16.エピローグ
イオとジャピタはダンジョンを出て、周囲を高くから見渡していた。
森に泉に切り立つ崖。高低差もあり、なかなか自然豊かでモンスターの種類も多い。
一見すれば普通の光景。
ここに遮断の魔法がかかっているなど、誰も考えないだろう。パイプの煙を吹かしながら、軽く笑った。
復讐者の望みは、復讐対象が二度と陽平に近づかない事。
カレンは陽平を求めて、ダンジョンの近くに拠点を置いて何度も潜っていた。冒険者の間でも話題に上がる程、有名である。
カレン以外は乗り気ではなかった為、歩みは遅いが確実に進んでいた。いつかは街を発見していただろう。
感情を含め大抵の記憶は取り除いたとはいえ、大切な創造主を傷つける事は明白。
それを避けるべく、大賢者達は邪神の手を取った。
渡された純粋な魔力を使い、大賢者は広範囲かつ長期間の遮断魔法を発動させた。
ダンジョンの外、カレン達を巻込むように展開させた遮断魔法。これにより、範囲内には入れず範囲外に出られない。
丸く囲んだ為、ダンジョンに誰も近づけなくなり、カレン達はダンジョンから一定距離離れた所から動けなくなった。
たったそれだけである。随分とあっさりとした復讐だ。物足りなさを感じていたが、大賢者にはある予想があったらしい。
「大賢者が言っていた通りだな」
「ナカマワレ〜」
上空から奴らの拠点を眺め、二人で納得する。
カレンの付き人は、一人を除いてカレンを好んではいなかった。狙いは一つ。カレンと婚姻して得られる財閥の権利だ。
魔王を倒せば元の世界に戻れる。そう信じていたが、遮断魔法によって出来なくなってしまった。
そうなると、カレンは『何れ手に入れたい財閥令嬢』から『我儘で煩い小娘』に早変わりだ。
彼らは簡単にカレンを見捨て、自由気ままに動いている。
唯一、カレンを好いていた男は、愛が重すぎた。今まで陽平に執着していた以上の愛を押し付けられるだろう。
まだ順調そうだが、時間が経つ程に男達の関係も拗れていく。
ストレスの矛先は、唯一の女になるだろう。大賢者はそう考えていた。
長期的かつ精神的に来る復讐だ。こういう徐々に削られる復讐劇も、なかなか乙なものである。
「何が面白いって、中心にいる陽平は何一つ気づいていない所だな」
「ミンナ、カクス」
「ああ。全部隠し通している。流石、大賢者と言った所か」
改めて今回の劇を振り返ると、小さな笑いが込み上げてくる。
当事者である陽平にとって、何も知らないまま全てが終わった。
人生を壊してきた元凶は排除され、自分を第一に考えてくれる大賢者と仲間達の平穏な日々を迎えた。
もう、外から新たな人が入る事はない。
ダンジョン内から仲間が出る事もない。
一見すると幸せそのものだが、イオはそう感じない。
言葉を選ばなければ、あの街は陽平の空想世界だ。空想の友人に囲まれて過ごす日々。
友人、恋人、伴侶、家族。本当の意味で呼べる相手は、二度と現れないだろう。
大賢者はそれを分かりながらも、他の排除に動いた。
漂流者として幸せにしたいという気持ちより、創造主を独占したいという創造物の想いが強かったようだ。
「知らぬが仏。どこの世界の諺か忘れたが、今の状況には最適だ」
「イオ。マオウ、ムシ?」
「……ああ。ジャピタは気づいていなかったな」
イオの呟きに、ジャピタの首が半円を描いて捻られた。一回転しそうだと思いつつ、収納魔法から今回の対価を取り出す。
陽平の苦しみを入れた球体。美味なエサの登場に、ジャピタが尾を振った。
「エサ! エサ!」
「中身はな。外見はわかるか?」
「…………シラナイ」
「魔王の心臓だ」
「ウェエエエエエエエエエ!?」
大声と共に仰け反るジャピタ。相変わらず反応が大きい。
イオも思わず声が出かけたが、何とか抑えた。
「大賢者が言ってたろ? 『陽平の為なら、容器を手に入れる苦労も苦ではなかった』。子供のお使い感覚で魔王討伐する奴、初めて会ったな」
「マオウ、イナイ? ミンナ、シラナイ、ナンデ?」
「それも大賢者の作戦だな」
魔王が討伐されたとなれば、どこもかしこも喜びに溢れかえるだろう。そうなれば、確実にカレン達の耳に入る。
元の世界への帰還という希望がなくなり、仲間内で揉め始めていただろう。
問題は、その後のカレンだ。魔王討伐の目標がなくなれば、なにふりかまわずに陽平を狙いに来る。
苦しみを取り除いて安定した陽平に、元凶を再び近づけさせる訳にはいかなかったはずだ。
平穏を維持するべく、大賢者は魔王の代理を仕立てあげた。
取り除いた陽平の感情を入れるに、心臓内に満ちる魔王の源も邪魔だ。それを魔王の部下に与えたか、仲間の一人に与えたかまでは分からない。
ただ、状況が変わり次第、魔王の存在を簡単に消滅させる手筈はしていただろう。
「一人だけ残っていると、ヘマタイトが言っていただろ? ソイツが上手くコントロールして、まだ魔王が生きているように見せかけているようだ」
「ナルホド〜」
「今回の件で終了だけどな」
「ナンデ?」
「都合がいいだろ?」
勇者一行が行方知れずとなったら、この世界の人々は血眼で探し始めるだろう。
わざわざ、異世界召喚までして希望を託した相手なのだ。勝手にいなくなっては困る。
しかし、同時に魔王がいなくなれば、相討ちしたと良い方へ誤解する。
その身を犠牲に平穏を取り戻したなどと、都合よく解釈して喜びに浸るはずだ。
周りに余計な手間をかけさせない。これも、大賢者の策かもしれない。
邪神と眷属という異分子も上手く組み込んで、自分の思い描いた最高に結末になっただろう。
「『全てを見通す大賢者』……まさに二つ名通りだな」
言いながら、当人がいるダンジョンに目を向ける。
真綿で造られた檻の中で、陽平をめいいっぱい甘やかしている頃だろう。
ふと、砦の方が騒がしくなってきた。一波乱が起きそうだ。
エサをしまい、パイプを取り出す。大笑いの準備は万全である。
何が起こるか、イオは心躍らせて見下ろした。
孤独かどうかは、本人の思惑による。
これにて孤独異世界人、完結です!
ブクマ感想誤字脱字、いろいろお待ちしております!
活動報告での後書きは、後で上げます。