7.陽平視点
過去編
至って平凡な家庭で、岸本陽平は生まれ育った。
都会とは距離があるが田舎とは言いきれない、大型のショッピングモールやチェーン店が田んぼに囲まれて共存している場所である。
不自由なく育った陽平は、優しい両親が大好きだ。同じ位、叔父の壱樹を尊敬していた。
ちょくちょく家に遊びに来ていた叔父は、都会で一人暮らし中だ。昔から小説や漫画を好み、特にファンタジー系が大好きだと言う。
好きを活力にして愚直に突き進み、今では知る人ぞ知るゲームのシナリオライターだ。
好きな事がそのまま職に。幼い陽平にとって、憧れそのものだった。
「陽平殿はイラストが上手いですな〜」
「ホント?」
「本当でござる! 某、絵描きは無理ぽだったので憧れますぞ〜」
尊敬する叔父に言われれば、嬉しくて照れた。
暇な時間に描いた、好きなキャラクターの自作絵。
単純な事で、褒められれば褒められる程、もっと上手くなりたいと手が動く。
おかげで、絵の腕はメキメキと上がった。
叔父とアニメ等の話で盛り上がったからか、段々とイラストの方向性が決まっていく。ファンタジーに出てきそうな服を着た人間や亜人だ。
オリジナルのイラストを描いては叔父に見せ、絶賛されると心から嬉しくなるのだ。
「陽平殿のイラストを仲間に見せた所、みんな大絶賛でしたぞ! 将来有望とのお墨付き! デュフフッ、流石ですぞ!」
「ありがとう、叔父さん!」
「例などいりませぬ。陽平殿が勝ち取った信頼になりますからな!」
ビシッと親指を立てて歯を見せる叔父は、とてもかっこよく見えた。
ただ、叔父を知らない人からすれば、印象はよくないらしい。
一緒に外に出かけると、周りの人が嫌な顔でこちらを見てくる。時々、通報があったと警官が話しかけてきた。
説明すれば納得して帰るが、陽平は不満だった。
小学校の学年が上がれば、叔父のような人を見る世間の目が厳しいと悟っていた。
それでも、陽平の憧れである事には変わらない。むしろ、気持ちは膨らんでいた。
自分の得意なイラストと、叔父のように人を楽しませるストーリー。二つを合わせて、漫画家になりたいと夢を持った。
叔父はもちろん、両親も友達も応援してくれる。
だが、五年生の時。その夢を邪魔する存在が現れた。
「また変な絵を描いてるのー?」
休み時間を絵で潰していた陽平に、わざわざ近寄って話しかけてくる人影。
嫌な気持ちに鉛筆を強く握りしめながら、顔を上げる。案の定、一ヶ月ほど前に転校してきた七星 華恋だ。
「剣や鎧なんて物騒だよー。そんなのより、可愛いカレンを描いた方がヨー君の為になるよー!」
自信満々に可愛いポーズをとる七星に、後ろにいた取り巻きが囃し立てる。
いつもの流れにウンザリして、小さくため息をついた。だが、七星には見えてしまったみたいだ。
「ちょっとぉ! 可愛いカレンが話しかけてるのに、ため息なんて酷ぉーい!」
大声で喚いて手で顔を覆う。明らかに泣き真似なのに、周りは陽平を非難し始めた。だから、七星には関わりたくない。
本人も自覚がある通り、可愛らしい子ではある。
肩につかない程度のボブは毛先がウェーブがかって、明るい茶色の髪と大きな目。
転校初日にクラスのアイドル、翌日には全校生徒のアイドルになった程だ。
だから、慕う子達と話せばいいのに、絵を描く陽平を馬鹿に来ては悪者扱いしてくる。
しかも、勝手にあだ名で呼ぶのだ。これが一ヶ月の間に何度も続けば、いくら美少女でも嫌いになる。
結局、何も悪くないのに陽平が謝り、上から目線で七星が許すという前と同じ結果になった。
おかげで、絵を描く時間が減った。家でも、学校の出来事にモヤモヤして上手く進まない。
両親には言わなかった。言えないが正しい。話しても困らせるだけで、どうにも出来ないからだ。
それが分かったらしく、両親は密かに考えていたらしい。それが、予定にはなかった叔父の来訪である。
一緒にイラスト用の道具を見に行き、その帰りに公園のベンチで叔父から話題を振られた。
少し迷ったが、叔父ならまだ大丈夫だと思う。ポツポツと七星との事を話した。
「ナルホド……二ヶ月と数日前に越してきた美少女が、そのような事をしているのですな?」
「うん……」
「いやはや、嫌な驚きですぞ? 今時のJSというのは、何とも巧妙に細工をしますなぁ。それも、天下の七星財閥ご令嬢が相手とは、陽平殿も大変でしたな?」
「ありがとう、叔父さん」
優しい言葉に涙が出そうになる。
七星財閥は誰もが知っている大きな会社グループで、七星華恋はその社長の娘だ。
七星の母が喘息を再発したと、療養の為に家族でこの地に引っ越してきたらしい。
両親は二人共働いており、会社は七星財閥と深く関わりがある。だから、言いにくい。
親会社より偉い存在に困らされているなど、心配をかけるだけだ。
でも、叔父ならまだ話しやすかった。七星財閥は、叔父のいるクリエイター事業には手を出していない。
叔父が陽平と文句を言いあった所で、両親よりは不都合が起きにくいと思ったのだ。
「これはアニキ達に言いにくいのも無理ないですぞ。某が伝える際も濁さねば」
「ごめんね、叔父さん」
「陽平殿が謝るべきではありませぬぞ? 小学五年のダンシィーという枠を除いても難しい問題ですしおすし」
「そうなの?」
「然り。金持ち美少女メスガキなぞ、一定数の需要あり! ホイホイ入れ食い、あっと言う間に肉壁下僕の出来上がりですぞ。想像しただけで面倒この上なし! 蜂蜜どっぷりの生活に慣れきった結果、陽平殿のような自分に興味無い存在が許せぬものですな。で、ムキになってそうですぞ」
叔父がため息と一緒に説明する。
言われてみれば、最初はここまで酷くなかった。
けど、皆を下に見る態度が嫌で、陽平は七星を囲む輪から早々に離れた。それから、悪化して今の状況だ。
素直な気持ちを伝えれば、叔父はうんうんと相槌を打つ。
「『美少女の自分をチヤホヤせず、ありもしない妄想を描くなんてムダムダ、ムダなの!』といったあたりでしょうな。令嬢にとって自分が正義ってやつですぞ」
「だからって毎日、人を悪者にして謝らせるの止めてほしいよ。なんでこっちが謝らなきゃなんないのって、家に帰ってからもモヤモヤしてヤダ」
「生きてく上で、苦手な相手は必ずしも出てくるものですぞ。しかし陽平殿は、難易度エクストリームに挑戦させられてるも同然。道化師の如く振る舞うには、まだピュアピュアで無理ぽですな」
「……どうしよう」
これからも続くと思うと、気持ちが落ち込む。下を向く陽平の頭を、叔父は優しくなでた。
「某に出来ることは、陽平殿の気分転換に付き合う事ですな! 是非とも、ボンキュッボンの悩殺美女シスターを描いて欲しいですぞデュフフッ!」
「叔父さん、巨乳好きだよね」
「胸はあればある程ヨシ!」
グッと親指を立てる叔父に、自然と笑みが零れた。
楽しい気分で家に帰り、久しぶりにオリジナルキャラクターを三人も描けた。
やはり、叔父の存在は頼もしい。
そのわずか五日後。叔父の訃報と、その少し後に両親の訃報が届くとは思わなかった。
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