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3

区切りが分からないこの頃

 

 向こうが近づくにつれ、イオも目視できるようになってきた。



 堂々とした出で立ちで歩く長身の女性と、ジャグリングをしながら隣を歩く小柄な少年だ。



 女性はセピア色のショートカットに、青色の瞳。

 肌に密着した布地と最低限の軽鎧は肉のない細身を強調し、腰に携えたレイピアが煌めいていた。

 端正な顔立ちは真面目さを現しており、冒険者達を鋭く見つめている。


 対して、少年の青が混じった紫の瞳は女性だけを映している。左が長いアシンメトリーの明るい緑髪、首元が白のボアで包まれた黒の道化師衣装。

 頭一つ分低い為、幼さが残る顔ごと女性に向けている。その状態で歩きながらも、黒に塗られた爪が伸びる手はボールを一つも落としていない。




 奇妙な二人組の存在に、冒険者達は近くの岩陰から出てきた所でやっと気づいた。




「リーダー誰かいる!」

「んだとぉ!?」

「ふんっ。ダンジョン内だというのに、よくもまぁそこまで気が抜けるな? 逆に才能じゃないか?」

「何よこの鶏ガラ女!」

「蝶蘭は鶏ガラじゃなくてスレンダーっす! あんたみたいな無駄肉がついてない美しさってやつっすよ!」

「はぁあああああ!? ぶっ殺してやる! 『高火球(ハイフレア)』!」


 冷静に見下す二人組と動揺して言い返すだけの冒険者達。少年の煽りに直ぐに乗り、魔道士が詠唱した。

 魔道士の前に自身の背丈程の火球が現れ、即座に発射される。


 轟速で向かってくる攻撃に、少年は肩を竦めて女性はため息をつく。胡蝶と呼ばれた女性の方は、少年への呆れも含まれていそうだ。


「雑魚っすね」


 少年は吐き捨て、ジャグリングしていたボールを一つ、雑に放り投げる。




 大きさも速さも火球が上。

 にも関わらず、二つがぶつかった瞬間に消滅した。




「は……?」

「え、え?」

「胡蝶と二人きりでお出かけ! って楽しかったっすけど、こいつら弱すぎっす。さっさと終わらせて、改めてデートしないっすか?」

「これは私の任務だ。勝手に着いてきたくせに巫山戯た事を言うな。まぁ、速やかに終わらせる点に関しては同意する」


 唖然とする冒険者達を尻目に、胡蝶はレイピアを手に取る。切っ先を向け、言葉を紡ぐ。


「警告だ。すぐにこの場から消え失せ、二度とこのダンジョンに足を踏み入れるな。承諾する以外、死、あるのみだ」

「ヒューカッコイイー!」

「茶化すなギルティ!」


 胡蝶は格好よく決めたが、少年の声援に耳を赤くしている。それにまた、ギルティと呼ばれた少年が歓喜の声を上げた。ギャッブに興奮している。

 ほのぼのとしたやり取りの前で、冒険者達は静かに苛立ちを湧かしている。無理もないだろう。




 胡蝶の警告は、一方的な通告だ。




 対等の相手ではなく格下の相手に告げるような非情さを、隠してもいなかった。

 流石に下に見られていると察したらしい。


 イオからすれば、胡蝶の認識はもっと下だと思う。

 人間が無駄だと思いつつも野生の昆虫に告げる。そういう風に感じた。


 チラチラと冒険者達が互いに目配せしている。一斉に飛びかかる隙を図っているようだ。丸わかりである。

 胡蝶とギルティにも分かったようで、大袈裟に呆れ返った。


「雑な合図だ。その腕前でよく、ここまで来れたな?」

「運だよりの冒険っすね〜。ザンネン! タビハ、ココデ、オワッテシマッタ! なんつって〜」

「殺れぇ!」


 嘲笑に我慢ならず、冒険者達は動き出した。武器を手に取り、詠唱すべく口を開く。


 だが、胡蝶の方が速かった。


 軽やかに地面を蹴った次の瞬間には、冒険者達の背後に立っていた。

 そのままレイピアを一振する。

 刹那、冒険者達はその場に倒れ込んだ。


 冒険者達には、何が起こったか分からなかっただろう。

 胡蝶が自分達の間を高速で移動した事も、すれ違い様にレイピアが心臓を貫いた事も、自分達の死すら認識できたか危うい。


 後にはもう、息絶えた死体が転がるだけだ。

 二人は死体も荷物も、もう関心がないようだ。そもそも、ギルティは胡蝶が関わっていたから自分もといった雰囲気だった。その胡蝶も、何かを探す様に辺りを見渡す。目で確認出来ないと分かった胡蝶は、その場で膝を着いて頭を垂れた。




「『()()()()()()()()()()()()()()()()()。お迎えに上がりした」



 


