短い断末魔を上げ、動かなくなる屍食鬼。
「危ない所だったな」
若い女性の声が響く。同時に屍食鬼の亡骸が移動し、宙に浮いた。そうして、奥にいた人物に戸惑いを隠せない。
銛を持った美しい女性だ。身の丈を優に超える銛の先に、先程の屍食鬼が刺さったままだ。
僅かに青みがかった緑色の髪は艶やかに流しており、新緑の瞳が愉快そうにこちらを見つめる。
胸元以外が露出した破廉恥な格好よりも、腰部より下に目が行く。
高貴な色である紫色。人の脚ではなく、魚類の尾が継ぎ目なく付いている。
その姿が伝承上の生物、人魚だと物語っていた。
伝承では魚に人の顔がついた人面魚とも呼ばれていたが、目の前の人魚は凛として美しく全く違う。
その肉を喰らえば不老長寿となると言われているが、弱っていたとはいえ屍食鬼を一撃で屠った実力者を喰らえる訳がない。
麗しい人魚は、首に巻いた黒い海蛇を撫でながら僅かに口角を上げた。
それが神々しい。一行は恭しく頭を下げた。
ずっと書きたかった和風です!