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ご対面
案内された建物は、至って平凡な家だった。窓の数から、二階建てとわかる。あまり大きくも豪華でもない、素朴な家だ。
胡蝶が扉の横にあるスイッチを押すと、中で軽快な音が鳴った。足音が近づいてきて、鍵を開けて扉を開ける。
胡蝶よりもやや背が高い女性だ。褐色の肌に肩より若干長い赤髪、何よりも金色の眼が印象的だ。
吊り上がった目は不機嫌そうな表情も相まって、警戒する野生動物を連想させた。
黒の鎧で分かりにくいが、スタイルは良い。それでいて、背負う大剣はパズルのピースのように似合っていた。
「ヘマタイト。こちらが邪神様と眷属様だ」
「……ああ、話は聞いてる。とっとと上がれ」
ぶっきらぼうに顎で屋内を指す。元よりそのつもりだ。家に上がると、先導がヘマタイトに代わり胡蝶が後ろに付いた。
屋内は、造り自体が目新しい。綺麗に整えられた木の床に、模様と色がついた壁。
いくつかに分かれた通路の先はガラス戸で閉じられているが、不透明なガラスで中が見えない仕様だ。
そのまま真っ直ぐ進み、ヘマタイトはノックの後に扉を開いた。
ゆったりとした室内に、ソファと呼ばれる柔らかそうな長椅子に座る二人の人物。
対面にとソファがあり、間に四つのコップと茶菓子が乗ったテーブル。
イオの訪問を予期していた準備だ。そして、用意した相手を見て面食らってしまった。
強烈な見た目の男性だ。背は低いが贅肉が付いて全体的に丸い。特に突き出た腹部で、白いシャツに描かれた巨乳美少女が引き伸ばされている。
窮屈そうなジーパンは座っているだけではち切れないか心配だ。赤いバンダナに黒縁眼鏡、脂に濡れた黒髪は後ろで雑に縛っている。
代謝がいいのか息が荒く滴る汗をハンカチで拭っていた。
ジャピタが無言で、固まるイオの背後に隠れた。エーチとは違った恐怖を感じているようだ。
隣に座っているもう一人が、ごくごく普通の少年だから余計に目立つ。黒髪を短くし、素朴でそばかすが可愛らしい。
邪神としての勘が冴えた。見た目はだいぶ違うが、顔の構成パーツに似ている部分がある。恐らく血縁関係者だろう。
だから、少年は素の状態で隣に座れている気がした。
こちらの感想は露知らない少年は、イオを見て感嘆の声を上げた。
「うわぁ……人魚さんだぁ……! 綺麗……! 飛んで移動してるのかな?」
「ンフフッ! 空を泳ぐ人魚とは! 予想外でござる! これはこれでヨシ! しかしながら、某としては物足りませぬぞぉ! もっと幼くて胸部装甲バーンでないと!」
ただでさえ暑苦しい男性が、より熱を入れて弁舌する。常に小笑いしている口調は、聞く人の大半を不快にさせそうだ。
自分の性的な好みを平然と聞かせるあたり、イオの中では印象は宜しくない。
背後を確認すると、ヘマタイトは腕組みをして扉に寄りかかっている。
睨みを聞かせるだけで、会話に参加する気はないらしい。
まともに話せる相手は、少年だけだろう。
意を決して、指定席へと腰掛ける。引っ付いて離れないジャピタも隣に座らせた。
「アンタらが『主と大賢者』って奴か?」
「そうなりますね。ちょっと、その言い方は恥ずかしいんですけどね……」
「デュフフフフ! 陽平殿は変わらず謙虚ですなぁ! こちらにおわすが、某達を統べる主の岸本 陽平殿になりますぞ! この世界風に言うと、ヨーヘイ・キシモトですな!」
「ちょ、ちょっと叔父さん……!」
「謙虚も過ぎるといけませんぞ? そして某! 陽平殿の叔父を模して創られた存在! 『全てを見通す大賢者 カズキ・キシモト』也!」
立ち上がりポーズを決めて大賢者は叫ぶ。沈黙が場を包んだ。
いつもの事らしく、陽平という少年とヘマタイトは何も言わない。
ジャピタは呆気に取られて何も言わず、イオは得た情報の整理に集中した。
大賢者の台詞から、今まで出会った人々は陽平によって創られた生物だと確定する。
そうなると、疑念がまた浮かぶ。陽平以外に、人と断定できる気配がない。
陽平と、彼によって創られた存在の街。位置と言い、中身といい、不穏な要素ばかりだ。
思考に意識を向ければ、初対面時の台詞も気にかかる。
自分達の行動や関係性を正しく把握しながら、イオが人魚である事に興奮していた。持っている情報が疎らである。
その辺りも踏まえて、イオは口火を切った。
「アンタらは色々と知ってるみたいだな? 邪神の情報なんて、普通なら欠片も手に入らないものだ。何をした?」
「ググりましたぞ!」
「グ、グ……?」
「ああ失敬! ヤフるの方がお好みですかな? ざっくり説明しますと、広大な世界のデータベースにインしてキーワード検索でデータゲッツになりますな! 画像検索はヒッツしなかった故、姿は今知りましたぞ!」
「は、はぁ」
さっぱり分からない。邪神の知識から、機械工業の発展先である電子工業らしいと何となく分かる。
しかし、単語の意味が理解できず、ピンと来ない。
邪神として様々な世界の知識があろうと、正しく把握して使いこなせるかは別だ。
ジャピタに至っては、口を開けて目を点にしたまま固まっている。
そういう物だと認識し、この話は頭の隅に置いた。
「…………話を変えるぞ? ここに来る前、冒険者達が『異世界召喚者』の話をしていた。名前から、ヨーヘイは『異世界召喚者』で間違いないな?」
「……はい。そうです」
「大賢者達は、アンタが持っている固有魔法、或いは固有スキルによって創られた存在か?」
「え、と……」
「流石眷属殿! 如何にもそうでござる! 陽平殿、見せた方が早いですしおすし?」
「そうだね、叔父さん」
はにかみながら返事をした陽平は、机の下から何かを取り出した。
本に見えるが、それにしては薄く閉じている部分が複数のリングで止まっている感じだ。
そのおかげで、開いた頁が裏に位置するように回転する。本来なら文章か絵がある部分は真白で、本ではなくノートと呼ばれる物だと分かった。
ノートを膝に斜め立て、左隣にチャックのついたポーチを置く。そこから木のペンを取り出し、ノートに線を付け始めた。
迷いなく動かされる手。
動きから、文章ではなく絵を描いているようだ。時々、白いゴムに持ち替えて擦る動作をしている。
「おお!? イケませんぞ陽平殿! お胸と尻は盛ってナンボですぞ!?」
「え〜。この位がバランスいいと思うんだけど」
「お子ちゃまですな! 胸はドドーンと突き出すのがベストオブベスト! 眷属殿が慎まな分、こちらはドカーンといきませう!」
ノートを見て、更に鼻息を荒く大賢者は語る。興奮していて、イオを下げた事に気づいていない。
自分の体型はどう言われてもいいが、真ん丸な大賢者に言われると少々腹が立つ。
親指で曲げた中指を抑え、空中に小さな水球を出現させる。
大賢者の額めがけ、思い切り弾いた。勢い付いて狙った場所に水球は当たり、大賢者を仰け反らせる。そのままソファからずれ落ち、床で額を抑えて転がり出した。
奇妙な悲鳴と情けない姿に溜飲が下がる。陽平は心配そうに大賢者をチラチラと見ながら、絵を進めた。
特徴的すぎて今ではほとんど見ないオタクスタイル