 唐突な声掛けだ。その内容に思わず手に力が入る。

 押さえつけが強くなった事にジャピタがくぐもった声で文句を言うが、それ所ではない。



 ジャピタを示す昔の名前はまだいい。稀にだが、長寿の種族間で伝聞されている事がある。

 しかし、確実にその相手がいる前提で話しかける訳がない。

 イオ達に気づいているとしても、伝聞の人物と同一だと考えられないだろう。



 更におかしい点は、その後の言い直しだ。邪神と眷属、はっきりと言った。

 確かに正しいが、邪神はまだしも邪神の眷属とは名乗った事はない。



 妙な不気味さを覚えながら、改めて胡蝶を凝視する。そのまま長い記憶を探るが、見覚えはない。初対面だ。


 それにしては、こちらを()()()()()()()。 


 取引相手に関わっていそうだが、安易に接触するには危険だ。次の手を考えていると、手の中のジャピタが思い切り体を捻り出した。

 そのまま、するりと腕の中から抜け出していく。考えに集中してて、無意識に抑える力が弱まっていた。


「エサー!」

「おいっ、ジャピタッ!」


 止める間もなく、胡蝶の元へ泳いでいく。特に警戒する様子はない。

 本能的に悪意などを避けるジャピタがここまで無警戒なら、罠の可能性はなさそうだ。しかし、疑惑がなくなった訳でない。


 若干の警戒を残しながら、ジャピタの後を追う。

 気配に気づいた胡蝶が顔を上げ、イオ達を視界に映して破顔させた。だが、すぐに顔を引き締め恭しい態度となる。


「お会いできて光栄です。邪神様、眷属様。私、『香る蘭騎士』胡蝶の主が、貴方様をお待ちしております」

「……何で、アタシらがここにいるとわかった? それと、名前を知っているのも妙だ」

「お答え致します。上司たる大賢者が、全てを見通しております。貴方様のご事情も把握しており、()()()()()()()()()との認識です」

「エサ、スコシ!」


 胡蝶の話に、口角が上がる。嘘はついていなそうだ。なら、胡蝶達の集落で、仲間達が取引相手だ。



 思いの外、早くに見つかった。探し回る手間が省けて楽である。

 エサそのものではないが、エサに関して深く関わっている。だから、ジャピタがイオを振りほどいて近づいたようだ。



 口を抑えていたから、話すよりも先に行動したのだろう。しかし、先走った行動で状況が悪化した事が何度かある。

 反省させる意味で、額を強く弾いた。情けない悲鳴を上げて痛がっているが、無視して胡蝶に目を向ける。


「アタシらが分かっているなら、話は早い。アンタらの集落とやらに行くとしようか」

「ご案内致します」


 了承の言葉に、胡蝶はやっと表情を和らげた。イオ達の機嫌を損ねてはいけないと、必死な様子だった。

 よほど、負の感情を晴らしたいみたいだ。美味な気配を感じ、少し気分が上がる。



 ふと、もう一人が居ない事に気がついた。先程までいた位置に目を向ければ、思っていた場所から離れた所でしゃがみこんでいた。

 もう冷たいだろう死体を凝視している。正確には、その死体から()()()花だ。



 死体を土台に天へ伸び、吸い上げた血をそのまま花弁にしたような花だ。

 イオの記憶が確かなら、あの花は胡蝶蘭である。



 他の死体にも、同じ花が鮮やかに咲いている。冒険者達の葬送を彩るような花は、レイピアが貫いた穴から咲いていた。


「アレ、アンタの力か?」

「あれ……? ああ、あの花の事ですか。私の蘭騎士たる由縁です。()()()()()()()()()()()

「…………は?」


 胡蝶の言い方に引っ掛かる。主従関係というのは、忠誠を捧げてそれに見合った信頼を得るものだろう。

 主からとはいえ、自分の力を定めるなど出来るはずがない。




 ただ、相手が神であれば話は別になる。




 イオ自身がその実例だ。横目で(ジャピタ)を見れば、手遊び感覚で胴体を捻り遊んでいる。

 一応、これでも最高位の神だ。ジャピタ程ではなくても、そこそこの力を持つ神なら力を授けられるだろう。

 それにしては、神の気配は感じられない。眷属の地位故か、他よりも感知しやすい気配が、少なくともダンジョン内にはなさそうだ。


「ギルティ! 挨拶もまだだろう!? お前、何しに来たんだ!」

「胡蝶と二人きりになるためっす!」

「阿呆が! 早く邪神様方にご挨拶しろ!」

「はいっす! 『純粋ジャグラー』ギルティっす!」


 ギルティは勢いよく敬礼して満面の笑顔を浮かべた。

 いつの間にか、ジャグリングしていた物は腰に着けた袋に入れたらしい。ぎゅうぎゅう詰めの袋がやけに目につく。


「よろしく頼む」

「では、私が先導します。ギルティは殿につけ」

「はいっす!」


 集落へ行く段取りが着々と進む。胡蝶がこちらを気にしながら歩き始め、イオはその後に追い始めた。


 空間から道へ入る前に、一瞬だけ振り返った。

 岩だらけの広場に、五輪の胡蝶蘭が鮮やかに彩っている。

 土台の死体は、モンスターが餌として食い散らかすだろう。きちんと弔われず、悲しい最後だ。



 最も、冒険者ならその覚悟を大なり小なり持っていたはずだ。

 自分がそうなるとは思っていなさそうだったが、もう終わった事だ。どうでもいい。



 前を向いた時には、イオの頭から哀れな死体の記憶は消えていた。

冒険者にアクシデントは付き物

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