15.カレン視点
「おいカレン! 起きろ!」
煩い。やかましい怒鳴り声が、一気にカレンの意識を現実に引き戻す。
ジロっと扉の前にいる奴を睨んだ。リキヤだ。勝手に部屋にまで入ってきて最悪である。
まだ眠い目を擦りながら、リキヤに近づいた。
「なぁに〜? ヨー君が見つかっ」
「それどころじゃねぇよ! いいから早く来い!」
「ちょっ!」
リキヤが勝手にカレンの腕を掴み、引っ張る。触れていいとは言っていない。
一瞬で意識が覚醒して文句を言うが、カレンを引く力は弱まらない。
そのまま、いつも集まる部屋に連れていかれた。他の四人もいる。難しい顔をしていて、意味がわからない。
「カレン様! 大変な事が……!」
「はぁ!? カレンを無理やり起こしてまで話すことなの!?」
「する必要があるっ、重大な話だ!」
「マジやばたにえんだわ……!」
「とりあえず座って。これ見てよ」
小煩いから、渋々と椅子に座った。その前のテーブルに、トモキが紙を置く。
大まかに描かれた周辺の地図だ。
真ん中当たりにヨーヘイがいるダンジョンがあり、そこから離れた所にカレン達がいる砦がある。あとは簡単な形や色で地形を表したものだ。
だが、トモキが見せた地図には、後から描かれた物がある。
ドーナツみたいな輪っかで、中に斜線が引かれている。ダンジョンを囲む様になった輪っかに、この砦も含まれていた。
ただそれだけ。訳がわからず顔を顰めた。
「何これ? 意味わかんないんだけどぉ?」
「……ついさっき、俺らが確認した魔法が展開された場所だよ……」
「まほー? そんなの、どこにでもあるでしょ?」
「問題は範囲、魔法の中身っ」
「使われている魔法が『出入の禁止』なんです! それも何十年という期間で!」
「それが何なのぉ?」
毛先を弄りながら半分聞き流す。魔法と言われても、カレンには最も興味ない力だ。
固有の力は治癒だからまだしも、他は受け入れ難い。だからと剣や弓など使いたくもなく、戦い自体を取り巻きに任せっきりだ。
今回も勝手に解決すればいい。面倒だと態度で示していると、急に大きな音がした。
驚いて身体が跳ね上がった。苛立って見れば、リキヤがテーブルに強く手を着いた音のようだ。
あろう事か、カレンに向かって怒りの顔である。先程からの態度で積み重なっていた苛立ちが表に出た。
「さっきから怒って何なのよリキヤ!」
「うるせぇ! ちったぁ頭使えよ馬鹿女!」
「な……!?」
酷い暴言で頭が真っ白になる。次の言葉が出ないカレンに、リキヤは舌打ちまでして続けた。
「斜線引いた部分が魔法の範囲だ! こっから出ようにも入ろうにも戻されて行けねぇ! 閉じ込められたんだよ!」
「何それ! 冗談でしょう!?」
「んな嘘つくか! てめぇが呑気に寝てる間にこっちは確認してんだよ! ユウセイの話じゃ、この範囲に誰も入れねぇから助けも来ねぇって!」
慌てて地図を見直す。この斜線部分から出られない。つまり、街にも帰れずダンジョンにも行けない。
ヨーヘイを迎えにも行けず、ヨーヘイがこちらにも来れない。信じられない事実に地図を握りしめた。
「い、イヤよそんなのぉ! あ、ヨー君! ヨー君が覚醒してカレンを迎えに来てくれるのね! そうに決まって」
「いい加減にしろ! 現実見ろや!」
「リキヤ煩い! 今まで、カレンの事を怒ったことなんてないじゃない!」
「てめぇが『七星財閥令嬢』だからに決まってんだろ!? 見初められれば大財閥の跡継ぎだ! 魔王倒しゃあ元の世界にっていうからここでも従ってたが、そうじゃなきゃてめぇみてぇな我儘女に従わねぇーよ!」
「はぁぁぁ!? 関係なくなーい!? カレンはヨー君と結婚するんだしー!」
言い切った瞬間、その場が静まり返った。リキヤは目を丸くして唖然としている。
自分の立場を自覚したかと不敵に笑っていると、急に肩を掴まれた。
「痛っ!?」
「カレン様……どういう事ですか? 私、いえ最悪他の四人ならともかく、彼奴と結婚? え、何故です? 貴女に相応しくないアレの何処がいいのですか、私の方がいいに決まっていますよね、そうですよね、カレン様」
淡々とユウセイが語り掛けてくる。
目が怖い。肩を掴む力が強くなってきて痛い。爪が服越しに食いこんでくる。痛みで離そうにもビクともしない。
「カレン様。どうして。カレン様、カレン様、カレン様カレン様カレン様カレン様カレン様カレン様カレン様カレン様」
「痛いっ、痛い! ちょっと見てないで助けてよぉ!」
壊れたオルゴールみたいに同じ事を繰り返すユウセイに、カレンは周りに助けを求める。
だが、全員が冷ややかな目でカレンを見ていた。
冷たい冷たい目。生まれて初めてのソレに、小さく悲鳴を上げた。
「あークソ! ガマンしてたのが無駄だったのかよ!」
「同意する、不愉快だ」
「あ〜まじテンサゲ〜アリエンティ〜。どーするよ、アレ」
「うーん……七星財閥トップの座がなくなったら、利用価値がないからねぇ。かといって、万が一を考えると……」
「殺さねぇの?」
「ユウセイはガチ勢じゃん? 殺ったらメンドイよ?」
「生かさず殺さず、口だけ黙らせよう」
「それがベストだね。まぁ、ユウセイが何とかすると思うよ」
心からどうでもいい。はっきりと伝わる話に、カレンは青ざめた。
可愛いカレンからの愛を争うのだから、好意があると信じていた。でも今の会話から、権力の為に演技していたとわかる。
そこまでする価値は、七星財閥にはある。だが、可愛いカレンに好意が全く持っていないとは微塵も思わなかった。
「ああ! カレン様は私が独り占めしても宜しいのですか!? この艶やかな髪も、宝石のような瞳も! 外見も中身も全て全てこの私が!」
「いーよ。下手に共有すると、大変なことになるからね」
「なんかそんな事件知ってっし〜」
「性欲発散でも、その女はもうお断りだ」
「だよなぁ。なら、美人な女モンスターでも探そうぜ?」
次々と席を立つ四人。今、ユウセイと二人きりになったらどうなるか。
欲が完全に顔に出ている。考えなくてもわかった。
「待って、待っ」
「カレン様……!」
無情にも皆が遠ざかる。恍惚のユウセイの声を聞きながら、どうしてこうなったかカレンは考えた。
いくら考えても、答えは出なかった。
愛されていた自分の魅力は、自分自身のものではないなんて。
納得できない。できるはずがない。
でも、現実は残酷なまでに真実を突きつけてくる。