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※話に出てくる異世界関係の内容は、全てこの作品の世界観におけるイオの考えです。そういう考えもある程度の暖かい目で読み進めてください。
ペンを走らせる音と、大賢者の小さな呻きが静かな部屋に響く。
その間、ジャピタは茶菓子を美味そうに食べ、イオは陽平を凝視した。真剣だが、心から楽しんでいる表情だ。好きな作業なのだろう。
暫くして、陽平は口角を上げて満足気に頷いた。ノートを机に乗せ、ポーチにペンを置いて中を探る。
別の物を取り出すまで、イオとジャピタはノートを覗き込む。
美麗な人魚が描かれていた。
軽くウェーブがかった髪に真珠の髪飾りをつけ、羽衣を纏わせている。涼し気な顔立ちの美人だ。
程よく膨らんだ胸部は服ではなく、鱗が服のように付いている。濃淡で影を表現し、動きと立体感が見てわかった。
感嘆が自然と漏れる。見惚れていると、陽平が同じ様にノートを覗き込んだ。顔を上げて見れば、陽平は左手に細いナイフを持ち、右手の指に刃を当てている。
皮膚の表面が斬れ、じわりと血が溢れていく。それを確認してから、傷のある指をイラスト上部に差し出した。
重力に従い、指の腹に血の塊が出来ていく。限界まで溜まった血溜まりは、雫となってイラストに落下し赤に染める。
「『ドローイング』」
刹那、紙に染み渡る血液が光り出した。
突然の事に、イオはジャピタを掴んで仰け反った。ノートから離れ、勢いよくソファの背にもたれ掛かる。それでも、視線はノートから離さない。
単色が虹色へと変わり、光が強くなる。やがて、光は床へ移動して粘土のように形を作っていく。
光が霧散した時には、そこにはイラストの人魚が実在していた。
真珠の髪飾りが藍色の髪を彩り、鱗は濃く赤みがかった黄色。透き通った羽衣は薄く銀が入っているようで、鮮やかさを披露している。
周りを確認していた薄緑色の目が、陽平を映す。本能的に察したらしく、人魚は晴れやかな笑顔を浮かべて開口した。
「『宙泳ぐ歌姫 セーレ』だ。これから宜しく頼むよ、主」
ハスキーな声で自己紹介するセーレ。陽平が微笑み受け入れた。その隣で、大賢者が不満げに起き上がった。
「うぅむ……陽平殿は相変わらずクールビューティーなお姉様がお好みですな? わりかし、眷属様がストライクゾーンで見惚れておりましたしおすし」
「ちょ、叔父さん!」
「ダメー! イオ、ダメー!」
叔父と甥の微笑ましいやり取りに、ジャピタは真面目に噛み付いた。尾をソファに叩きつけて怒っている。
よくある行動だ。慣れた手つきで茶菓子をいくつか掴み、文句を言う口に放り込んだ。反射で咀嚼し始める。その内、怒りも落ち着くだろう。
それから、愛想笑いで誤魔化そうとする二人に先を急かした。
「『描いた物を実体化させる』。かなり強い能力だな」
「はい! 僕の固有スキルみたいで……色味や性格も、考えた設定そのままなんです。でも、日を追う事に皆それぞれ特徴が出てきて……やっぱり生きてるんだ、って嬉しくなるんですよ」
「作ったキャラクターが作者の手から離れて自由に生きている感じ! オタク大歓喜案件ですぞ! デュフフフフフ!」
「あ、ヘマ! セーレの案内と皆への紹介。お願いできる?」
「わーった」
陽平の言葉を聞き、ヘマタイトの雑な答えが返ってくる。陽平がセーレに二、三言伝えると、セーレは頷いて移動を始めた。
空を泳ぐ。まさにそのままで、イオとは違い水魔法を展開していない。
特に聞かれなかったので、水魔法については陽平に話していないから知らないのだ。
合流したセーレとヘマタイトは扉を開けて外に出る。監視役もいなくなった部屋で、イオは窓の外へ視線を移した。
稀な建築物の数々も、陽平が描いて実体化させたらしい。だから、知識でしか知らない素材や構造をしているようだ。
慣れない光景に納得すると反面、新たな疑念が浮かぶ。
異世界召喚という成功確率五分五分の賭けに出て、成功した内の一人。
固有スキルも強く、武器防具、道具やそれを使う人材まで描き出せる。描く時間が必要になるが、先に描いておけばいい。
血を垂らしてスキル名を呟いてから、セーレの具現が始まったのだ。その点から、血を媒介にして能力を発現させるのだろう。
多少の癖はあるが、比較的に使いやすく火力も出やすい。
そのような異世界召喚者が、ダンジョン内で引きこもっている理由がわからない。
他の異世界召喚者は、このダンジョンに出入りしているという話だ。ならば、陽平は別行動を取っている事になる。
異世界召喚者、一人、響きからでは理解しにくいスキル名。
連想していけば、心当たりにぶつかる。
「『追放』か」
陽平の体が強ばった。その反応が肯定を示しており、イオはため息をつく。
パーティーを組む冒険者達の間では、そこそこ見る光景だ。
文字通り、パーティーから解雇通知。それも、ギルドを通さない不当な解雇だ。
双方の同意を得られれば問題ない。ただ、性格に難ありの場合、ギルドという第三者を挟む事で公平に判断してくれる。
どちらにせよ、きちんと離脱金を渡して綺麗に離別するのだ。
故に、一方的に追い出し、金を渡す所か装備や金をむしり取るパーティーは異常だ。
だが、イオが知る追放は一味違う。
追放される、孤独な冒険者。しかし、持っていた固有スキルが覚醒し、冒険者は前よりも頼れる仲間達と信頼と名声を得ていく。
代わりに前のパーティーは落ちぶれていく。追放した冒険者を無意識に利用していたから、得ていた名声だった。
異世界召喚者が無双するように、過小評価されていた冒険者が無双する。
これもまた、漂流者によって他世界に人気が出た物語の設定である。
異世界召喚者は大抵、こういう話を知っているだろう。
自分達はそうならないように細心の注意を払いながらも、結局は理由をつけて同じ行動をしていく。
陽平も謎の原理に流されたようだ。
「異世界召喚されて、追放されて、ダンジョン内に住処を構える。一体、何があった?」
「……詳しくお話します。僕の怨みにも関わることですからね」
陽平の言葉は、餌ということを自覚している発言だ。しかし、その割には引っかかる部分がある。
注意深く観察し、話に集中した。
次回、異世界召喚者の過去編です