14.カレン視点
世界は自分を中心に回っている。七星華恋は幼い頃から、その真実に気づいていた。
どんな我儘も許してくれて、沢山のお金で全てを叶えてくれるパパ。おかげで、カレンはいつでも可愛いお姫様だ。
周りの人間は必死にカレンのご機嫌を取ってくれる。雑に扱っても文句は言われず、最高だった。
だが、変な世界に来てから、カレンに思い通りにいかない。
苛立ちが募るばかりだ。
「あ゛ーもう!」
行き場がないストレスを発散するべく、倒れているバケモノに杖を降ろした。変な悲鳴がより不快で、また力強く叩きつける。
細いけど先端にキラキラした宝石がついた杖。メイスと言うらしいが、どうでもいい。とにかく殴り続ける。
「ひーめ。もう終わりだよー」
「ミンチ肉ってるし」
そう言って、二人が止めてくる。確かに、下にいたバケモノはぐちゃぐちゃで動いていない。
つまらない。その想いでため息をついた。
二人が慣れた手つきで、バケモノから必要な物を取り出していく。体内で作られる魔石とか、内蔵とか、高値で売れる。
本当に気持ち悪い世界だ。二人に護られながら、カレンは近くにある拠点に移動する。
程々の緑と、程々の岩。田舎よりも酷い未開発な場所。
砦と言う大きな岩の建物が拠点だ。近くに泉があって、何もない野宿よりはマシである。
だが、ここにはテレビもスマホもパソコンもない。
暖かいお風呂、美味しいフルコース、清潔な部屋にトイレにベッド。
何もかもがない。そもそも、大きな街だろうと古臭い場所だ。とっとと家に帰りたい。
「ああ、カレン様! お疲れ様でございます!」
「それより、お腹空いたんだけどぉ?」
「食料調達終了、料理工程途中」
「え〜! まだ出来てないの〜!?」
「すぐに作り終えるから待ってろ」
不満げに口を尖らせ、用意されたカレン専用の椅子に座る。
途端、ユウセイも含めて三人がご機嫌取りに話しかけてくる。
それを受け流し、カレンは心でため息をついた。
全くもって気に入らない。これも全て、ヨーヘイがいないからだ。
誰もがチマホヤする中で、唯一そっぽを向いたヨーヘイ。
最初はムカつく存在だった。カレンが毛嫌う絵を描いている所も気持ち悪かった。
それが変わったのは、可愛いカレンの為に取り巻きがヨーヘイの絵を破いた時。
悔しさで顔を歪めるヨーヘイが、どんな名画やジュエリーよりもカレンを魅了し興奮させた。
ムカつく存在からお気に入りの存在へ。絡みに行く度に素敵な顔を見せてくれるから、どんどんと欲しくなった。
「せっかく捕まえたのに……」
周りに聞こえないように小声で文句を言う。
パパにお願いして、気持ち悪い巨漢と両親を消してヨーヘイを手に入れた。カレンの大事で可哀想な玩具。
他には渡したくないから、カレンの婿として相応しい教育をさせた。肉体の関係も持った。
さっさと子供も作りたかったけど、流石に早いとパパとママに止められて、仕方なく避妊薬を飲んでいた。
それ位カレンに必要なモノが、今は手元にない。その事実だけで苛立っていく。
「ねーリキヤ。ヨー君はいなかったのー?」
「さぁな? 今日はダンジョンに潜ってない」
「はぁ!? なんでよ!?」
「食料を優先、あいつはいらない」
「ハヤトにどーかん」
「それな」
「お荷物でしたからね。それにあいつがいない分、我々がカレン様をしっかりと御守りしますよ!」
そういう話ではない。しかし、指摘したら面倒くさい状況になるからできない。なんて腹立たしい。
思えば、この世界に来てから状況が悪化した。
カレンの嫌いな要素が詰め込まれた世界だ。
嫌で嫌で拒絶しても、魔王とやらを殺さないと帰れないらしい。意味がわからない。
カレンよりも劣る王女と、パパよりも老けた国王が細かく話しているが、覚える気などない。
それよりも、ヨーヘイが目を輝かせていた事にムカついた。
ただ、お姫様を護る騎士は悪くないかもしれない。ほんの少し、前向きになった気持ちに水を差すヨーヘイの能力。
絵を描くだけの力。取り上げられず、イキイキと絵を描き続けるヨーヘイを見るだけの日々だった。
バケモノが出てきて武器や魔法で倒す世界。カレンに見向きもせず、護る力を発揮しないヨーヘイ。
『ヨー君の力がカレンの為になる方法を探してよ!』
そう命令すれば、周りの五人は渋い顔をしながら従った。こいつらの狙いはカレンが大好きで、両親の次に甘やかしてくれる。
だから、カレンの機嫌を損ねる真似はしない。死に間際の覚醒という方法が、きちんと根拠があると確信してからすぐに行った。
あの日からもう数ヶ月。未だにヨーヘイが帰って来ない。
魔王退治など後回しで、飛ばしたダンジョンを特定させた後、ヨーヘイを迎えに来ている。
死んでいるはずなどない。カレンにとって、追放は必要な経過でヨーヘイを手放したつもりでないのだ。
勝手に死ぬなど許されない事だ。
「調理終了した、各自取ってくれ」
「カレンの分は取ってある。ほら」
「……どーも」
一応の礼は言い、出来上がった食事を確認する。
少し硬いパンにブタみたいなバケモノを焼いた肉、それに剥いただけの林檎っぽいフルーツ。
毎日変わらない質素な中身にため息しか出ない。
これも全部、ヨーヘイが帰ってこないからだ。ヨーヘイがいないから、魔王を倒しに行く気が湧かず、元の場所に戻れない。
この気持ちは全部、戻ってきたらヨーヘイにぶつけるつもりだ。それを考えると少し気が晴れる。
取り巻き達が聞き慣れた言葉を並べる中、無言で食べ進める。不快な気持ちでいっぱいだ。
ベッドで寝れば、気分も落ち着くはず。終わった食器をユウセイに押付け、立ち上がった。
「カレン、もう寝るから。ヨー君見つけたら起こして」
返事も聞かず、ベッドが置いてある場所まで行く。カレンの中では決定事項だから、取り巻き達の反応などどうでもいい。
カレンの部屋は砦で一番いい部屋だ。後付けの扉を開いて、ベッドに潜り込む。
天幕がついたお姫様のベッドは、わざわざ運ばせただけあってフカフカだ。
うとうとする気持ちのまま、ゆっくりと目を閉じた。
本人は世界で一番のお姫様と信じて疑わない。
それが変わるなど、有り得ないと思いもしなかった。